第224話 本当に申し訳ないのですが
赤ちゃんになった京一さんは、昨日に引き続き奏さんと就寝しました。
とはいえ、この奏さんの独断に、私たち女子勢はなにひとつとして文句を言わなかったのです。
わかっていたからです。自分の番が、必ず回ってくると。しかも近いうちに。
例えば昨日の夜のこと───
「んぎゃあ! ふぎゃあ!」
「ああ、はいはい。よーしよし。どうしましたかぁ、キョウちゃぁん?」
奏さんが抱っこして寝るのは赤ちゃんです。だとすれば必然的に発生するイベント。それが「夜泣き」です。
朝から夜にかけて、抱っことお世話はローテーションで回りますが、そこは実力至上主義というか、年功序列というか、出身地では幼い頃から自分よりも幼い子のお世話をたくさんしてきたと豪語した奏さんがほぼ独占します。
ですが人間、睡魔にはなかなか勝てないものです。
朝から晩までお世話をしてきた奏さんは、楽しんでいたとはいえ、就寝前になるとクタクタでした。
で、夜泣きで強制的に起床するのですが、やはり赤ちゃんの夜泣きのお世話をした経験はなかったようで。泣き止ませることはできるのですが、二、三度繰り返すと、奏さんのコンディションも悪くなります。目も開けていられないようでした。そこで私たちの出番です。
「変わりますよ。奏さん」
「え、でも………」
「ちゃんと寝ないと、明日動けなくなります。大丈夫ですよ。私たち長めにお昼寝したんで」
奏さんのテントに集合した私たちは、四度目の夜泣きで這い出た奏さんから、京一さんを受け取ることができました。考えることは同じでした。例え夜型の人間になったとしても、鏡花さんの言うとおりお昼寝を長くとっていたのが功を奏しました。
「任せてよ奏パイセン」
「ミルクなら私が作るから」
「私たちもローテーションで京一さんのお世話をしますので。奏さんは今日はお休みください」
「………すみません。恩に着ます。………まったく、赤ちゃんのお世話というのは、こうもままならないんですね。改めて、お母さんには頭が上がらなくなります。でも、事前に経験できてよかったのかもしれませんね。では、おやすみなさい………」
奏さんが噛み締める自責の念は、私たちも共有できます。お母さんならではの悩みというものでしょう。
鏡花さんに加え、私たちも説得すると、奏さんは反省しつつも京一さんを私たちに預けてテントに引っ込み、すぐに寝息を立てました。
作戦通りでした。
奏さんが寝てしまえばこっちのもの。スクリーンから取り出した毛布を重ねて簡易的なベッドを作り、京一さんを寝かせました。で、愛で尽くしました!!
こんなケースがあったので、今晩も多分、夜泣きイベントが高確率で連続発生し、朝から晩までお世話をした奏さんの体力を奪い、私たちを頼るはずです。
パーティ九人が就寝時間に「おやすみ」の挨拶をして、テントか寝袋に潜るなか。私たち女子勢は、多分息を潜めてその時を待っていました。
赤ちゃんの夜泣きは平均で生後三ヶ月から八ヶ月までと言われています。京一さんは生後四ヶ月といったところでしょうか。正確な時間はわかりませんが、インターネットなどで調べ、それくらいだと判断しました。
さぁ来い。いつでも来い。私たちは万全です。───と待ち構え、「ふぎゃぁ!」と一回目の福音を確認。私たちにとってはゴングも同然。また奏さんがテントから出て、夜泣きする京一さんを寝かし付けます。お母さんって本当に大変です。
それが二回、三回と続いて、四回目になって私たちが勢いよくテントや寝袋から飛び出ます。我先へと奏さんのテントの前に殺到しました。「夜中なのに元気だねぇきみたちぃ」と龍弐さんが呆れて笑う声がしますが、構ってなどいられません。
疲れて目が大変なことになっている奏さんから京一さんを受け取ったのは鏡花さんでした。「よっしゃ」と微かに歓喜した声さえ聞こえます。覚えておいてください。明日こそ私が一番先に抱っこするんです。
ところが、夜泣きする京一さんを抱き上げた鏡花さんが、首を傾げます。
「………気のせいかしら、ね?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんか………京一が昨日より重く感じたの。ほんのちょっとなんだけど」
眉根を寄せて、私に京一さんを差し出す鏡花さん。受け取って、数回上下してみると、確かに………微かに重く感じました。
「元気いっぱいだねぇ。たくさんミルク飲んでるものねぇ。京一ちゃん」
「あっ、ずるいよ六衣さん! 次あたしぃ!」
「わかったわかった。今寝たところだから。大きな声出したら起きちゃうよぉ」
六衣さんにせがむ利達ちゃん。埼玉のバスターコールの悪名を轟かせた破壊神に対するとは思えない接し方でしたが、私たちのすべてを繋いだ京一さんの可愛いさがあってのこと。やっぱり可愛いって偉大なんですね。
ところが、そんな疑念は朝に確信へと変わります。
「マジかぁ………いや、これ………異常じゃないか?」
「確かに………普通の成長速度とは思えませんね」
測りに京一さんを乗せたアルマさんに、奏さんが首肯します。
やはり、私たちが感じた疑問は正しかったのです。赤ちゃん専用の測りを衝動買いしてすぐに役に立ちました。京一さんが赤ちゃんになって三日。その三日で通常の何倍の速度で成長を遂げていたのです。
「いや、こりゃ………成長したとは限らないよ。戻ってるんじゃね?」
「どういうことですか?」
龍弐さんの意見に、鏡花さんが首を傾げます。
「ほら、みんなキョーちゃんのかわいさにメロメロになってて忘れてるだけじゃん。そもそも、なんでキョーちゃんが赤ん坊になったのかをさ」
「………あ、西坂の野郎っすか!」
「そ。あのクソ馬鹿のスキルさ。確か時間遡行だっけ。時間を戻すってやつね。だからキョーちゃんは赤ん坊にされたわけで、奴のスキルが解け始めているから、戻ってるって考えるのが正解なんじゃね?」
「そんな………じゃあキョウちゃんはもうすぐ、あんなゴリラに戻っちゃうってこと!?」
「ゴリラって………いやまぁ、キョーちゃんのスキルってゴリラみたいだけどさ。そこまでは俺もわからないかなぁ」
龍弐さんも利達ちゃんの嘆きに、どう回答すべきか悩んでいました。
というのも、厄介なものが働いているからです。それが西坂さんのスキルでした。
これまで私も身近に覚醒したスキル持ちが八人もいたため、スキルポイントに注目し、覚醒したばかりにしては慎重に西坂さんを攻略しました。激情しやすい性格だったこともあり、精神攻撃を交えてポイントを節約したのです。もし節約せず、透明な防壁でボコボコに殴ってしまっていたら、後から現れたディーノフレスターに瞬殺、あるいは六衣さんの自爆に巻き込まれて死んでいました。
スキルはポイントを消費して節約するもの。西坂さんは自分の自分を巻き戻してダメージを負う前に戻ります。それが京一さんに作用して十七年を遡ったなら、とんでもないポイントが使われたはずです。それこそ残ったポイントすべてを消費するくらい。
どれだけのポイントで発動するのか、どれだけのポイントを消費したのか。この二点が不明な現状、西坂さんのスキルの解除が遅効性なのかもわからないのです。ひょっとしたら、次の瞬きで元に戻っているかもしれないですし。
こうなってしまった以上、京一さんには悪いとは思うのですが、もう少しだけ子供のままでいて欲しいなと思うのが、チームの総意でしょう。本当に申し訳ないと思うのですが。
評価ありがとうございます。
そして………先日は更新をうっかり忘れてしまいました。本当、もううっかりと………
というわけで本日更新させていただき、明日もという連続更新が叶います。
作者からのお願いです。
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