第215話 ひとの心が無いの?
「久しぶりだね、マリアちゃん。元気にしてたぁ?」
この状況で元気にしていられるはずがないでしょう。とは口が裂けても言えませんでした。
埼玉のバスターコールの異名は伊達ではありません。もし少しでも気分を損ねることがあれば、私は瞬時に灰に………なるほども残らず、消し飛んでいたでしょう。
「傷だらけだねぇ。あのお馬ちゃんにやられたんだぁ? そっかぁ………いけないお馬ちゃんだねぇ」
呪物精霊に良し悪しがあるかは不明です。でも私たち人類にとって有害でしかないのは確かです。
それにしても、ディーノフレスターをお馬ちゃん呼ばわりするところが、やはりイカれているとしか言いようがありません。
六衣さんが私のパーティ入りを打診した頃、ディーノフレスターと交戦したと聞きましたが、きっと本当のことなんだろうとは思っていましたが、心の片隅ではまだどこか疑っていたのだと思います。あの呪物精霊と交戦して、無傷でいられるはずがないと。
でも、やはり真実だったのです。
対立する両者を見ればわかります。
ディーノフレスターは、私を虫ケラにようにいたぶるのではなく、同じく捕食者として六衣さんの出方を注意深く観察しているようでしたし、一方で六衣さんはあの邪悪な笑みを浮かべたまま、ゆっくりとではありましたが距離を詰めていました。
「そのままじっとしててね。私がそこまで行ったら、後ろに下がってていいよぉ」
「………助けて、いただけるんですか?」
「うん。お友達だもぉん」
ディーノフレスターから一切視線を逸らさぬまま、柔和な笑みを浮かべる六衣さん。
助かる。命が繋がった。ディーノフレスターのような化け物と、もう戦わずに済む。ここにいるのは京一さんや、龍弐さんと奏さんと同格の強者だ。
そう確信した途端、脱力してしまいました。ペタンとその場に座り込んでしまったほど。心のなかで繋げていたわずかな緊張感の糸まで切れていたら、きっと号泣して六衣さんに縋っていたと思います。
改めてコメント覧を見てみました。フェアリーは未だ健在で、配信を続けています。
内容は戦々恐々としていました。
埼玉ダンジョンに入る前、私は「埼玉のバスターコール」というコードは知っていました。その具体性は知れずとも、埼玉ダンジョンで猛威を振るう冒険者であると。
ネット界隈でも有名で、素性の知れない冒険者が埼玉ダンジョンを支配しようと画策しているなどと、噂が飛び交うほどでした。
それほど有名な鉄火六衣さんが、再び私の配信で共演したのです。ディーノフレスターというニュースを果てない絶望で染め上げたモンスターと比較しても色褪せることのないレベルのゲスト。コメントで興奮と絶賛が飛び交います。
ですが………一部の冒険者さんたちは違います。とても否定的で、アンチコメントをしたり、私に逃げろと言ってきたり………と。気持ちは少しだけわかるのですが。多分、六衣さんのことを知らずにパーティを組んで、後悔した人々が徒党を組んで警告しているのでしょう。
そう。問題はそこなんです。私がわずかに繋いでいた、緊張の糸の正体です。
「あ、あの………六衣さん」
「なぁに?」
「なんで………助けてくれるんですか? お友達だとしても、私たちは六衣さんに………」
決別に等しい分かれ方をした。あれで怒っていないはずがありません。
しかし六衣さんは、まったく気にしていない素振りをして笑っていたのです。
「マリアちゃん、まだみんなと行動してるよねぇ?」
「は、はい。そうですけど………?」
「じゃあ───」
ニマァ。と六衣さんの笑みに、本格的に邪なものが混じり───いえ、本性を表しました。ゾクッとするほどの。
「京一ちゃんと、また会えるよねぇ。そしたら、約束どおりお友達になれるよねぇ。えひひひひっ!」
ごめんなさい、京一さん。もしかしたら、今日が京一さんの命日になるかもしれません。
また会ったら友達になろう。という文言だったと思うのですが、六衣さんはそれを「次に会ったら自爆仲間になって同じ墓に物理的に入ってやるよ」とでも自己解釈していそうな狂気を湛え、執念深くここまで追いかけてきたのでしょう。
でも京一さんはきっと「二度と会いたくねぇよ」という趣旨で言ったのだと思います。私も、できれば六衣さんと会いたくなかったのですが、残念ながら、誠に残念なことながら、遺憾ながら、背に腹はかえられぬとあるように、ディーノフレスターから生還するためには六衣さんに頼る他、術を持たないのです。
ああ………ごめんなさい京一さん。でも、理解してくれますよね………?
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「冗談じゃねぇええええええええええ!!」
俺は体力が少なくなった利達を背負い、ピー助という鳥の幼獣を追いながら、顔の斜め下に利達が展開したスクリーンから流れるマリアの配信を見て、絶叫しながらブレーキをかけた。
「あ、そうはさせないよ。京一先輩!」
「や、やめろぉぉおおおおおおおお!!」
利達め。この状況で反旗を翻すかこいつ。
体力が尽きかけても、まだスキルポイントは十分に残っていたのだろう。俺が立ち止まろうとすると、靴底で踏んでいた砂利に総じてスキルをかけ、回転を加えてブレーキを無効化しやがった。
どれだけ踏ん張ったところでグリップが効かないのではブレーキの意味がない。腰を落としたのも間違いだった。まるで氷の上を滑っているみたいだ。出身地たる軽井沢でも、近所の湖が凍った際には奏さんにスケートに連れ出してもらった経験が役に立つ。いやあれは、遊びと称して修行をするためだったか。「この湖を五十回周回しないと帰れませんからね」なんて平然と言うんだもんな。四肢に何十キロという重石を括り付けて。薄氷を踏めば割れて落ちる。あれは風邪をひきかけたが、瞬間的判断力と観察力とバランス感覚が養われた。
「お、俺はまだ死にたくない!」
「じゃあ、マリアパイセンがどうなってもいいの!? ひとの心がないの!?」
「俺をあの自爆狂に差し出そうって時点で、ひとの心がねぇだろ!?」
「もしなにかあったら、みんなで助けてあげるから! ほら、ちゃんと走って!」
「畜生がぁああああああっ」
利達も言うようになったじゃねぇか。ひとの成長って著しいところもあるから、俺たちの妹分の急激な成長と死活問題の判断力に舌を巻く。感心しただけで、ちっとも嬉しくなかったけど。
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六衣さんに助けてもらう代わりに、京一さんを差し出さなければならない私は、心のなかですでに二百回以上は京一さんに謝りました。もしまた会えたら何回も言葉で謝って、それで足りなければ………まだ京一さんが生きていたら、なにかサービスをしなければならないと決意します。またフェアリーが誤作動しなければいいのですが。
薄暗い洞窟で対立するふたつの悪魔。「神速馬」対「自爆狂」が、ついに動き出そうとしています。
「どうしたの? お馬ちゃん。お互い初見ってわけでもないでしょお? 掛かって来てもいいんだよぉ?」
あのディーノフレスターに対し、これほどまで強気に出れる冒険者を、見たことがありませんでした。
「じゃあ、私から行くねぇ。お友達になるためだし、逃げちゃダメだし、簡単に死んじゃダメだよぉ?」
六衣さんが動きます。ディーノフレスターはといえば、なんと初手は───後退でした。
「あ、だから言ったじゃなぁい。逃げちゃダメってさぁ。逃げられると思ってるのぉ?」
あのディーノフレスターさえ恐る鬼神が、嗤いました。
六衣さんの方が、よっぽど悪魔でした。
ブクマありがとうございます。
ついにブクマが200を超えました。本当に嬉しいです。これまでこんな数字をいただいたことはありませんでしたもので。
さて、来週から私はポケ厨になるので、更新頻度が低下してしまいましたら申し訳ありません。移動時間でなんとか書き続けますので、引き続きブクマや評価などの応援をいただけると、鼓舞された私はレジェンズそっちのけで書き連ねるやもしれません。よろしくお願いします!
次回はいつものように水曜日を予定しております。




