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第225話 どったのアルマさん

 とはいえ、いきなり成長した京一さんを可愛がるあまり、その上に煩い団体の抗議に配慮して足踏みしているわけにもいきません。


 私たちは今、かつての先人たちが記録を打ち立てた場所にいるのです。その第一人者である奏さんのお母さん、三内(みな)(かえで)さんが攻略したポイント近くにいるならば、余力も十分にありますし、進むしかないのです。


「多少大きくなったところで、歩行には問題はありません。キョウちゃんは私が抱っこします。行きましょう」


 いきなり体重が十キログラムも増えたわけでもないのであれば、奏さんが引き続き抱っこしてダンジョン攻略を再開します。彼女の装備はリビングメタルという、形状記憶合金のような金属でできている強弓です。その総重量は十キログラム以上。振り回すだけでも凶器となるそれを、奏さんはペンのように振るうことができます。赤ちゃんになった京一さんなんて重いと感じるはずがなかったのです。


 これまでは写真とショート動画のみでしたが、本格的な再開となれば、もうフェアリーを出さないわけにはいきません。一億人以上のファンが注目しているのです。前人未到の東京ダンジョンに、ついに手が届く場所にいるのです。動画にする必要があります。


 これについての注意点は、事前に説明していました。特に京一さんを愛でる奏さんに。みんなのお姉さん的存在が、歳下の私たちを愛情たっぷり膝枕と耳かきでドロドロに蕩けさせてしまうお姉さんが、たったひとりの赤ちゃんの存在で自分自身がドロドロに蕩けてしまうのを配信してしまうのはしのびなかったのです。


 事前に試し撮りをした映像を奏さんに見せたところ、思考が停止してフリーズ。十秒の沈黙を破って再起動し、私に感謝してくれました。こんなものを名も知れない誰かに見られるのは恥ずかしくて死にたくなると。予想どおりの返答でした。


 ですが───奏さんの腕のなかでキャッキャと笑ったり、眠ったり、泣いたりしている京一さんの体調を気遣わなくてはならないのが現状です。


 刺客たちの奇襲で、予想していたとはいえ落下したとはいえ、ここは地上六千メートルを超える高所。利達ちゃんがそうなったように高山病になってもおかしくないのです。赤ちゃんならなおさらのこと。それゆえに保護団体を名乗る者たちが「非人道的である」と騒いでいたのでしょう。無理もありません。


 ところがゆっくりと登坂しても京一さんの体調は絶好調です。下痢も嘔吐もなく、よく笑い、泣き、飲み、眠ってくれます。健康体そのものです。


「そろそろ休憩にしましょう」


 登坂を再開しても、そこからのルートは緩やかな登り坂であったため、進行に問題はありません。ですが定期的に体調を調べる必要があるので、奏さんが注意深く休憩を促しました。


「よし、京一も腹減っただろうし………ミルクを先に作ろうかね。みんなの飯はその後な」


 アルマさんが適切な時間にミルクを用意してくれます。元飲食店経営者の手腕は、慣れると煮沸消毒もテキパキと行えるようになります。これをスパダリと言うのでしょうか。


 飲食店の厨房設備をそのままスクリーンから出して、以前のトラブルからスキルを用いた着火と維持を学んだアルマさんなら、火の扱いに問題はありません。


 そして予想外の事態ともなりました。なんと、


「六衣。()()()()()()


()()()!」


 このやり取りにコメントは騒然としていました。誰もが『こいつなに言ってんの?』と正気を疑います。


 もちろん、最初は私たちもそうでした。アルマさんは昨日「あれ? もしかしてこれ、いけるんじゃね?」と呟き、いつも辛辣な言葉と視線を向ける六衣さんに、あろうことか()()を依頼したのですから。


 常時アイデンティティみたいな自爆願望をしていた六衣さんは、自爆を封じるアルマさんを毛嫌いし「キモい」と罵倒していましたが、解禁すればこのとおり、手のひらを返したような上機嫌ぶり。


 六衣さんの全身が私たちの目の前でオレンジ色に発光するのですが、圧倒的な熱量が迸る瞬間、それらすべてがアルマさんの扱う厨房機器に吸い込まれます。


「よーし。着火完了。相変わらずすげぇ熱だなぁ。でもこれならガス代を節約できるぞ」


 アルマさんは発想がイカれていました。頭がおかしいのではないでしょうか?


 アルマさんのスキルは熱操作。炎を自在に操ります。以前であればキメラが吹く火炎の軌道を逸らしたり、マッチの小さな炎を一瞬だけ爆発させたりと、かなりの応用が効きます。


 まさか、それによって自爆で得た熱を小出しにして、厨房機器の炎の代わりにしているのです。本当、頭がおかしい。お陰で六衣さんのオレンジ色の光がトラウマの対象から外れ、緊張感が薄れてきています。


 それからアルマさんはテキパキと動いて、適度な温度に温めたミルクを哺乳瓶に入れて奏さんの前に移動します。


「ほーら京一。ご飯だぞぉ………って、どうしたよ。俺の手はご飯じゃないぞぉ」


 奏さんに哺乳瓶を渡したあと、京一さんは笑いながらアルマさんの指を握ります。紅葉のように小さなおててで握られては、誰だってメロメロになってしまいます。アルマさんだってそうです。


「お、おいおい。一応爪の間も消毒してあるけど………え、お、おっとぉ………」


 京一さんはアルマさんの人差し指を掴み、無抵抗なので引っ張り───パクリ。




「ンンッ!?」




 アルマさんは奇声を上げました。


 ついに被害者が、またひとり。


 一応、おしゃぶりを咥えさせてはいましたが、こうして誰かが接近し、手を近付けると掴んで咥える癖がついてしまったようです。


 まるでこちらの反応を楽しむかのように。


「ン………んお、くぅ………」


「ど、どったの? アルマさん」


「お、俺に近寄るな………大丈夫。大丈夫だから………」


 見たことのない顔をして、やっと京一さんが離してくれた指を押さえて後退ります。


 原因はわかります。私も三回ほどやられました。あれは、なんと形容すべきかもわからない衝撃でした。


「大丈夫? アルマさん。指舐められたくらいで、そんなになっちゃうなんてさ」


「大丈夫………とは言い難いかな。初めてだよ。赤ん坊ってさ………」


「それ、なんかいかがわしくきこえるよ?」


「いかがわしくないんだけど………なんでだろうな。初めてだったんだよ。こんな気持ちになるなんて………」


 わかります。わかりますよアルマさん。


 私も同じ気持ちです。あんな気持ちになるなんて思いもしませんでした。


 いったいなのがあったんだ。と龍弐さんと迅くんの疑念の視線と、私たちの同情的な視線がアルマさんに集中します。あんなに頬が紅潮したアルマさんを見たことがありません。きっと私たちも同じ顔をしていたのでしょう。


 と………その時です。


「ねぇ。ちょっと………なにこの音」


 利達ちゃんが耳に手を当てて言いました。


 それでは聴覚を塞ぐようなものですが、このモーションは共通しています。配信を聞く時です。イヤホンをせずとも、ダイレクトで耳に音を集めることができるのです。


 全員で耳に手を当てます。


「………な、なんだぁ?」


 迅くんが声を上げます。


 全員で私の配信を聴きました。私は焦り始めました。


 なぜなら、絶え間なく『チュッチュッ』となにかを啜る異音が、配信に混じっていたからです。


ブクマありがとうございます。


作者からのお願いです。

皆様の温かい応援が頼りです。ブクマ、評価、感想、いいねなどの気合いを込めた応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!

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