プロローグ05
謎がひしめき合う超立体的構造物───ダンジョンが関東平野全体を支配して、早くも二百年。
日本は衰退と繁栄を再び経験し、そして立ち上がった時に得たすべてが財源となりました。
世界各国がダンジョンが出現した日本を忌み嫌い、鼻つまみものにして、援助を一方通行の無人船で餌がごとく与え続け接近することを許さなかった逆鎖国時代とは比べものにならないほどの栄光は、二百年前の日本の様相を覆し、今やアメリカでさえ無視できない始末。世界各国が掌を返して、日本の財源を狙っています。
ハイリスクハイリターンの極みたる冒険者職は、若者たちの憧憬の的となり、エリクシル粒子適合者になるための方法を日夜研究する機関に、違法な金額の賄賂を支払ってでも我が子を冒険者にしたいという親もいるそうで。
さて、そんな外界の事情など知ることもない私たちですが、今日も元気に生きています。
元気過ぎます。
「ぁうぁうぁー」
「んぴょぉぉぁぁあああああ脳が焼けるぅぅううう!!」
奇声を発するのは、最年少の利達ちゃんでした。
気持ちはわかります。私だって、もう何度叫んだか忘れました。
「はい。キョウちゃん。ご飯ですよぉ」
「ぁうー」
「いっぱい食べて大きくなりましょうねぇ」
一旦フェアリーをスクリーンに強制収容して、正解でした。
さもなくば、こんな………みんなのお姉さん的存在たる奏さんが、お母さんみたいな顔をして、赤ちゃんを抱っこしながら哺乳瓶からミルクを与えるところなぞ配信したと知れば、精神が崩壊しかねません。
なぜこうなったのか。
いえ、奏さんが抱っこする赤ちゃんは誰なのか。
答えは明快です。西坂さんが最後のポイントを使って時間遡行ビームを放ち、私を庇った京一さんの時間が遡り、まさかの赤ちゃんになってしまったのです。
西坂さんは地面の崩落に巻き込まれたのか、もうここにはいません。龍弐さんの残虐な刑に処されたあとは自我が保てているかも不明でしたので。まともに動けるはずがないでしょう。
で、私たちは埼玉ダンジョンの最奥で足止めを食らいました。足を止める他ありませんでした。
だって、京一さんが可愛い過ぎるんですもん!!
ディーノフレスターの再来の翌日。
私たちは、新たな仲間となった………のかはまだ不明ですが、偶然にもアルマさんのスキル「熱操作」により、埼玉のバスターコールという最悪なコードを得た鉄火六衣さんの悪魔のようなスキル「自爆」を完封したことで、パーティの参加を許可しました。
自爆こそがすべて。自爆こそすべてを解決する。という謎理論の塊のような六衣さんが、私たちのなかで特に友達にしたいという京一さんを見ただけで、発作のように自爆してしまいかねない暴挙に震える日々を回避できたのです。本当に、アルマさんがいなければどうなっていたことか。
最初こそ自爆できないことに不貞腐れていた六衣さんでしたが、龍弐さんと奏さんと鏡花さんが徹底して拷問を重ねて洗脳したはずの西坂さんが放ったスキルを京一さんが私を庇って浴びたことで、状況は一変しました。
奏さんが特殊調合した石灰を、龍弐さんがそこらで捕獲したスライムに与えると、酸性が薄れて触れてもピリピリとした痛みのみが走るだけに留めたそれを、まさか本当に西坂さんに飲ませるという悪魔のような制裁を加え、再起不能に陥られたことで安全は確保できたのですが、本当の変化はそこからでした。
京一さんの全身から煙が上がり、苦痛に悶えた末、なんと───赤ちゃんになっていたのですから!
もう、ね。
可愛い。とにかく可愛い。十七年後にはあんなゴリラの方がまだ優しいと思えるくらい凶悪なスキルを持ることになったとしても。可愛いことに違いはないのです。
可愛いに間違いはありません。可愛いは正義であって、絶対に正解なのです。そこにいるだけですべてが許される。
「あー」
「ん、ふっ………京一ちゃん、可愛いねぇ」
指を握らせた六衣さんのデレデレっぷり。もうすでに、脳内からは自爆など去っています。
そう。可愛いは、破壊神さえも懐柔してしまうのです。
「あぅ、あー」
「どうしたのですか? キョウちゃん。あ、もしかしてお腹が空いたのですか? ………そうですか。わかりました。少し待っていてくださいねぇ」
最初から最後までデレデレして、このなかで幼児たちと接する機会が多かったこともあり、なにより京一さんが抱っこされて一番安心するのか、代表してあやし続けた結果女子たちから嫉妬と抗議の目を向けられてもガン無視する奏さんが、緩みまくった笑顔から、なにやら意を決した顔をして、そして………なにを考えたのか、上着どころかインナーシャツさえも脱ごうとしたのです。
「迅、向こう見とけ! 殺されるぞ!」
「お、押忍ッ!」
男性陣は理不尽なセクハラの罪に問われたくないため、アルマさんと迅くんは率先して奏さんに背を向けます。
もちろん私は、この未知数な事態を鑑みて、フェアリーによる配信を停止。いつかのようなバグによる起動で不適切な配信を行ってしまった前科もありますし、スクリーンに閉じ込めておきました。さもなければ、リトルトゥルーからお叱りを受けていたことでしょう。奏さんにも消えない傷を残してしまいかねません。
「こーら、コラ。なにしとるんだね。奏さんやぃ」
「離しなさい龍弐。キョウちゃんにご飯をあげるんです」
男性陣のなかで唯一奏さんにフランクに近付ける龍弐さんが、あられもない姿になろうとしている奏さんの腕を掴んで止めてくれました。危ないところでした。ついにブラさえ捲るところでしたから。
「奏ってご飯作れるけど、離乳食まで作れたっけ?」
「なに言っているんです? ここにあるでしょう?」
「………あ、あれ? 聞き間違いかな? なんでいきなり自分の胸を揉み始めたの?」
「どう見ても離乳食は無理でしょう。だからミルクをあげるんです」
「うん? 馬鹿なのかな?」
とうとう、奏さんが壊れてしまいました。可愛いって恐ろしいですね。
「母乳出るの?」
「気合いで出します」
「………とうとう頭がやられたか」
聞き間違いでもないでしょう。私から見ても、奏さんは酷く暴走していました。
「離してください龍弐! 無ければ作り出すまでのこと!」
「あー………アルマさんやぃ。そういうことだから市販のミルク買って、作っておいてよ」
「了解だ。って言っても、そんなの作った経験ないしなぁ。とりあえずアーカイブで作り方調べるか」
まだ頭がまともなアルマさんが、スクリーンを開いて、アーカイブを参考に色々と準備を………おおっとぉ? なんでベビーベッドまで購入しようとしているのでしょうか?
「京一。こっちおいで。今の奏さんは危ないから………」
「ぁうあ?」
龍弐さんが両腕を掴む勢いで阻止すると、鏡花さんが割り込んで赤ちゃんになった京一さんを抱き上げます。
ところが、キャッチした途端、目を細めた京一さんがニコォと笑顔を浮かべた途端………鏡花さんは顔を赤くさせ、皆殺し姫のコードを返却せざるを得ないようなリアクションをしました。
「っあ………」
辛うじて体裁は保てているようですが、体は素直です。京一さんにつられて若干笑っていました。
皆殺し姫のコードを持つ狂犬みたいな鏡花さんを笑顔にさせるなんて。
やりますね。京一さん。ああ、可愛いってこんなすごかったんだ………。
評価ありがとうございます。
新章に突入しました。埼玉ダンジョンⅢです。
作者からのお願いです。
皆様の温かい応援が頼りです。ブクマ、評価、感想、いいねなど思いつく限りの応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!




