第221話 イミワカラナイ
「自爆………自爆………できないよぅ」
六衣は涙目になりながら、何度も自爆を試みる。
全身をオレンジ色に染めては光を拡散させ、また光を集束しては拡散させる。何十回と試しても不発に終わる。
「ふむふむ。自爆って低コストなんだなぁ。でも結果は変わらない。俺のスキルも低コストで使えるんだ。悪いな」
アルマはしれっと言っているが、どれだけすごいことを可能にしているか、自覚があるのだろうか。
かつて俺が半殺しにされ、逃げるのがやっとだった六衣の猛威を完封してしまった。
自爆が使えない六衣なんて、精神がヤバいだけの美女だ。怖くなんて………
「自爆………自爆自爆自爆自爆自爆自爆自爆自爆自爆………自爆したいよぉ! 目の前を真っ赤にしたいよぉ! 熱い炎で、みんなとお友達になりたいよぉ!」
………怖。
前言撤回。怖いものは怖い。自爆が使えなくとも、病的な目で俺を見上げる六衣に、俺は無言を徹するしかなかった。
けど、その無言も六衣から視線を逸らせば、感激に変わる。
「アルマ………」
「どした? 京一」
「本っ当にありがとう。いてくれてありがとう。パーティになってくれて、ありがとう」
「泣くほどのことか? ………いや、お前にとってはそうだったんだな。うんうん。辛かったな。これからはもっと頼っていいんだからな?」
「ああ。全力で頼る。マジで近くにいてくれ」
多分、マリアの配信は継続しているのだろう。全国に俺の醜態を晒すことになるだろうが、アルマへの感謝を伝えるためならいくらでも泣いてやる。
改めて思う。これが大人の余裕なんだなって。俺もいつか、こうなりたい。
すると、六衣の自爆を完封できた事実に、歓喜したマリアたちが殺到する勢いで戻ってきた。
「すっげぇぜアルマさん!」
「まさか、六衣ちゃんの天敵が、こんなところにいるなんて思いもしませんでした」
「思えば当然のことだったのに、なんで今まで考えなかったんすかねえ!」
「これでみんな無事………わぶっ、ひょ、ひょっほ! ほっへ抓らなひえよ、ひょーひちふぇんはい!」
口々に感動を伝える仲間たちのなかで、しれっと輪のなかに混じった利達の頬を、痛みを感じない程度のピンチ力で抓ってグリグリする。
「なーにが助けてあげる、だ。真っ先に逃げやがって」
余裕のある大人になりたいと願った手前、三つも歳が下の女子にこの仕打ちを施すのもどうかと罪悪感を覚えるも、一瞬で消えた。
そもそも俺はまだ十七歳。つまり未成年。つまりまだ子供。大人が子供に暴力を振るえば体罰に処されるが、子供同士なら度が過ぎなければ問題はない。利達も痛がってはいない。これは早速約束を反故にしやがった後輩へのお仕置きだ。奏さんも黙認している。奏さんもまた、俺を見殺しにしようとした罪悪感があるからだろう。
「………京一」
「なんだよ。鏡花」
「心配かけさせるんじゃないわよ」
「痛っ。なにしやがる」
みんなが無事だったこともあり、一番近いところにいた鏡花に、なぜか腕を殴られた。軽めではあったが。
「………なにもなくて、よかった」
「ああ、アルマに感謝しなくちゃな」
「そうだけど………それもあるけど、その、えっと、久々に会えたし………」
「久々って。たった二日だろ。こういう作戦だったじゃねぇか。六衣まで来るとは思わなかったけど」
「まぁ、そうだけどさ」
なんだか、いつもの鏡花らしくないと思った。
戦いになれば狂犬みたいに敵意を剥き出しにしたり、それ以外でも狂犬みたいなところがあったり、つまりいつもなにかと物騒な女だが、今回だけはなぜかしおらしい。本当にこいつは鏡花なのかと疑うくらい。
モジモジしながら俺を見上げるところなど、まるで別人だ。
「鏡花ちゃん」
「なによ、六衣」
自爆できないことで禁断症状に陥っていた六衣が、病的な目をしたまま鏡花に声をかける。
「負けないよ………京一ちゃんと素敵な仲になるのは、私だもん」
「な、なによ。それ。イミワカラナイ」
「………鏡花ちゃんは可愛いねぇ」
よかった。六衣の関心が鏡花へ向いた。アルマのスキルがあるから、今の六衣は無力化されたも同然。レベルやステータスでは六衣が上だが、鏡花から問題ないだろう。でも素敵な仲ってなんだ?
「マリア。配信続けたままか?」
「あ、はい。タイミング逃しちゃって」
「だよな。締められるはずがなかったもんな」
六衣が腕を離してくれたので、俺はマリアへと近寄る。危機が去ったため、マリアは岩に座らされ、足の傷の手当てを奏さんから受けていた。
「………どうするよ。六衣の処遇」
「………そこが問題なんですよねぇ」
俺たちは、次の問題に直面している。一難去ったらまた一難。永遠にループしていると錯覚しそうだ。
六衣はかつて、マリアのパーティに所属していた。たった数日ではあるが。
その数日で六衣の脅威を知り、これ以上行動を共にすれば命はないと悟り、決別に近い形で離脱、あるいは逃亡した。
別に、六衣に直接クビを通告したわけではないが、あの後マリアはパーティから六衣を除名した。パーティ専用のチャットで精神攻撃をされるのは避けたかったからだ。
で、今に至る。
「逃げられると思うか?」
「逃してくれるとも思えませんよ………」
「しかし、お先真っ暗というわけでもないでしょう。少なくとも、アルマさんがいる時はですが」
マリアの足を治療し終えた奏さんも会話に加わり、スクリーンから市販の回復薬を取り出すとキャップを捻ってマリアの口に突っ込んだ。これさえ飲んでおけば数時間後には回復している。俺も何度かお世話になった。
「六衣さんのことはアルマさんに任せるのも手段のひとつだと考えています」
「でも、それだと色々問題があるんじゃないですか?」
「例えば?」
「アルマは俺たちの飯作ってくれてるし。そっちに集中したいのに、六衣ばかり見てるわけにもいかないでしょ。それに………その、トイレとか、体拭く時とか。寝る時だって一緒なんて、奏さんが許さないでしょ」
「………まぁ、そうなんですけどねぇ」
セクハラ絶対許さないブチ殺す派の奏さんは、こうなる未来が見えていなかったのは珍しい。
ほぼ不可能だ。アルマへの負担が大きくなるばかりか、パーティの維持に大きく貢献してくれているアルマを六衣が潰しかねない。アルマだって人間だ。攻撃されれば怪我をする。いくら上位の冒険者であったとしても、六衣もまた上位冒険者であることに違いないのだから。
「できる限り、タイミングを見極めて………以前と同じ方法で離脱するしかないのでしょうか?」
「六衣が同じ轍を踏んでくれるタイプだったら、な」
「私たちと同じか、それ以上の速度で成長するのであれば、不可能………詰んだのでしょうか」
奏さんでさえ打開策を見出せない。祝勝ムードが数分後でお通夜ムードとなるのも珍しい。
「あ、そうだ。配信終わらないと。………と、いうことですので、私たちはこれから大きな問題に立ち向かい───危ないっ!!」
「なにっ!?」
六衣にも配信を見られたら意味がない。外界はディーノフレスター討伐とマリアの覚醒で大賑わいだが、それに構ってもいられない。そっち退けにしてしまうのは配信者としてあるまじき怠惰ではあるが、状況がこうでは生命を優先する他ない。
ところが、俺の背後にいたフェアリーに視線を向けたマリアが、突然大声で叫ぶので、俺も振り返って同じものを見た。
「テメェ! 西坂ァッ!」
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