第23話 有料チャンネルに移動しなさい
「群馬、茨城、栃木にも小腸と呼ばれるセクションがある。狭い上に迷宮みたく展開しているから、一度入ったらなかなか抜け出せない。でも攻略方法はあるわ」
「なんだよ?」
「気になる?」
「そりゃ、な」
「ふふーん。どうしようかなぁ。教えるにしても、相応の態度と行為ってものがあるわよねぇ?」
ニタッと笑う鏡花。
少しずつわかってきたが、大人びた表情をするせいで勘違いされがちで、本人はかなり冗談と悪戯が好きな性格をしているということ。
鏡花の言う相応の態度と行為とやらは一見俺に向けられているかと思いきや、クルッと反転するとマリアのカメラに向かって挑発的に述べる。
「知りたければ有料チャンネルに移動しなさい。ここからはサービス外よ」
「鏡花さん。有料チャンネルというものは無くてですねぇ………」
「………そういうのはもっと早く言いなさいよ」
ウケ狙いか、本気で言ったかのどちらか───ああ、本気だったのか。顔が紅潮している。見当はずれな誘導を行ってしまった自分への周知か。
「こっち見んなぁ!」
「見てねぇよ」
照れ隠しのあまり勢いで繰り出したローキックを尻に食らったが、そこまで痛くないのでスルー。
代わりに、
《皆殺し姫ちゃんかわいい》
《子供みたいな照れ隠しかわいい》
《俺も蹴られたい》
《抱きしめたい》
俺の視界にコメントが殺到した。
リトルトゥルーが運営するマリアチャンネルの一員として期間限定で同行することになった俺にもコメント閲覧権限が与えられたため、配信中はなにをすれば盛り上がるのかが数時間で学習できた。
俺でいえば戦闘。自覚はないから勝手に盛り上がる。
鏡花でいえばほんの小さな動きや仕草でもリアクションが出る。今のような盛大な勘違いであればなおのこと盛り上がる。なんなら鏡花宛に投げ銭が投入されたくらいだ。合計で五万円くらいはある。わけがわからない。
ちなみにマリアは俺たちが合流する前から独特なファンを獲得していて、ワーウルフなどの獰猛なモンスターと追いかけっこを強要された挙句、凄絶な悲鳴を上げるのだが、それがいいだの、心に響くだの、サイコパスのようなファンが今でも悲鳴を所望しているのだから少し怖い。
「で、攻略方法ってなんだよ。投げ銭もらってるんだから答えてやれよ」
「仕方ないわね………まぁ、簡単よ。地上を目指せばいいの。ただそれだけ」
「それだけって………いや、かなり難しいぞ」
鏡花のいう打開策が現実味を帯びていないわけではない。理屈としては真っ当だ。
残った問題は、実現できるかどうかだが。
小腸と例えたとおり、前後左右に加え上下という立体的な迷路のなかで、ただ上を目指すというのも困難だ。上を目指して進んだと思えば、その道の先はただ下り坂が続いていて、逆効果に繋がったなど。
「どうやって上に行くっていうんだよ」
「それも案外簡単なのよ。見てなさい」
鏡花は動画の作業となると何テンポか遅れるが、スクリーン操作だけはスムーズに指を動かせる。粒子状に変換したアイテムに質量を与え、手のなかに落としたそれはといえば───
「………線香か?」
「まぁね」
墓参りや仏壇などに置いてある、どこでも買える線香の束があり、鏡花は数本引き抜くと、ポケットからライターを取り出して火をつけた。葬儀などで嗅いだことのある、独特かつダンジョンに不釣り合いな芳香が広がる。
「なにやってんだお前………あん?」
「あれ? 煙が一直線に流れていきますね」
俺だけではなく、マリアも線香がら立ち上る煙の行く先に気付いた。オレンジ色の先端から昇る煙はふわっとしているが、そのすべてがランダムに拡散せず、総じて同じ方向に流れていた。
「今の季節………冬がやっと終わって、春になった頃よね」
「そうですけど、この煙ってなにか関係があるんですか?」
「外が寒いと、空気が重くなるでしょ。だから下から………主にゲートや、地上の壁の隙間なんかから外気を取り込んで、それが空気の流れとなる。じゃあこの空気の行く先は? そう。上になる。ダンジョン内部で温められた空気は軽くなるから昇っていくって仕組みよ。逆に夏になんかになると上から下に空気が流れるから、この方法は使えないんだけど」
「へぇ………」
『そんなことよく知ってるわね、この子』
この豆知識には俺も目から鱗だ。教わったことがなかった。
コメント覧には『勉強になった』と感心するものが連なる。
今度は鏡花が先導する。線香を片手に携えながら。
ただ「この方法にはデメリットがあるのよね」と苦笑しながら言う。原因はすぐ判明した。
途中で何度かモンスターと遭遇したが、逃げることができなかった。なぜなら線香は常に燃焼している状態で、煙という視覚的情報と、独特の香りの発生源という嗅覚的情報が常に手元にあるからだ。モンスターの五感は人間以上に鋭く、いかに巧妙に隠蔽したとしても見破られてしまう。
その時は俺が出た。もう午前だの午後だのと、前衛の交代のことについては考えなくなっていた。メンバーそれぞれのポジションについて考えるようになっていたからだ。
俺が前衛に特化しているのに対し、鏡花はオールレンジに特化した技術を持つ。護衛や援護もすべてこなす。つまり俺と鏡花でのフォーメーションが完成しつつあったのだ。
初対面の印象は、ガンを飛ばし合ったという最悪なものだったが、案外ふたりで組んで戦うのも悪くない。会って数日の仲ではあるが、どちらかといえば戦いやすくなった。
言葉にはしないが鏡花にもしっかり伝わっているようで、戦いが終わって下がると、「お疲れさま」と軽く一言。それから肩を叩いて先導を継続。当然の流れとなっていた。相性は悪くない。
鏡花の線香の煙で脱出する作戦を実行して、三時間ほどが経過した頃だろうか。いくつもの分岐を経て、上り坂を連続して行くと───
「あっ………!」
カメラを回し続けるマリアが、曲がり角の先にある光を見て、感嘆した。
「ね。うまくいったでしょ?」
「大したもんじゃねぇか。いや………この発想はなかった。教わったことがないぞ」
「あら、意外ね。ボススライムの酸を中和するってイカレた発想するひとたちなら、簡単に思い付くと思ったんだけど」
本当に感心したので本心で褒めると、ローキックの照れ隠しとはまた違う、素直にはなれないツーンとした照れ隠しの反応が出る。これにはコメントで《かわいい》が連発し、マリアも「かわいい」と無意識で呟いたため、用済みの線香をスクリーンに収納したばかりの鏡花にポカポカ叩かれていた。
「もうっ。………見えたわ。これが群馬の小腸の上にある、元富岡跡よ」
ダンジョンの出口───ではないが、数少ない地上への通路を潜る。
おそらく、ここにたどり着けた冒険者は少ない。
ダンジョンとなった関東地方は二百年という気が遠くなりそうな時間のなかで封鎖されていたのだ。
解放───攻略を開始したのも数十年前。各地に点在する小腸と称される迷宮のなかにある、たったひとつの地上へ繋がる道を、どれだけの冒険者が見つけられただろうか。
煙を追うという発想ができるか? 初期はスクリーンの展開や、アイテムの粒子化という技術もなく、荷物は自分の手で運搬するしかなく、長期の冒険となると食糧はどうしても軽量化かつ長期保存可能なものばかりで、あとは水分くらいだ。
料理が可能となったのはつい最近で、湯気や煙は空気に乗って流れるが………それを追おうとした冒険者はいない。そんなことを考えもしない。俺の多分考えない。その日が手一杯で、煙を目で追っても、それが出口に通じているという発想はしない。
だが鏡花はその発想があった。
だからこうして見れたんだ。
「これが………二百年後の関東地方」
ブクマをぶち込んでくださりありがとうございます!
読者様からのガソリンを確かに受けとりました!
日曜日にたくさん更新できるように今から頑張って執筆しております!
ダンジョン攻略といえば、迷宮の深層まで潜ることもそうですし、アイテム発掘やトレジャーハンターだったりと、色々あるかと思います。
しかしこの作品は、それ以外にも二百年後の関東地方の外見を見るというタスクも存在しています。
今回登場したのは、世界遺産にも登録された富岡製糸場のある、富岡市でした。
作者は一度だけ訪れたことがあります。軽井沢へ向かう途中、関越道でレンタカーのエンジンに支障が出たので、その会社に電話をして別の車を持ってきてもらうために立ち寄りました。社員の女性が東京からひとりで運転してきていただいたので驚きました。その待ち時間で立ち寄ったのです。とても歴史を感じさせる施設でした。




