エピローグ04
「クソどもめ………大団円で終わらせるかよぉぉおおおおああああああああ!!」
マリアの視線の先にいたのは、迅がテイムしたモンスターの幼獣、ワン郎という子犬に、これでもかとじゃれつかれ、ボロボロにされた西坂だった。
手酷い暴行の末、東松山の果てでボロ雑巾同然に捨てられたゴミ野郎は、マリアの配信をヒントに、ここまで執拗に追いかけて、唯一の非戦闘員であるマリアを狙った。
だが俺たちは分断されてから、迅がスキルでレベルを操作したモンスターを拡散し、予定どおりマリアのところにレベル50となったワン郎が合流。マリアの推測どおりレベル30程度だったらしい西坂をおもちゃにした。
ただ、マリアの「殺さないように」という指示と、ディーノフレスターの乱入が、この状況を招いた。
中途半端にボコボコにされた西坂はまだ意識があったか、途中で目覚めたか、回復の時間を与えてしまった。傷は治らずとも立ち上がる余力を取り戻すほどだったが、それだけあれば小賢しい武器も取り出せる。
「させるかよ雑魚がぁ!」
龍弐さんが吼える。二振りの刀を抜刀し、高速で振るって仲間を守る。その背後にいた鏡花や迅や利達たちを。
西坂め。まだ銃を隠し持っていやがった。
構えたサブマシンガンから連射される凶弾を、一発も逃さず切断する龍弐さんは、スキルを発動させるものの、間断なく放たれる銃弾に対処しつつジリジリと前進するので手一杯だ。それでも十分に神業だ。同じことができる冒険者は数人程度だろう。
「あれ、悪い子だねぇ………」
「よせ! 今前に出るな。龍弐の邪魔をさせるわけにはいかない」
「………キモ。触らないでよ」
「………結構ショックだから、キモいとか言わないでくれ。メンタルに来るんだよ」
「キモ」
六衣はこのなかで唯一面識がなく、スキルを完封してくる天敵のようなアルマだけには辛辣だった。ディーノフレスターにもこんな対応はしないくらいに。
西坂は龍弐さんに連射を続けるも、地面に伏せつつも視線を横に移動させる。
この数秒で分析を終えやがった。元々マリアの配信は続いていたし、絶好のタイミングを知ることもできた。奴の予想どおり、俺たちの総力は半減しつつある。テクニカルな鏡花はスキルポイントを消失し、利達もまだ動けず、アルマは六衣から注意を逸らせない。
そんなアルマの攻略の糸口が精神攻撃であると理解した六衣は、嫌がるアルマに容赦のない言葉責めを浴びせていく。利達と迅が「キモくない!」とフォローするが、どれだけ回復するのやら。
「クソッ………!」
「ぎゃははは! おいおい、享楽的なボンクラ野郎も、スキルポイントを失えば本当にボンクラに成り下がりやがるんだなぁ!」
「ハッ………でもなぁ、テメェのウザってぇ銃弾を防ぐくらいはできる。リロードの瞬間がテメェの最後だと思いやがれ!」
マリアを助けるため、龍弐さんは相当の無茶をしたのだろう。
龍弐さんはいかなる戦闘においても、スキルポイントを二割は残して勝つようにしていると言っていた。非常時に対応するためだ。しかし凶弾を防ぐ加速のスキルも、残存ポイントをすべて消費してしまったため、龍弐さんの姿がいよいよ視認できるようになった。
移動にかなりポイントを割いたらしい。ディーノフレスター戦でも多用すれば、枯渇も頷ける。しかし、そんな龍弐さんは言動のとおり、加速せずともサブマシンガンの凶弾をすべて切断して防いだ。稼いだ距離こそ後退して無駄になったが、すでに冒険者の域を脱している動きだ。
「龍弐っ………この、不届き者が!」
奏さんもいよいよお冠だ。マリアを俺と護衛しつつも、強弓に製造のスキルで岩を矢に変え、射る。
「あっぶね………テメェ、調子乗ってんじゃねぇぞ巨乳! あとで揉みしだいてやろうって決めてたから攻撃してやらなかったのによぉ!」
「くっ………セクハラ発言、どうも。あなたは絶対に許さない。これまでの刑罰がオママゴトに思えるほどの苦痛を与えて差し上げます!」
咄嗟の一矢だったゆえ、爆裂も分散もしなかった矢を耳に掠めた西坂は、激昂して射線を一瞬だけ横に移動させた。俺たちを狙った射撃だった。奏さんは強弓を捨てて、マリアを抱えて横に飛ぶ。一瞬の隙を突いて龍弐さんが前進したが、また押し戻された。
「龍弐さん!」
「やっちまいなキョーちゃん!」
「ぁあん!?」
俺は龍弐さんに合図を送ると、適当なサイズの岩を砕いて握り、投げる。即席の散弾だ。西坂が銃弾でできるだけ弾くも、龍弐さんが乱雑に動く射線を読めないはずがない。すぐに詰めて、サブマシンガンの銃口に日本刀を沿わせた。
まるで紙細工のように吹き飛ぶ金属製のパーツ。唯一の有効打だった銃を失って、西坂は愕然と───していなかった。
「阿保が。それが、狙いだぁあああああ!」
グリップしか残っていない銃を握っていない左手は、人差し指だけがマリアを向いていた。
野郎め。龍弐さんという俺たちのディフェンスが背後に移動した一瞬を狙いやがった。
「食らえ! これが俺の復讐ゲバァ!?」
西坂はまだ宙にいる龍弐さんの強引な回し蹴りによって地面にキスをするも、人差し指から放った閃光だけは間に合わせやがった。
「マリアァァアアアアアアアア!!」
「京一さん!?」
「京一くん!」
その速度たるや、地に伏せている奏さんでも間に合わない。
こうなったら、腕一本くれてやるつもりで、左手をマリアとビームの間に割り込ませた。
光───光学兵器の類を防いだことはないが、試してみるにはいい機会だ。
スキルを纏わせた左手でビームを受け止める。熱くはない。ただの光だ。
「うぉぉおおおおおおおおおお!」
閃光は俺の手で留まり、俺のスキル「折畳み」で屈折した。光にも通用するとは想像もしなかった。
「終わった………?」
マリアに直撃はせず、天井に注がれた閃光がやっと止む。俺たちは全員の無事を確かめて、それからやっと無力化した西坂を見て「なにがしたかったんだコイツ」と訝しむ。
「ニィシザァカクゥゥゥウン? テメェ、まーた俺らのボスにきったねぇモンを浴びせようとしてくれたなぁ。とうとう終わりの時間が来たみたいだし、その垢だらけの首洗って待ってろやぁ! テメェへの刑罰はとびっきりのモンを用意してやるからなぁ!」
「げ、ふっ! ………ククク。狙いが逸れたか。まぁいいさ。前衛の主力のひとりをやれたんだしな」
龍弐さんに踏まれながらも、西坂は俺を見て笑う。
「残念だが、俺はこのとおりピンピンして………は?」
「京一っ!?」
鏡花が駆け寄る。俺は全身に現れた症状を見て、狼狽を禁じ得なかった。
水蒸気のようなものが全身から溢れ、体温が急上昇する。滝のような汗が流れ、直立できなくなる。鏡花に抱き止めてもらわなければ倒れていた。
「クソッ………やってくれやがったなぁ、西坂ァッ………」
西坂は性格が終わっているが、それでもスキル持ちだ。
スキルの具体は時間遡行。自分の時間を遡りダメージを負う前に戻る。ダメージはツケ払いだが、ゆっくりと濾過するように行われるため行動に支障はないが、今回のように膨大なダメージとなるとケースが変わり、ツケ払いができなくなる。
そう考えていたのが間違いだった。まさか、自分だけでなく相手にも影響を与えるだなんて考えもしなかった。
西坂は俺に現れた症状を愉快そうに笑うが、龍弐さんに後頭部を蹴られてやっと沈黙する。
それでスキルが解除されたなら楽だが、そうはいかなかった。
「野郎ぉ………残りのポイント全部振りやがった………東京が目の前だってのに………こんなところで………」
やっとゴールが見えてきたのに、ここでリタイアなど絶対にしたくない。
だが、必死の抵抗虚しく、俺の意識は深い眠りの奥底へと沈澱していった。
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さて、これまでの流れならこの次は東京ダンジョンⅠのはずなのですが、ちょっと違います。なんと埼玉ダンジョンⅢです。ですがそこまで長くありません。埼玉ダンジョンでの残りを消化していきます。京一が大変なことに………
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