第217話 集結
いったい、どれくらい気を失っていたのでしょうか。
私は展開した防壁のなかで蹲っていました。
短時間なのか、長時間なのか。六衣さんの自爆スキルに巻き込まれないよう、残存するスキルポイントすべてを投じた防壁を八層まで重ね、熱波を遮断した結果───運良くも、生き残ったようです。
とはいえ、密閉空間を作り出したのなら、酸素がそこまで長く続くわけがありません。周囲を見て驚愕するほどの、偶然の仕組みがあったのです。
「あっ………危なかった………」
酸欠に陥らなかった理由も運が良かったからでした。
あの自爆攻撃は最後の一層に届くほどの破壊力を秘めていましたが、ギリギリで持ち堪えてくれました。結果として、防壁に亀裂が走り、若干穴が空いたりして、そこが吸気口となり私の呼吸を維持してくれたのです。あと少しでも業火が届いていたら、私はこの世にいなかったでしょう。
私は防壁を解除し、震えながら前を見ます。もう余力すら残っていませんでした。
「えひひひひひっ! さぁ、お馬ちゃん! 次はどうするのぉ? ねぇ、どうするのぉ? このままじゃあなたすぐ死んじゃうかもねぇ!」
「ブル、ガァ! コロ、スッ! ゼッタイニ、コロス!」
「うんうん。ひとの言葉がうまくなってきたねぇ。でもそれだけじゃ、私のお友達になる前に死んじゃうよぉ!」
わけが、わかりませんでした。
六衣さんはディーノフレスターと取っ組み合いをしていました。
それも普通の取っ組み合いではありません。文字通り、命懸けのそれです。
ディーノフレスターは背に飛び乗った六衣さんを、あの長い首の関節を限界まで曲げて、腕や肩、脇腹などに噛み付いています。あるいは全力で壁にぶつかるなど。
でもその度に爆発が起きて、ディーノフレスターの無傷とはいきません。
また、六衣さんもただしがみ付くのではなく、積極的に連続で小規模の自爆を行っていました。三十メートルほど離れているためか、私には熱を帯びた風しか届きません。一応、私の生存も配慮してくれているようです。
この凄絶な殺し合いを、呪物精霊と行えるのは六衣さんだけでしょう。
着目すべきは、私たちと別れてから過ごした日々のなかで、より凶悪な高め方をしたオートリペア。
ディーノフレスターはすでに何十人という被害者を出した牙の大半を失っていました。顎だって京一さんに破壊された古傷が裂け、正常の時よりも噛みつきの威力は半減以下になっていると推測できます。が、それでも肌や肉は抉れるようで、六衣さんの真っ白な肌を血で汚しています。
が、その六衣さんが持っているオートリペアが、裂傷を瞬時に縫合して塞いでしまっているのです。
私たちの体力を数値化した場合、六衣さんは数分もあれば自爆で九割失った体力を取り戻せるそうですが───今は一分ほどでしょう。それくらい傷の治りが異常に早いのです。
「ほらほら、お馬ちゃん。私とお友達になりましょぉ! 簡単に死なないでねぇえええええ!」
「ブルォォォオオオオオオオオオオ!!」
「あっ」
その時です。連続する自爆で、ついにディーノフレスターの背中が焼け落ちました。そこにしがみ付いていた六衣さんも滑落します。
ディーノフレスターはそれを見逃しませんでした。真っ黒だった全貌を真っ赤に変え、辛うじて無傷でいた後ろの右脚を縮め、一瞬で打ち出します。六衣さんは初めて両腕で防壁しました。「素敵ぃ!」と叫びながら。イカれています。
壁に打ち付けられ、岩を割ってめり込むも、すぐ這い出た六衣さんは頭部から出血しますが、それでも狂気の笑みを保っていました。しかし、肉薄したディーノフレスターが後脚の蹴りを再び放ちました。
「六衣さっ………えっ?」
「危ねぇ………やぁ、六衣ちゃん。元気だったぁ?」
「もしかして、龍弐ちゃん? ………あはぁ!」
駆け付けてくれたのは、龍弐さんでした。
ディーノフレスターの蹴りを両手で揃えた二振りの刀を揃え、剣戟で阻止したのです。
助けられた六衣さんは最初はキョトンとしていましたが、龍弐さんの顔を見た途端、パァと悪魔が宿る可愛い笑顔を浮かべます。
「来てくれたんだぁ?」
「まぁ、今回は俺たちのボスを助けてくれた恩があるからねぇ。無下にはできねぇよ、っと! ツアッ!」
龍弐さんは六衣さんに絡まれる前にディーノフレスターを弾き飛ばします。たたらを踏みながら跳躍から回復したディーノフレスターは反転し、龍弐さんをジッと凝視します。
「久しぶりだな、馬糞野郎。テメェ、よくも俺らのボスを殺そうとしてくれやがって。もう何回叫んだか忘れたけどよぉ。調子乗ってんじゃねぇぞクソが。狙うなら俺らをやれや。遊んでやる。ぶっ殺してやるから気合い入れて掛かって来い」
群馬ダンジョンで見せた、本気モードでディーノフレスターと相対する龍弐さん。
私のパーティでも、前衛において京一さん以上の主力。パーティのレベルのトップ。ディーノフレスターに初撃で唯一傷を付けられた化け物。それが手負いのディーノフレスターを、ついに追い詰めようとしていました。
「コロ、セ、ナイ………」
「あ?」
「………クヤシイ。コロ、セナイ。クヤシイ………カラダ、イタイ………」
「はっ………笑わせんじゃねぇ。テメェ、これまで体が痛いから見逃してくれって命乞いした相手に同情したことあるのか? ねぇだろ。どうせすぐぶっ殺したはずだ。なら、テメェだって見逃される道理はねぇわな」
「ニゲル………ツギ、コロス」
「だから………逃がさねえよォッ!!」
加速する龍弐さん。
ディーノフレスターは多量出血にも関わらず、ダメージを感じさせない動作で龍弐さんに合わせるのですが───やはり場所が悪かった。この洞窟は人間の私たちにとっても四人並べるのがやっとで、天井だって三メートルもないでしょう。ディーノフレスターの体躯では、反転するのがやっとなのに、龍弐さんのように縦横無尽に走れる保証などどこにもなかったのです。
「ブルガァァアアアアアア!!」
「っせぇんだよクソがっ! 叫べば強くなれるとでも思ってんのか? なら俺なんてとっくにレベルをカンストしてんだよォッ!」
ディーノフレスターの全身に刀傷が増えていきます。
そこでディーノフレスターは、連続する爆発で掘り起こされた地面から出現した石を、思い切り蹴るのでした。
一見、自身と同格の俊敏力を得た龍弐さんを仕留める散弾かと思われたその一撃は、龍弐さんはすぐにその本質を見抜きました。
「龍弐ちゃん!」
「チッ! ああ、わかってる!」
六衣さんも理解していたらしく、すでに動いていました。なんと、私に覆いかぶさったのです。辛うじて肩越しに見えたのは、スキルで私たちの前に移動した龍弐さんの両腕が霞むほどの速度で繰り出した剣戟でした。
ディーノフレスターの狡猾さは微塵も薄れてなどいませんでした。私を狙ってきたのですから。
「ニゲル………」
「あ、逃げちゃう」
「心配いらねぇさ。もう大丈夫。ね、マリアちゃん」
「え、なんで私に?」
「あの犬、どこ行ったの?」
「………あ!」
龍弐さんに言われて気付いたのですが、私が気を失う前に抱えていたワン郎ちゃんの姿がどこにもありませんでした。
そして私が警戒していた方に、ヒョコヒョコと脚を引きずって敗走するディーノフレスターの前方に、さらなる希望を見出しました。
いつもありがとうございます。
ポケモンレジェンズ………面白いです!
さて、日曜日の更新も危ぶまれるところなのですが………皆さまに重ねてのお願いです。
作者のモチベ維持のため、皆さまからのブクマや評価があると、ゲームに浮気することなく更新することでしょう。何卒宜しくお願いします!




