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第222話 若い男女がダンジョンですること

「あーぅ、んー」


「はいはい。良い子ですねぇキョウちゃん。さ、ミルクですよぉ。………うん。いい温度ですね。はい、お待たせしましたぁ。どうぞー」


 奏さんは、もうママの目をしていました。大事そうに抱えた京一さんに、慈愛溢れる瞳で哺乳瓶を見せます。温度を確かめてから咥えさせ、元気にミルクを飲む京一さんにデレデレしています。


「ね、ねぇ。奏パイセン! 次あたし! あたしもキョウちゃんにミルクあげたい!」


「はいはい。わかっていますよぉ。次ですねぇ」


「あ、あーっ! そう言いながら全然譲ろうとしない! もう半分も減って………って、すっげぇ勢いで飲むねぇ」


「お腹が空いていたんでしょうね」


 まるで親戚の子の抱っこの順番の奪い合いに発展していました。主に私たち女性陣がですが。


 京一さんは生後一年にも満たない姿になってしまい、とても可愛いです。


 私含めて全員が暴走し、エリクシル粒子通信技術を用いた転送による商売を営む業者から、あれもこれもとベビーグッズを買い占めます。なんでダンジョン攻略を目的とする冒険者のための通信販売ページに、ベビーグッズが大量に陳列しているのかは謎でしたが。


 それについては、ミルクと哺乳瓶を買うためアルマさんと商品一覧を見ていた龍弐さんが核心に近いことを言っていました。



「あっひゃっひゃ。これ見てよぉ、アルマさん」


「んー? なんだぁ………って、おい」


「なんで冒険者グッズ専門店が避妊具なんて取り扱ってるんだろうねぇ!」



 理不尽な断罪を受けたくないアルマさんは控えめな声でいましたが、そんなことはお構いなしの龍弐さんは大声で爆笑していたので、私たちは「ブッ」と盛大に唾を吹いてしまいます。



「そりゃ、お前………まぁ、なんだ?」


「若い男女が誰も見てないところでおっ始めちゃうこともあるかぁ! そうなると、このダンジョンって体のいいラブホにもなるってことハブゥッ!?」


「龍弐さん。奏さんは京一を抱っこしているので大声を出せません。代わりに私が伝えます。京一が変なこと覚えないよう教育する必要があります。セクハラは死ね。とのことです」


「まだ生後一年も経ってない赤ちゃんなのにぃ………?」



 龍弐さんの後頭部にノールックで靴を直撃させた奏さんは、いつもなら鉄拳制裁で黙らせるところ、デレデレするほど可愛がっている京一さんが怯えないように最低限かつ高威力な狙撃で沈黙させます。代わりに鏡花さんが派遣されましたが、発言の終盤は私怨というか、照れた末の脅迫のように思えます。


 ですが───セクハラ発言はいただけませんが、的は射ていると思えます。


 これは配信者になる前、私が所属するリトルトゥルーの研修で教わったのですが、やはり龍弐さんの言うように若い男女がダンジョンに潜ると、吊り橋効果に似た相乗効果もあり、意中でなくても意識した末に、()()()()()()()になってしまうのも多々あるケースだと言います。


 私たちは冒険者とは違い、ダンジョンで武器の代わりにカメラを使います。ダンジョンはいついかなる時間や場所でなにがあるかわかりません。決定的な瞬間をカメラに収めるために、隅々まで意識しなければ務まるはずがない。


 結局なにが言いたいのかと言えば、私がそういう現場に居合わせてしまったことも、()()()()()()()()()ということです。


 マネージャーの雨宮さんの鬼のような無茶振りプランでダンジョンのなかを全力疾走した際です。曲がり角に飛び込んであらびっくり。半裸の男女が取っ組み合っている最中でした。相撲よりもレスリングを思わせる体勢での熱狂ぶりが、一瞬にして冷めた瞬間でもありました。


 幸い、配信者のカメラにはインモラルブロック機能がありますので、高性能AIが人間の反射神経を凌駕する速度で映像は中止し暗転。きまずい空気のなか、私は「あははぁ、失礼しましたぁ」と苦笑いして撤退。その時の私は駆け出しで、チャンネルの登録者数など知れていましたし、なにより早朝だったこともありアクセス数も少なく、雨宮さんによる理不尽───ではなく、ありがたいお説教が一時間で済みました。


 で、そういう男女がいると、次に問題になるのが妊娠です。ダンジョンにはお医者さんが常駐しているわけではなく、設備だって妊婦専門などあるはずもなく。そもそも妊婦がダンジョン攻略などもっての外、ご法度なのですが。


 よって妊娠した女性はダンジョンで出産するしかありません。最近ではそれで儲けようとした起業家が、産婦人科で働く医師がエリクシル粒子適合者になるとダンジョンに併設した施設でサポートする代わり、通常の何倍の料金を巻き上げようとしたなどという話も聞きます。保険証が有効化なのかは不明ですが。問題になったようですが、儲けは確実に出ているようです。なぜならここはダンジョン。採取禁止な鉱物や虫を除いて、そこらにあるものを買取業者に査定に出すだけで何万円という利益を出せる場所。ハイリスクハイリターンであるのが難点ですが。


「うわ………この服、二十万円だってよ」


「えげつねぇっすね。普通に買えば数千円だろうに」


「ま、それがダンジョンだからねぇ。需要があるのが驚きだけどさ」


 スクリーンを動かすアルマさんは商品に渋面し、迅くんも渋ります。私はふたりの意見も、龍弐さんのコメントも承知しています。それがダンジョンだから。の一言ですべてが解決してしまうのです。


 と、その時でした。私の耳のインカムに通信が入ります。このダンジョンにおいて、唯一外界とリアルタイムで会話できるツールです。


『マリア。ちょっといいかしら?』


「お疲れ様です、雨宮さん。なんでしょう?」


 このインカムで話すのはマネージャーの雨宮さんです。彼女はスパルタ教官にして、愛のあるサポーターです。そしてなにより理解が優れています。


『今、あなたたちが………とんでもない状態になっているのは理解できているわ。だから私も、あなたの覚醒関連でインタビューしたいって毎秒、山のように届くアポを丁寧に跳ね除けているの。こっちではすごいのよ マリアチャンネルのこれまでの歩みを特集番組で放送したり、ニュースだってあなたのことで持ちきり。でも、最近ちょっとうるさい連中が出てきたの。有名になれば、当然アンチだって湧いてくるわ。そういう一派が、児相っていうか、保護団体に通報したのよ。()()()()()


「………ああ………」


 私も雨宮さんがなにを言いたいのか、すぐわかりました。


 今、私のチャンネルの登録者人数は、海外のファンも増えて………数千万人を記録しました。


 ちなみにキメラを倒したあと、使者を名乗る男性から謎の通信を受けた時点で日本の配信者の頂点に上り詰めました。リトルトゥルーは今や、移転して西京都の高層ビルへとオフィスを移したとか。数ヶ月前では考えられないことだったと社長であるお父様がご満悦だったと苦笑混じりで雨宮さんが教えてくれました。


 そうなると、必然的に面倒くさいのが、キッチンで見る黒い害虫のように湧出するわけで。


 批判して楽しむだけなら、個人の愉悦だけで満足するのですが、実際に害があるのでは話が別です。


「本当にお疲れ様です。申し訳ありません」


『謝らないで、マリア。これは報告だから。そういうことをやらかす馬鹿どもには法的処置を下すから問題ないわ。でも………』


「でも?」


『ここからは提案よ。保護団体を黙らせる必要があるわ。配信を停止しているところ申し訳ないのだけど、再開してもらえないかしら?』


 雨宮さんの提案は、まさに私たちの今後を左右しそうな───特に奏さんの精神が後で崩壊しかねないかを判断する、究極の二択とも言えました。


ブクマありがとうございます。

久々に日曜日に更新できました。


作者からのお願いです。

皆様の温かい応援が頼りです。ブクマ、評価、感想、いいねなど思いつく限りの応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!

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