第229話 急成長
「よしちゃん。なんちゃん。れおちゃん。どこー?」
就寝まであと数分。というところでした。
以前のルートとは異なり、標高も百メートルほどですが緩やかに上がり、しかしそれでも確実に県境に接近している私たちは、ダンジョンの洗礼を受けます。
洞窟内の気温が急低下したのです。進めば進むほど霜が目立つほどに。もう寝袋で寝るのも限界です。迅くんと利達ちゃんは個人で使える高性能テントを購入しました。埼玉ダンジョンの最奥に進めば進むほど、ダンジョンで採取できる代表的な鉱物であrエリクシルメタルの価値も上がります。たった数グラムでも何十万円という値段になるくらい。迅くんと利達ちゃんのものだけでなく、九人分を揃えるのは簡単でした。
この日、洞窟内に設立したテントは八つ。京一さんは誰かと一緒に寝ることになります。
まぁなんというか、そこは空気を読んだのか、洗脳が成功していたのか、京一さんはモジモジしながら奏さんの手を掴みます。面識がなくとも綺麗なお姉さんを選ぶ辺り、男の子なのかもしれません。
迅くんの命を滅さんとしていた奏さんから、鬼神が浄化され、清らか───ではなく、下心満載な笑顔が炸裂。もう吐血はしなくなったようですが、新たに購入した寝巻きに着替えさせ、さっさとテントのなかに引っ込んでしまいました。
そうなると血涙を流すのが私たち。京一さんは、もう夜泣きをする年齢ではないでしょう。昼夜逆転ルーティンは消え去り、とても惜しいことになったと膝掛けを血と涙で濡らします。
ですが、私たちもいよいよ就寝しようと、火の番を決めて、テントに潜ろうとした時でした。
奏さんのテントがピカッと光ったと思えば、悲鳴に続き、京一さんの誰かを探す声が聞こえたのです。
「キョウちゃん? 大丈夫で、すか………え?」
「え、おねえちゃん、だれ? このおようふく、へんだよぉ」
「どうした奏! 大丈夫か!?」
「え、ええ。私は平気です。ただ、京一くんが………これは見せた方が早いかもしれません。開けます」
ジッパーを下げたテントのなかにいたのは、いつもの淡いピンクのモコモコなパジャマの奏さんと、ピッチピチなパジャマ姿になった京一さんでした。
「また………成長したのか?」
「しかもこんなきつそうになって………二歳くらいかな。ああ、待っててな。この服もったいないけど、切るしか脱げなさそうだな」
驚愕するアルマさん。龍弐さんはハサミを取り出すと、鋒に恐怖して泣き出す前に生地に切れ込みを入れ、あとは紙切れのように指で摘んで裂きました。エリクシル粒子適合者ならではのピンチ力でした。
ただ、それではすぐに凍えてしまうので、奏さんが抱き寄せて自分ごと毛布で巻きます。不安そうにしていた京一さんも、次々と起こる変化に対応できずにいましたが、奏さんの体温に安心したのでしょう。微睡んでいました。
「キョウちゃん。私たちがわかりますか?」
「わから、ない」
「そうですか。私はあなたのお姉さんのようなものです。眠いなら、そのまま寝ていてください。はい、おやすみなさい」
「おやすみぃ………」
一歳半だった頃とは違い、二歳半の年頃になると、順応力も高まったのか奏さんの存在に安心してすぐに眠ってしまいます。
健やかな寝息を立てる京一さんに、奏さんは不安そうに顔を上げます。
「私たちがわからない………いえ、覚えていない。ということでしょうか」
「そうなるな。さっき、三人くらい名前を呼んだな。つまり当時の記憶を持ったまま成長してるんだ。俺たちと過ごした時間は記憶にないってのは、今日一日分の記憶を消去してスキップした………ってことになるのかな?」
「セーブデータって言った方がわかりやすいね。成長するごとに、記録したセーブデータをロードしてるって感じ。俺たちと過ごした時間はセーブせずにさ」
奏さん、アルマさん、龍弐さんの見解で、あらかた理解が及びました。
「よしちゃん、なんちゃん、れおちゃんかぁ。キョウちゃんのお友達かなぁ?」
「多分、そうですよね。親しげな呼び方なら、絶対にそのはずです」
「近所に住んでたのかもしれないわね」
六衣さん、私、鏡花さんが微笑しながら京一さんを眺めます。
とりあえず、入らなくなった子供服は売却して、何十万とかかろうが新品を買う予定です。
むしろ、胸のなかで眠っているのをいいことに、すでに奏さんが最小限の動きで毛布のなかでメジャーを動かしては採寸していました。奏さんのことだから百万円が飛んでも厭わないでしょう。
「生後三ヶ月。一ヶ月半。二歳半………と、ちょっとってとこっすかね。じゃあ次は三歳半くらいか」
「確かに。なら、それも見越して買わないと!」
「ちょ、ちょいとお待ちよ奏さん。子供服だけで何万円使うつもり………うわ、三百万超えてるよ」
迅くんのヒントに、奏さんの瞳が怪しく光り、スクリーンを垣間見た龍弐さんの表情が引き攣ります。
迅くんは軽い気持ちで予想し、私たちもここまで来たら京一さんの急成長で見える一面がどんなものなのかが楽しみになってきました。
ですが………それが間違いだったと気付いたのは、翌朝のことでした。
「やだ! やだっ! やだぁあああああああ!」
「ちょ、ちょっと………落ち着いてくださいキョウちゃん!」
アルマさんが朝食の支度をしている途中でした。奏さんと一緒にテントから出た京一さんに、また変化が訪れたのです。
早すぎる成長に、せっかく着せた服を脱がせようとした奏さんだったのですが、泣き叫びながら逃げようとした京一さんに驚き、手を離しかけるのですが、ダンジョンのなかで逸れてしまえば命はありません。慌ててその手を掴みます。
「いったい、なにが嫌なんですか? お姉さんに聞かせてくださいな」
「ご、ごめ………ごめんなさい」
「キョウちゃん?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」
「ちょ、ちょっと………?」
明らかに、これまでとは異なる反応でした。落差が激し過ぎます。
「いっぱい、謝るから………だから、もう………痛いこと………しないでぇ」
「っ………!?」
あんな天真爛漫だった京一さんが、ひたすら怯えている。二歳から三歳になるまでの過程で、なにがあったのでしょうか。
奏さんは泣きそうになりながら、京一さんを抱きしめます。
「痛いことはしませんよ」
「しない、の?」
「はい。私たちがさせません。絶対にキョウちゃんを守ります。だから、お着替えしましょうね。ここは寒いですから、温かくしなければ。それからご飯にしましょうね」
「………よかった」
奏さんの体温に安心したのか、京一さんは力なく項垂れたあと、気絶してしまいました。
相当、過酷な環境だったのだと推測できます。
「………雨宮さん」
『ええ。わかっているわ。もうこれ以上は配信しない方がよさそうね。アンチ勢が自分に都合のいい切り抜きや、AIを使ったフェイクも作るかもしれない。とりあえず、これからは配信を止めて様子を見て。落ち着いたら再開することを方針としましょう。配信中断の理由は、私たちが考える。あなたは余計なことを考えなくていいわ。仲間のことを第一に考えて』
「はい。わかりました」
雨宮さんからの了承で、配信は止められました。理解があるひとでよかったです。
ただし、問題が根本的に解決したわけではありません。
私たちは改めて、京一さんの痛々しい姿を目にして、心を痛めました。
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