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第228話 つまり死ねと

 空気が沈んでしまいました。これからのことを考えるだけで、京一さんに対する考え方が一変してしまいそうで。


 ですが、ネガティブになってしまった私たちの異変に気付いたのか、不安そうな顔をした京一さんが、ワン郎ちゃんたちに付き添われながら、鏡花さんのジャケットの裾を摘みます。


「だいじょーぶ?」


「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ッ………ンンッ。大丈夫よ。京一は気にしなくていいの」


 ニャン太ちゃんこと猫のモンスターの幼獣が近くにいるためか、またもや暴走しかける鏡花さんは、京一さんまで殺してしまいかねないと自制を覚えたのか、咄嗟に強引な笑みを作り、京一さんのプニプニとした大福みたいなほっぺを指先で撫でながら、優しく接します。


 すると、どこで覚えたのか、それとも奏さんと龍弐さんで味を占めたか、京一さんは無邪気な爆弾を投下したのです。


「わかった。きょーかおねえちゃん!」


「んゲフッ!?」


 純粋無垢たる精神攻撃で、メンタルのみならずフィジカルもダメージを負った鏡花さんは、ふたりと同じく吐血しながら蹲ります。アルマさんがひょいと京一さんを持ち上げていなければ頭から浴びていたことでしょう。


 あれは………私も食らえば、吐血するかもしれません。


「ありがと。あるまおじちゃん!」


「お、ちゃんとお礼が言えるのか。京一はいい子だなぁ」


「えへへー」


 これが大人の余裕というものなのでしょう。純粋無垢な精神攻撃を受けても、アルマさんは平然としていました。


 というか、アルマさんってどちらかといえば童顔で小柄で、身長だって龍弐さんより低く、三十代だとストロングショットで聞いて実物を見るととても驚いたのですが、それでも京一さんはアルマさんを「おじちゃん」呼ばわりしました。わかるのでしょうか。そして「おじちゃん」と呼ばれたアルマさんの余裕ぶり。初見でも自分のことを「おっさん」呼ばわりしていた気がしましたが、自虐ではなく、自覚していたようです。本当に余裕があります。


「まぁ………クヨクヨしてても始まらないしなぁ。そろそろ進むかぁ」


「ですね………きっと、東京ダンジョンに到着する頃には、京一くんも元通りになっていることでしょうし」


 満面の笑みを浮かべている京一さんを抱っこしているアルマさんに、激しい嫉妬の視線を突き付ける龍弐さんと奏さんは、ゆらりと立ち上がります。このふたりがこんなにダメージを負ったところを見たことがありません。つまり、京一さんの笑顔はダンジョンモンスターよりも強いことになります。


「さて。休憩も終わりましたし、出発しましょうか。キョウちゃん。いらっしゃい」


 あれだけ血を流しておきながら、ケロッと立ち上がる奏さん。龍弐さんも同様でした。鏡花さんはかだ時間がかかりそうですが、歩くには問題ないでしょう。


 そしてまた京一さんを抱いて移動しようと、手を差し伸べるのですが、京一さんは笑顔のままプルプルと首を横に振りました。とても可愛い………ではなく、早めのイヤイヤ期でしょうか。


「どうしました?」


「えへへー」


「ほら、抱っこですよー」


「えへへぇ」


 一分くらいこんなやり取りが続いて、アルマさんは京一さんを降ろして尋ねます。


「まぁそんな強制するようなことでもないだろ。自分で歩きたいってこともあるだろうし。それとも、奏以外のひとに抱っこしてもらいたいとか? ほら、京一。誰と一緒に行きたいのか選んでもいいぞ」


 なぜだか、こんなホームビデオを動画サイトで見たことがあります。孫、あるいは子供の好意が誰に向いているのか、両親と祖父母が手を広げて待って、誰がその腕のなかに収まるのかを楽しむ内容のを。


 キュピーンと目を輝かせた奏さんが腕を広げます。お姉さんポジションを死守するためにも。


 すると奏さんに続いて、強引に立ち上がった鏡花さんと、利達ちゃんと六衣さんも同じく腕を広げます。私だって譲れません。みんなに並んで腕を広げます。


 京一さんはキョロキョロと周囲を見渡し、やがてニパァと笑って駆け寄ります。


 さて、その栄冠を勝ち取ったのは誰かと言えば───



「ぅえ、俺ぇっ!?」



 なんと、レースに乗り気ではなかった迅くんでした。京一さんは笑顔で迅速くんのズボンの裾を握って引いていました。


「ははぁん。迅。モンスターだけでなく子供もテイムしたかぁ」


「京一にもわかるんだな。迅がワン郎たちに好かれてるくらい優しい奴だって」


 最初から蚊帳の外だった龍弐さんとアルマさんは呑気に笑って言いました。


 ですが、迅くんがそんな呑気な心境になれるはずがありません。


 クスクスと笑っている京一さんが、またワン郎ちゃんたちに抱きついた次の瞬間、ギュンと加速した二名に詰められることになったのです。



「選ばれたからって調子乗ってんじゃねぇわよ迅ゴラァ………ッ!!」



「す、すんませんすんませんすんませんっ!」



 極度の嫉妬で、去りかけていた「皆殺し姫」のコードが宿った鏡花さんが、その異名に相応しい形相で迅くんの胸ぐらを掴んで締め上げます。あれは割と本気で激怒しています。


 ですが、もうひとりの方は謝ってもそうはいきません。


 まさに鬼神。オーガでも裸足で逃げ出すほどの怒髪ぶり。あんなのに詰められたら、私なら数秒もかからずショック死するかもしれません。




「消すぞ貴様」




「か、奏の姐さん………口調、変わってるっす………」




「黙れ。喋るな。息をするな。心臓も止めろ」




 つまり、死ねと。


 いつでも「ですます」調の、丁寧な奏さんが口調どころかキャラさえも崩壊している脅迫。


 迅くんは条件さえ満たせば龍弐さんを上回るレベルとなれるのですが、それでも奏さんにはどうあっても勝てる自信がないのでしょう。白旗を挙げながら許しを請います。不本意でしょうに。可哀想に。


「ほらほら、キョーちゃんに怖がられるよ? はい、笑ってぇ? 奏さんは笑顔がとでも素敵んぎゃぁぁあああああ!?」


「黙れ」


 迅くんを憐れんでか、龍弐さんがまた率先して犠牲になりに行きました。


 奏さんの両方の頬をプニッと人差し指で押し上げた途端、掴まれて本来曲がらないはずの方向に捻じ曲げたのです。咄嗟に手首を捻っていなければ完全に折れていたことでしょう。とても慣れています。


「この………このっ。なんで迅くんなんですか!? これまでの私の洗脳は無駄だったと!? たかが十四の小僧に、私が謀られただと!? ふざけるにもほどがある! なんでこんな筋肉をキョウちゃんが選ぶんだ? 答えろ! ぇえ? 答えてみろよぉっ!」


 それでも奏さんは止まりません。好都合にもサンドバッグが自ら歩いてきたのです。激痛に疼くまる龍弐さんを蹴って怒りを発散させていました。とても怖い。非人道的。


 その間にアルマさんが迅くんを移動させ、いつまでも尾行している鏡花さんを無視して京一さんを抱っこさせます。「じんおにいちゃん」と呼ばれた迅くんは、凶悪な表情が一変してデレデレしていました。もう鏡花さんのことなんて眼中にないくらい。


 こうして、愉快なパーティはまた進んでいきます。


 が、やはりというか───異変はこれだけに留まらず、むしろ加速していくのです。


評価ありがとうございます!


作者からのお願いです。

皆様の温かい応援が頼りです。ブクマ、評価、感想、いいねなど思いつく限りの応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!

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