第230話 廃人になるまでの過程
「………酷ぇことする親も、いたもんっすよね」
「本当、世も末だよ。キョウちゃん、ガリガリじゃん」
眠った京一さんを気遣い、私たちは予定を変更し、配信を止めてミーティングを開始します。
京一さんは一日で二回急成長したなら、今夜辺りにまた成長するかもしれません。そのためのプランを練る必要がありましたし、なにより進路の微調整をしておきたかったのです。
現在、飯能市跡地を西へ向かっているところで、あと少しで秩父市跡地に入るでしょう。あとは県境を辿って、前人未到たる東京ダンジョンへと、ついに足を踏み入れるのです。
まだ数日かかるでしょう。それまでに京一さんが元に戻ってくれさえすれば、なにも言うことはありませんでした。
ところが、順調そうに見えた回復も、実態を知るとすべてが思い通りになるはずがなかったのです。
顕著となったのは、京一さんの変化です。
これまで幼児らしいぷっくりとした体型だったはずが、三歳半ばになると───目を背けたくなるような惨状でした。
酷く汚れ、痩せていたのです。
京一さんは八歳頃に鉄条さんという養父に拾われたと聞きます。
つまり、京一さんでも語らなかった───いえ、決して気軽に語れるはずもない過去を、知ることになります。
私たちがスクリーンからパーティ共有のクラウドから引っ張り出した二百年前の地表の地図を見ている途中で、京一さんの惨状について不満を述べている間、奏さんはテントに戻って京一さんの治療を行っていました。三歳にしてあの痩せ方は異常です。極寒の洞窟のなかで無事でいられるはずがありません。テントのなかで回復させる他、手段がありませんでした。
「ただ痩せて、大人を嫌ってた………だけなら、まだよかったんだけどな」
いつでもポジティブで余裕のあるアルマさんは、京一さんのための消化に良さそうなスープを作りながら、渋面しながら呟きます。
「よかったって………まだ他になにかあるってんすか?」
「い、いやだ………あたし聞きたくないよ。でも………」
「お前たちはまだ、俺たちに比べれば子供だから、逃げたくなる気持ちもわかるよ。別にそれは、ダメなことじゃない。安心しな。………けど、これだけは確かめておかないとな。………龍弐。お前、京一の腕………見たか?」
迅くんと利達ちゃんは、予想すらしていなかったさらなる悲劇を否定したそうにしていました。私だってそうです。でも、聞かずにはいられませんでした。
アルマさんに尋ねられて、伏せていた顔を上げた龍弐さん。強敵に接する際の、氷のような無表情───本気モードの面持ちをしていました。
「ああ………見た。最悪だろ。あれ。いやそれだけじゃない。もっと………俺たちの想像を絶するような出自だったに違いねぇぜ」
無表情から滲む殺気。無意識に触れてしまった私と鏡花さんたちは息を呑みました。
「紫色だったねぇ………許せないねぇ………そういうことするひととは、お友達になりたくないなぁ」
珍しく憤りを露わにする六衣さん。今もアルマさんによって自爆を封じられていますが、そうであっても近くにいるだけで恐怖で支配されます。
「い、いったい………京一の腕になにがあったんですか? 紫色って?」
龍弐さんと六衣の憤りによる気当たりによって声を発せない私や、迅くんと利達ちゃんに代わり、まだまともに動けた鏡花さんが尋ねました。
「少なくとも、親によるネグレクトとかじゃなかったんだよ。あんなの、まともじゃねぇ」
「まともじゃないのはわかります。それで、なにが………?」
「実験だよ」
「実験?」
「そ」
途中で言葉に詰まり、告げにくそうにしていたアルマさんに代わり、龍弐さんが答えました。
「キョーちゃんの両腕に、無数の注射痕があった。いや、それだけじゃねぇ。頭部になにかを圧迫して固定した痕。火傷痕。傷痕。それらが肌が変色するくらいにあったのさ。奏が毛布で包んでなきゃ、今頃全国に公開しちまってた。つまりキョーちゃんは、あんな小さい歳の頃から、反吐が出るってレベルじゃない、クソッタレの死刑にしたほうがまだマシのクソ変態どものモルモットにされてたってことだよ」
───バキィッ!!
と、龍弐さんが述べた直後に奏さんのテントのなかで、なにかが壊れる音が響きます。
幸い、京一さんはまだ目が覚めていないようです。
テントからぬっと這い出た奏さんは、まさに幽鬼のごとく姿で、ステンレス製のカップを握り潰していました。
「許せない………キョウちゃ………京一くんに、非人道的な実験をした馬鹿ども………」
「だな。とりあえず、ダンジョンを攻略して外に出た時の目標が、ひとつ増えたってわけだ」
「そうですね。必ず見つけ出して、血祭りにあげてやる………っ!」
おそらく、このツートップなら実現可能だと思われます。
アルマさんでさえ軽口が消えた、隠されていた事実。私だってそんなことをした誰かが憎くてたまりません。
たった三歳の子供に、なぜこんなことができるのでしょうか。絶対にまともではないでしょう。
「もう、京一さんが元に戻るまで配信はストップします。あんな姿見せられません」
「いや………最悪なのは、ここからかもしれないぞ」
「どういうことですか? アルマさん」
「龍弐と奏が言ってただろ。会った時、まともじゃなかったって。そうなる過程を見なくちゃいけないんだ。腹括らないといけないな」
「あ………」
これまでの事柄から、半日ずつを周期に一歳ほど時間が進んでいます。次は四歳でしょう。
廃人になるまでの過程を、その地獄のようなページを、私たちはゆっくりと見なければならない。
覚悟しなくてはならないのはわかります。でも───
「ァァァアアア、ア、アアアアア! あアアアアァァァァアァアアアあアアアアッ!」
「落ち着いて! 大丈夫。大丈夫です! ここにはあなたに酷いことをするひとたちはいません!」
その日の夜。
やはり一年の時が進み、四歳ほどに成長した京一さんは、途端に暴れ出しました。
今朝に見た注射痕や火傷痕や裂傷が、より深刻なものになっていました。壊死している部分もあったくらいです。
奏さんは獣のように泣き叫ぶ京一さんを毛布で包んで、怪我をしないように抱きしめて説得し続けます。
「ぁぁあああァァァア、あぁ、あ………ぉえっ」
「大丈夫、大丈夫ですからね………」
叫びすぎたか、極度の疲労か、まともな体調ではない京一さんは嘔吐します。毛布や衣服がどれだけ汚れようと奏さんは離しはしません。
「おえ、んぐ………ぐふ………酷いよぉ………なんで、なんでぇ!」
「ああ。そうだな。世の中にはこういう最悪な人間もいるんだよな。許しちゃいけないよな」
利達ちゃんは京一さんの姿に耐えられず、少し離れたところで嘔吐しました。泣きながら悲嘆します。その背中をアルマさんが優しく摩っていました。
ギリッ、バリッ………と異音が私の耳に届きました。隣にいた鏡花さんが、怒りで満ちた面持ちをしながら歯軋りしています。
気持ちはみんな同じです。私だってそうです。京一さんをこんな目に遭わせた誰かを、八つ裂きにしてやりたくなりました。
かつて敵対した御影や桑園など、話にならないくらいの闇が京一さんを蝕んだ事実。
こんなの、あんまりです。
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