第212話 挽肉にしてやる
「そんな………まずいっ!」
「奏? おい、どうした!?」
軽食にしよう。ナポリタンは夕食にな。と奏の抗議する瞳を避けながら、サンドイッチの準備に取り掛かるアルマ。周囲には爆発で体力を根こそぎ奪った刺客たちが倒れていた。誰かが起きた瞬間に奇襲されても面倒ゆえ、足首を連結するようにロープで結んでおいた。ワイヤーではないのは良心だ。例えば自分たちが去ったあと、モンスターに襲われたらロープを切断して逃げればいい。起きられればだが。
しかし途中で、ニャン太をやっと腕に抱えた奏は、マリアの配信を見て歓喜の声を上げた数分後、愕然としながら走り出す。
アルマは調理器具をそこまで出していなかったし、岩に座りながら食事をすると決めていたのでテーブルも椅子も出しておらず、完成間際ではあったものの、素早く手持ちの道具をスクリーンのなかに収容すると奏を追った。
「ニャンちゃん! マリアちゃんの場所はわかりますか!?」
「ニャア!」
「では、お願いします!」
奏はアルマの尾行を気にする余裕はなく、後ろを振り返ることなく全力でニャン太を追う。動物よりもまともなコミュニケーションができるため、円滑にマリアの救助へと乗り出すことができた。
だがニャン太は肝心の場所を告げることはできない。いったいどれだけ走ることになるのか。不安だけが募るばかりだった。
その不安は別の場所でも発生していた。
「畜生! なんでこうなるのよ! 来るならもっと別の奴………私の方がもっとマシだったのに!」
「ぐげっ………あ、姐さん。俺のことはいいから………もっと飛ばしてくれて構わねえっす………」
「ったり前でしょ! でも根性出しなさいよ? セクハラがどうのとか言わないから、しがみ付いて、首の骨折れないよう、しっかり筋肉使いなさい!」
「お、す………」
死に体に近い迅は、真っ青になりながら、しかし鏡花の命令を死守するため、気を抜けばすぐにでも後方に流れそうになる頭を首の筋肉を駆使して、辛うじて前に持っていく。
鏡花は焦りつつも、思考は冷静だった。強引に焦りを捻じ伏せて、現状で自分のできることを精一杯選んだ。
迅の待遇についてが顕著だろう。鏡花の言動どおり、迅は今、自分よりも二十センチ近く身長が低い鏡花に背負ってもらい、さらにワイヤーで括り付けてもらっている状態だ。それがなければ風圧ですでに鏡花の背中から落ちている。
普段の迅なら、壁役としての役割を活かすため、強靭な筋肉による攻撃力と防御力を発揮する。俊敏性はどうしても劣るものの、鏡花の動きに合わせる───壁を跳躍して移動する方法なら、数秒遅れではあるが、辛うじて追尾できるはずだ。
それができない理由は、マリアの救助のため、スキルを総動員していたからだ。
鏡花と迅に差し向けられた三人の刺客戦においても、迅は自分のフィールドではないから防御もままならなくなり、文字通りお荷物となった。鏡花に背負われ、庇われなければ刺客たちに数秒で殺されていた。
だがそれが鏡花の策だった。迅も了解している。尊敬するパーティの主戦力からのオーダーだ。断るはずがない。
結果として、迅の現在のレベルは、なんと埼玉ダンジョンはおろか、群馬や栃木や茨城ダンジョンでも即死確定の1だったのである。冒険者はエリクシル粒子適合者になってすぐにダンジョンに挑む者はいない。外界で研鑽を積み、レベルを上げて挑戦するのだ。そもそも、この関東ダンジョンには初心者向けのフィールドなど存在しない。中堅冒険者が入ったらすぐにHPが九割強も消失することも珍しくない。レベル1で挑戦する狂気の沙汰としか思えない縛りプレイを、迅は自ら望んで貢献のためにスキルを使った。
埼玉ダンジョンに挑むようになって数週間。群馬ダンジョンで足踏みしていた頃とは違い、快勝を続けたマリアのパーティで、より高難易度の戦いに参加するようになった迅は順調にレベルを上げた。大まかではあるがワン郎をレベル50に。ニャン太とピー助をレベル10に設定し、仲間の捜索のため放つ。その甲斐あって、最大戦力と化したワン郎はすでにマリアの窮地を救い、許し難い愚か者をオモチャにしている。
だが、ここで思わぬアクシデントが発生した。
ずっと鏡花に庇われ、背負われていた迅は隠れてスクリーンでマリアの配信を見る役目に任命され、戦闘終了後に異変を鏡花に告げた。迅も鏡花も、それの猛威は嫌というほど知っている。
「だぁ………くそっ………ポイント、使い過ぎた………っ」
走り続けた鏡花にも異変が発生する。あの三人を退けるためにスキルを使い続け、ついにガス欠に陥ったのだ。
壁を三角跳びの要領で跳躍していた足も狂い、ついに踏み外す。
「掴まってなさいよ………今、上に………」
「いいや、もういいっすよ。今度は俺の番っす。今度は俺が鏡花の姐さんを守るっす!」
「は? あんた、自分のレベルを見て………は?」
「大丈夫っすよ。鏡花の姐さんの力を借りれば、なんとかなるっすから」
深い谷間を滑落し始めた瞬間だった。鏡花の背にいた迅が、レベル1にしては信じられないストレングスを発揮し、今度は鏡花を支えて片手だけで斜面を掴んで停止した。ワイヤーはすでに外してあるようで、しかもひょいと鏡花を持ち上げて背負う。
「え、あんた………なにしたの?」
「説明は移動しながらで。今度は俺にしがみ付いててくれっす! 今はとにかく、間に合わせねぇと!」
テイマーならではの機能が使える迅は、ワン郎の居場所がわかるのか、鏡花よりも迷いなく斜面を駆け上がった。
「あの死に損ないが………」
マリアのパーティのなかで、唯一迅のテイムしたモンスターが現着しなかった龍弐は、だからと言ってひとりで機を待てるほど悠長にはしていられなかった。
疾走しながら感覚をフルで拡張する。そういう訓練を受けているゆえ、索敵能力はマリアのパーティで随一を誇っていた。急激に膨れ上がる気配は知っている。忘れるはずがない。嫌でもこびり付き、払拭するにはその根源を抹消するしかないほど、龍弐としては最大の警戒をしていたのだ。
「ああ、そうかい。名都たちのケツを追うのはやめて、俺たちのストーカーに成り下がったか。んで、あろうことか俺たちのボスと御対面、か。………ざけんじゃねぇ。誰がそんなことさせるかよ」
憤りが強くなる。狙うならマリアではなく、自分を狙えと対面して罵倒してやりたくなるほどに。人語が通用するとは限らないが。
龍弐は左手のスクリーンを拡大しつつ、感覚を頼りに膨れ上がる気配を追う。それでも遠い。どれだけ時間がかかるかわからない。こうなるんだったら、刺客のあの少年の奇襲を待つのではなく、マリアと合流し守ってやるべきだったと後悔した。
「早まってくれるなよぉ、腐れ馬めぇ………絶対に俺が挽肉にしてやるからなぁ!」
マリアの配信から断続的に聞こえる蹄の音も、いよいよ大きくなっている。すでに射程に捉えているかもしれない。
スキル持ちに覚醒したマリアは、不幸中の幸いか、パーティのなかで唯一防御向けの能力を得た。それでいい。京一のような極端すぎるほど攻撃特化し下手に刺激するより、まず自己防衛が果たせるなら数分は現状維持が可能なはずだ。
その数分で到着できるか。迷っている暇はない。
スキルポイントの半分を失っても問題はない。無傷では済まないだろうが拮抗できる自信はある。
リターンマッチのため、龍弐は加速をフルで行使し、ダンジョンの複雑な構造物を、柔軟に駆け巡る洪水のごとく駆け抜けた。
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