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第21話 群馬の小腸

 奏が平常心を取り戻したのは五分後のことだった。


 エリクシル粒子を全身に漲らせ、強引に立ち上がると、龍弐と鍔紀の頭に拳骨を降らす。鉄拳制裁と教育的指導。ダメージ倍率は龍弐が五割り増し。床にキスさせた。


「とにかく………京一くんはそのまま行動させるわけにもいかなくなりました」


「じゃあ、どうするっていうのさ」


 呼吸を整えつつ、今後の方針を切り出す奏に、床とキスしたままの龍弐が問う。


「追います」


「マジ?」


「マジです」


「いつ?」


「今からです」


「今からぁっ!?」


 これには思わず顔を上げる龍弐。聞いていた鍔紀と、見守っていた鉄条さえ目を見張る。


「ちょ………本気かい奏さんや。だって俺たち、一時間前にやっと帰ってきたばかりなんだぜぃ?」


 西京都から軽井沢までの距離はそれなりにあり、まだ生きている国道や高速道路を経由して長距離を走行すれば、それなりに疲れる。龍弐はげんなりとしながら悲壮感を露わにしていた。


「龍弐。あなたは京一くんがこのままお茶の間のおもちゃにされていいのですか?」


「うん。だって面白ぇし」


 即答。これが京一の兄貴分。


 ここらでは京一は狂ってると評価をされていたが、兄貴分も相当狂っていた。


 それを不当の評価とする奏は、怠惰的で自己中心的な相棒の意見を抹殺する。


「ダメです。これ以上の暴挙は許しません」


「待ってよ奏。俺、まだ飯食ってないし。蟹鍋だよ? それも最高級のサキガニ。キョーちゃんからの贈り物。それ食べずに行くなんて、キョーちゃんに悪いと思わない?」


 テーブルには完成したばかりのサキガニを使った蟹鍋が、無条件で食欲を発生させる香りを発する。


 鍔紀はすでに回復し、鉄条の隣に着席。龍弐もそれに続こうとするが奏に阻止された。


「サキガニが食べたければダンジョンで食べればいいんです。あなたならもっと効率的に倒せるでしょう?」


「いやぁ、俺はキョーちゃんと違って、そんな大したストレングスしてないしさぁ。それを言ったら奏なんて一撃で倒せるじゃん」


「私ではサキガニが跡形もなく爆散してしまいます。あなたがやった方がいいでしょう。ああ、もうほら、立ってください。お腹が減ったなら車内でレーションでも齧ってなさいな!」


 ズルズルと龍弐を引きずる奏。やっと帰ってきた故郷で、しばらく安泰な暮らしができると考えた矢先にこれだ。まさか数時間後に出撃するなどと考えてもいなかった。


「お母さん。またジープ借りますよ。ダンジョンまで行ってきます」


「はいはい、気を付けるんだよ。京一によろしく言っておいてね。ボススライムを倒してくれてありがとうって」


 奏はまだ荷解きしていないままの背嚢を掴み、ついでに龍弐の背嚢も掴むと、母にまるで「コンビニに行ってきます」とでも言うような軽い挨拶で済ます。楓もまた、奏のダンジョン突入を「娘はこれから近所のコンビニに行くのだ」と考えているような軽さで挨拶を返した。


「いやお前………娘がダンジョンに行くってのに、そんな………見送りもしねぇでいいのかよ」


 楓は立ち上がりもせず手を振っただけで挨拶を済ませたので、さすがに同じ娘を持つ親として思うところがあったゆえ、鉄条が口を挟んだ。


「いいんだよ。私の娘なんだから。実力は群馬、栃木、茨城なら攻略できるって判断んしたの。だからそこまで不安じゃないよ」


「いや、京一は東京に行くんだぜ? なら………」


「龍弐がいるわ。あの子さえいれば、大抵のボス級はどうにかなるわよ」


「そりゃ………そうだろうけどよぉ」


 ふたりは奏と龍弐の実力を知っている。出発することに異論は無いが、内三家の家族のあり方については鉄条は不満気だった。


 一方で鍔紀に「行ってらっしゃーい。お土産よろしくねー」と見送られたふたりは、楓が引退後に購入するも、今ではもう乗ることもなく、奏の所有物と化したコンバーチブルタイプのジープに乗り込む。運転席には奏が乗り、助手席には泣きべそをかきつつ、西京都で購入したチョコバーを開封した龍弐が乗った。


「京一くん、今どこにいると思います?」


「見た感じ………うん。安中を過ぎて、冨岡に入ったくらいじゃない? あー、でもあそこら辺は群馬の小腸って呼ばれてるんだっけ」


 どのダンジョンにも《小腸》と呼ばれる部分が存在する。もちろん臓器のそれを意味する。由来はトンネル状の通路が複雑に絡み合っているからだ。通常の小腸なら一本道ではあるが、ダンジョンのそれは幾多もの分岐によってすべてが繋がり、最悪の場合ループするか、迷宮に迷って半年は出られなくなるとか。


 龍弐は青蛍群石(サファイア)が配信する動画を閲覧した経験がある。むしろ京一に推奨した側だ。左右前後に加えて上下に展開する毛細血管が適切なイメージかもしれない。そんな小腸を攻略した配信者パーティは尊敬でしかない。その前例が無ければ、今頃龍弐はなにも考えずに南下する舵取りをするところだった。


「北軽井沢しかないんじゃない? あそこからの通路は広い。時間短縮はできると思うよ。特に、このジープなら」


「やむない処置ですが、もっともでしょう、わかりました。北軽井沢ゲートから行きます。龍弐はリトルトゥルーの………ええと、なんて言いましたっけ?」


「マリアチャンネル」


「そう、それです。配信があったら目を離さないように。その配信は京一くんの場所を知らせる道標となるでしょう」


 エンジンを始動させる奏が、ジープを徐行させる。道路に出ると徐々に加速を開始した。


 旧軽井沢ではなく、中軽井沢から北上するルートを選ぶ。旧軽井沢ゲートは三年前に崩落したばかりだ。今は配信者の巣窟と化していて、最初こそうまく進めないだろうが、人数が少なくなればこちらのものだ。


「ただ、制限時間があるよ。一週間だ」


「確かにそうですが、行き先はわかっているでしょう?」


 コンバーチブルタイプの車体では風を切る感触をそのまま顔に浴びてしまう。長い黒髪を後部座席に流しながら中軽井沢の分岐を右折して山道に差し掛かる。


「ああ。上野原ゲートだ。あそこは確か、小腸も終わって、北軽井沢ゲートから南下しても車体が通れる広域のある通路ばかりだから、先回りできるかもね。追いつけそう?」


「無論。先回りするつもりで走ります。それからお説教で───」



()()()()()()()()()



「───ブッフォア!?」


 邪悪な笑みを浮かべた瞬間、助手席から刺客ばりの不意打ちが飛ぶ。元国道一四六号を蛇行運転してしまうほどハンドルがぶれた。龍弐がそっと手を伸ばして、回ったハンドルを元に戻さなければ経年劣化したガードレールなど簡単に突き破って斜面を滑落していた。


「なにをするんですかおバカ一号!! 運転中なんだから危ないでしょうがァッ!!」


「あばぁっ!」


 幼馴染ゆえに、ついいかなる時であっても実行してしまう龍弐の悪戯に、こちらも恒例のように奏はブチ切れて顔面をアッパーで潰して黙らせた。


 京一が兄と姉のように慕うふたりも、ついに京一を追ってダンジョンへと突入した日となった。


以前更新したように、京一が姉のように思う奏というのは良識のある暴君でした。またの名を教育的指導。過剰で過激ですが、これはこれで私は好きです。


次回から京一へと戻ります。やっと後半へと移ります。

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