第220話 神! 降臨ッ!
「………ひっ、久しぶり………だな。六衣」
どんなホラー映画にも劣らぬ恐怖で、変な声が出かけたが、辛うじて呑み込んで、平静を装って対応する。
「その、さ。………怒ってる………よな?」
さっきまでのお祝いムードが一変し、一瞬で緊張感が満ちる。
まるでこのダンジョン全体がニトログリセリンになったようだ。少しでも刺激をすれば爆発する。そうしないよう、可能な限り動かず、固唾を呑んで出方を見た。龍弐さんも、奏さんも瞳に絶望と緊張が満ちている。
俺は六衣と視線を合わせることができなかった。とりあえず、横にスライドしてみる。
忘れていたとはいえ、マリアと合流すればこうなる運命だった。それでも走らせた利達は「守ってやる」と豪語したもんな。縋る思いで利達を見ると───おうおう、話が違うじゃねぇか。利達の奴、目を逸らしやがったぞ。なにが「守ってやる」だよ。
「えぇ? 怒ってないよぅ? 変な京一ちゃんだねぇ」
六衣の声音はずっとこうだ。
初見から、今まで。暴走する時はこうじゃないけど。
つまり、怒っているのか怒っていないのか、とても判別ができない。
けど結果は知れている。不思議だよな。どうやっても、足掻いたとしても回避できそうにないんだ。
俺はまるで断頭台にいる気分だった。降りかかるギロチンに首を差し出し、命の終わりを待つ囚人そのもの。そしてギロチンを発射するスイッチを握っているのが六衣ときた。最悪な人選だ。ふざけんな。
「い、いやだって………あんなこと言っちまって………そ、そうだ。俺………結構、お前に謝るべきだって後悔してたんだ」
俺はマリアみたいにギャラリーを賑わかせも、奏さんのように政治家や弁護士のような説得もできない。口下手で、下手なことしか言わない。残念ながら自覚がある。多分………前科もあるんだと思う。
今になって、俺の会話能力の絶望的な低さを後悔するなんて。
なんだこれは。謝るべきだって後悔してた? 命乞いにもなりゃしねぇ。
「謝らなくても、いいんだよぅ」
「そ、そうか? でも、なんで?」
「私と京一ちゃんの仲じゃなぁい」
「六衣………」
あれ? なんか、脱力しかけたというか、俺たちが簡単に予想できた最悪な顛末から、こうもうまく回避するなんて思いもしなかった。
「許してくれるのか?」
「もちろん。ていうか、怒ってないんだからぁ、京一ちゃんはもう気にしなくていいんだよぅ?」
「六衣………ありがとな。マリアのこともさ。あのクソ馬から守ってくれただろ」
「マリアちゃんもお友達だしねぇ」
なんだこのまともな会話は。
俺、初めて六衣とちゃんとした会話ができている気がする。
いや、錯覚などではない。
多分、この数週間で六衣も成長したんだ───
「また会えたんだから、本当のお友達になってもいいよねェッ!!」
───前言撤回。妄想解除。
この女、まったく成長しちゃいなかった。
ギリギリと強まる握力。込められる熱量。息が詰まる。
「ハァ、ハァ、ハァ! 京一ちゃぁん………!」
呼気を荒げる六衣は、色っぽい瞳をしながら、美しい顔で俺に迫る。
そりゃ、俺だって男だから。こんな綺麗な女に縋られちゃ悪い気はしない。
ただの女なら、だが。
「ッ───!」
埼玉のバスターコールの発作的な暴走が始まろうとしていた。
俺は絶望し、歯を食いしばり、なんとか離れようとするも逃してもらえない。
しかし俺以外はといえば、すでに退避済みだった。助けると豪語した利達も奏さんに続いて腰を浮かす。
「ま、待て………待てよ、六衣」
「待てない………もう、限界だよぉ」
「話せばわかる」
「気持ちよくなろ? ねぇ、京一ちゃん。一緒に気持ちよくなろうよぉ?」
「その言い方は色々誤解を招くからやめろ! お、おい。興奮すんなって。わ、わかってんのか? こんな狭い場所でお前のスキルを発動すればどうなるか!」
「みぃんな一緒に、お友達になれるよぉ。ハァ、ハァ」
「みんな一緒にお陀仏だっての! あのクソ馬と戦う前に、こちとら何連戦もしてるから、みんな消耗してんだよ!」
「それは私も同じぃ。ここに来る前に、邪魔してきた素敵な子たちが十人くらいいたから、みぃんなお友達のお星様にしてあげたのぉ!」
「マジかよ………」
あの使者が差し向けた刺客が、まだいたってことかよ。で、俺たちが苦戦している間に全員自爆に巻き込んで文字通り星にしてやったってか。イカれてるにも程がある。
「京一ちゃん。自爆って、自滅じゃないんだよ? 少しだけ熱いけど、私のパッションも燃え盛るのぉ! そうすればみんな、わかりあえる。これってラブアンドピースだよねぇ?」
「ふっざけんな。デストロイアンドヘルの間違いだろうが………おいおいおい! 話はまだ終わってねぇだろ!? なに光出して………ぉぉおおおおおおお!?」
これは酷い。
希望が見えた数秒前の俺の感動を返せと言ってやりたい。
六衣はついに、俺を掴んだまま全身をオレンジ色に光らせた。これが六衣のスキルの前兆。埼玉のバスターコールのコードのあるべき姿。最悪な絶望の権化。
これで六衣にはまったく悪意がない。俺と一緒に自爆すれば、もっと仲良くなれるとか本気で信じていやがる。
「京一さん!」
「ダメだマリアちゃん! 巻き込まれる!」
「で、でもだからって見殺しにはできません!」
「畜生………迅! あんたのスキルで、私のレベルと、あんたのレベルも貸しなさい! 上限も増えて、少しくらいはスキルポイントが回復するかもしれない!」
「お、押忍! いくっすよ鏡花の姐さん!」
もう戦える状態ではないマリアの退避はともかく、鏡花だけは諦めずに抗おうとした。
握っているダートと俺を置換すれば、少しは距離が広がる。龍弐さんもまた、鏡花からダートを受け取って離れた。再び置換を発動すれば、より離れられるからだ。
「えひひっ………逃がさないよぉ。みんないっぺんに吹き飛んじゃえば、お友達になれるもんねぇ!」
「その鬼畜論をどうにかしやがれ! 死ねば友達もクソもねぇだろ!?」
ある意味で宗教みたいなことを叫び始める六衣に戦慄を禁じ得ない。
六衣にとっては自爆こそ娯楽であり、救済であるってか。イカれてやがる。
そんなことをしている間にも、グングンと六衣の熱量が上がる。
「さぁいくよ京一ちゃんッ!! またあのときみたく、死なないでねぇえええええええええ!!」
「ふざけんなちくしょぉぉぉおおおおおおお!!」
「これまで我慢してきたの、ぜーんぶあげるぅぅうううううううう!!」
カッ! と目の前で閃光が迸る。
こちとらなにも準備できなかったってのに。これで終わりなのか───
「………あれ?」
「………うん?」
「おかしいなぁ。もう一回、いくよぉぉおおおおおお! ………あれ?」
ところが、あの悪魔が首を傾げる事態となった。
絶望の淵に立たされた俺は、うんともすんとも言わない自爆に、ただ光が弾けるだけの現象を前に、なんだか脱力してきた。
「スキルポイントは足りてるのに………え、なんで?」
「ははぁ。これが話に聞いてた自爆ってやつか。おっそろしいことするよなぁ。でもまぁ、俺との相性はよかったみたいだ。その熱、もらっとくぞ」
「はぁ?」
六衣は眉間に皺を寄せる。明らかに苛立っている。普通なら逃げたくなるのだが、この状況で介入した第四者の存在を認知した瞬間、俺は歓喜の末に号泣したくなった。
「悪いな。俺のスキルは『熱操作』っていって、炎とかをコントロールできるんだ。だからお前の『自爆』スキルも完封できるってわけ。ごめんな?」
神! 降臨ッ!!
六衣に手を翳すアルマが、彼女の虐殺しかできないスキルを封じてしまった。
俺たちは、なんて良い出会いをしたのだろう。改めて神に感謝したい。
たくさんのブクマありがとうございます。
埼玉のバスターコールがみんな大好きということがわかりました。
これで心置きなく、またヤベェやつが参加しそうですね。今後、埼玉のバスターコールさんにも活躍してもらう予定でありますので、期待していただけるようであればブクマ、評価、感想などで応援していただければ幸いです。何卒よろしくお願いします。




