第227話 我が人生最大の失着
一歳半くらいに急成長した京一さんは、迅くんが召喚したモンスターの幼獣たちと戯れてもらい、なるべく時間を稼ぎます。モンスターの幼獣は私たちの言語をある程度なら理解できますが「おにいちゃん」と「おねえちゃん」攻撃までは理解できません。私たちのなかで、唯一まともに接することができる優秀な三匹です。
「たまらねぇなぁ………げふっ」
「ほんと、もう、なんて可愛い………ぐはっ」
龍弐さんと奏さんは私たちによって回収されたまではいいのですが、京一さんの「おにいちゃん」と「おねえちゃん」攻撃の追加効果があったのか、あるいは思い出してか、被弾しては回復し、また被弾してました。ふたりの上着は吐血で真っ赤に染まっていました。
もう、こうなったら放置しておく他ないでしょう。ということでふたりは放置し、新たな対策を練ります、
「キョウちゃん、歩けるようになってよかったねぇ」
六衣さんが苦笑しながら述べます。
すると、何度も勝手に被弾していた奏さんが発狂するような勢いで叫び、ガンと地面に額を打ち付けます。
「んぁぁああああああ! キョウちゃんのタッチと、ママって最初に言わせる絶好の機会を逃してしまったぁぁああああああああ! 我が人生最大の失着ぅぅううううううううう!!」
なるほど。「おねえちゃん」攻撃は予想外でしたが、そんな思惑があったのですね。
だから朝も昼も夜もなく甲斐甲斐しく世話を焼き、母親であると刷り込みを完了させたかったと。奏さんは本当にしたたかです。
「でもまぁ、さっきも言ったけど、西坂のスキルも順調に解除されてるじゃん。よかったんだよこれで。元通りになるまで一週間もかからないんじゃないか?」
アルマさんの意見は正論です。正論中のド正論。でも世の中は、正論パンチがいつも正しいとは限らなないのです。
「あと一週間で………京一に戻っちゃう………」
ショックを受けた表情をする鏡花さん。夜泣きで何度も京一さんを抱っこしていた鏡花さんは「皆殺し姫」のコードの片鱗すら感じさせない慈愛に満ちていました。赤ちゃんだろうと一歳半だろうと、猫ちゃんに劣らず可愛く思っているようです。気持ちはわかりますが。
「戻っていいんすよ、ね? むしろ、こっからの方が俺たちもやりやすいんじゃないっすか?」
「どういうことですか? 迅くん」
「だってほら。京一の兄貴は龍弐の兄貴と、奏の姐さんの弟分っていうか、本当に弟みたく昔から接してきたわけですし、だったら京一の兄貴のことよくわかってるんじゃないっすか? むしろ、京一の兄貴の方がなにか思い出すかもしれねぇし」
その考えはありそうでなかったです。
私のパーティのなかでも、昔から交流のあった三人といえば、京一さんと龍弐さんと奏さんです。
なにせ、この三人は同郷で、昔から遊んだり学んだり、修行していたからです。
長野県の軽井沢市といえば、二百年前は有名な観光地ですが、今ではダンジョンが近いという理由で閑散としてしまいました。規模も縮小し、集落なような場所で数百人程度が暮らしているとか。
ただ、ひとの手がつかない広大な土地は、それこそ数の少ない子供たちの遊び場で、大自然と触れ合え、なによりエリクシル粒子適合者にとっての絶好な修行場だとか。京一さんがとんでもなく強い理由も、よくわかります。
「そこんとこどうなの? 龍弐先輩。奏パイセン」
利達ちゃんが尋ねます。
しかし、おふたりはかぶりを振ります。
「んー。実はそうでもないんだよねぇ」
「どういうこと?」
「京一くんが初めて私たちと会ったのは、彼が八歳の頃からなんです。幼馴染とはいえ、十年以上の付き合いでもないんですよ」
「え、そうなの!? あたし、てっきり京一先輩が生まれた時から一緒なんだと思ってた!」
利達ちゃんが驚くのも無理もありません。利達ちゃんと迅くんが私のパーティに参加する時からずっと、この手の話は聞けずにいました。話題はずっとこのふたりのことでしたし。
私も若干驚きはしましたが、京一さんが以前、養父がいると話していましたし、多分そうなのではないかと考えていました。
「キョーちゃんってさ、鉄条さんっていう、現役時代はバリバリの冒険者だったひとの養子なんだよねぇ。俺たちが最初に会ったのは、鉄条さんがボロボロになったキョーちゃんを抱えて、楓先生のところに走ってきた時かな。死にかけてたんだよ。キョーちゃん」
「京一先輩が!?」
「そ。楓先生が応急処置して、ジープに乗せて山をいくつか越えたところにある病院まで運んでさ。奏は覚えてる?」
誰もが龍弐さんの言葉に耳を傾けていました。内容があまりにも衝撃的だったのもあります。
奏さんはゆっくりと首肯して、伏せ目がちに語ります。
「もちろん覚えています。治療を終えて帰ってきて、目が覚めて………痛々しかったですね。なにも反応しないんです。心そこにあらず、なんて生温く思えるような目をしていましたよ。お母さんは京一くんが心の病気で、薬は私たちが毎日話しかけてあげることだと言っていましたし、龍弐がそりゃもう構い倒して………一年くらいでやっと反応がありました。こっちを見たり。半年後に声を出せるようになって、その半年後に、やっと感情を取り戻してくれた。………あれは嬉しかったですねぇ」
「奏さんは嬉しくて抱きしめて泣き喚いてたもんねぇ。その頃にゃ、もうエリクシル粒子適合者になってたから、レベリングシステムでストレングス爆上げしてたし、そのせいでキョーちゃんが粉砕骨折しちゃブフゥッ!?」
「龍弐。いらぬ情報の開示は不要です。地面とディープキスします?」
「ぶぇっ………ちょ、待って奏さん! もう、もうしてる! エグいくらい泥が口んなかに、ンゴォォォオッ!?」
いらぬことを言った龍弐さんの頭部が突然残像を残して加速し、地面に打ち付けられます。しかも何度も。それを執行したのはもちろん奏さんです。
なるほど。こうやって奏さんはストレングスを爆上げしていたのか。というのが全員の共通の認識だと思います。龍弐さんの二の舞になりたくないので無言を徹していましたが。同時に龍弐さんのディフェンスもかなり向上していると推測できます。毎日、ほぼ毎時間、なにかあればこんな可逆を受けて生きていられる方がおかしいです。
「つまり、俺たちはこれから、龍弐と奏さえも知らない京一を見られるかもしれないってことか。いや、それは本当に京一なのか。それとも新しい一面なのか………」
「どういうことですか? アルマさん」
「記憶を引き継いでいるのかってことさ。今は純粋無垢なままだけど、このまま成長すれば破壊兵器みたいな一面が垣間見えるかもしれない。でもそうでもないかもしれない。どちらも京一だけど、もし記憶を引き継いだままだったら………見ちゃいけないものを見るかもしれないってさ」
「見ちゃいけないもの?」
「こう言うのもなんだけどさ。京一って、ほら………龍弐が言ったように、育ての親がいたんだろ? でも生みの親は別だ。じゃあ、なんで京一がそうなったのか。………辛い過去を彷彿とするようじゃ、ちょっと可愛そうだろ」
「あ………」
アルマさんの言うように、京一さんの過去にもし、生みの親にネグレクトされ、棄てられた時の記憶があったとしたら。
私は少なくとも、そんなものをカメラで納めてはならないような気がしてなりませんでした。
作者からのお願いです。
皆様の温かい応援が頼りです。ブクマ、評価、感想、いいねなど思いつく限りの応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!




