第210話 時間遡行と透明防壁
「西坂さん。私を侮らない方が身のためです」
「おおぅ………強気だねー。ついさっき俺たちがいる領域に来たばかりの初心者ちゃんがさー。………え、まさかマジでそれだけで俺に勝てると思ってるわけ? 笑わせないでほしなー」
西坂さんの笑みに、若干の苛立ちが混じります。語調も強まり、ビギナーズハイになった私をどうやっていたぶろうかと画策しているのでしょうか。
残念ながら、発言を撤回するつもりはありません。
そしてビギナーズハイ状態になっていることは否定はしませんが、それでいて冷静になっている部分があるのも確かなのです。
京一さん風に言いましょう。
絶対に笑えなくしてやる。
「勝てます。というか、負ける要素がないでしょう?」
ピクリ。と西坂さんの眉が動きます。これはだいぶお冠なようです。
ああ。これが京一さんや、龍弐さんの気持ちだったんですね。「怒らせてこれを乱せ」とは、まさにそのとおりです。
「ふーん。でもさー、俺のスキルもわからないでしょ───」
「時間の遡行、でしょう?」
「───なんだって?」
西坂の語尾を伸ばす癖が、消えました。
「時間遡行。自分の時間を巻き戻す。そんなところでしょうか」
「は?」
「え、わからないと思ってたんですか? 心外ですね」
癖が消え、飄々としていた態度も怒りで荒々しくなり始めます。
彼は今、私の配信で全国に恥を晒しているのですから。
「配信者を相手にしているのに、観察力がないんですね。私の仕事はダンジョンを旅しながら、決定的瞬間をカメラに納めることです。対人なんてお手のものですよ。私のパーティはよくご存知のはずです。あんな化け物たちが右往左往するんです。AIの補助もありますが、戦闘なら絶対にその瞬間は見逃しません。そんな私が、西坂さんのスキルを判別できないはずがないでしょう」
「………だからって、それだけで………」
「だって西坂さん、私を相手に何度も連発してくれたじゃないですか。煙幕に隠れていたとはいえ、あれだけ至近距離で見れば十分です。あなたは自分の時間を戻せる。戻せる時間は無限ではない。上限があったり、消費するポイントも大きかったりする。ファーストアプローチから失敗していましたね。あなたはオーバードーズをスキルを使って回復するべきではなかったんです。そこまで遡ると、もうあなたは自分で、どうぞ私のスキルの正体を存分に暴いてください。と言っているようなものじゃないですか」
「………テメェ」
「怒りました? あはは。まさかこの程度で? 私が歩んだ地獄と比べれば、こんなの犬と戯れている程度なのに」
「調子乗ってんじゃねぇぞ女がぁっ」
「ジェンダー差別ですね。幼稚な発想です。まぁ要するに、とりもち弾を受けても抜けられたのは、着弾する前に戻ってからでしょう。あとはその連続です。………で? それだけですか?」
「ぁあっ!?」
「そんな攻撃も防御もできないスキル、私のパーティの前では霞んで見えます。時間を戻せる程度で私たちを崩せるとお思いですか? 現にあなたは、鏡花さんたちから与えられる暴虐の数々を回復するしかなかった。それがあなたの限界だった。無論、斥候として自分の能力を明かすわけにはいかなかったことも理解していますが、そのスキルがあれば、もっとできることがあったでしょうに。その方法すら思い浮かばなかった」
「黙れよ。テメェ」
「黙りませんよ? 配信者ですもん。………え? それともなにか? 私が黙ると、あなたがパワーアップするんですか? 面白いですね。是非やってみてください」
「………ああ、あー………本っ当に面倒くさい女だなぁ」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてねぇんだよなぁ!」
西坂さんは愚策にも、私の意図したとおりに動きます。
無駄だとわかっていながらサブマシンガンを連射し、すぐに弾が尽きると、今度はそれで殴りかかります。
「………三十センチくらいか?」
「はい?」
「読めてきたぜ。おい女。お前のスキルは壁だ。透明な壁。銃くらいじゃ壊れねぇ。殴っても通用しない。けどなぁ、範囲は狭いよなぁ。精々三十センチ手前に壁を貼るってところだ。しかも調子に乗ってるせいで、常時スキルを使ってるよなぁ ポイントのこと忘れてんじゃねアブシッ!?」
「あ、発言中に失礼しました。なるほど。三十センチくらいでしたか。でも意識すれば、もっと前に出せるみたいです」
ご丁寧に私のスキルの特徴を分析し、口にしてくれる西坂さん。それを聞いた私は、早速実験に移りました。
見えないなら好都合。ノーアクションで、壁を前に押し出してみました。するとやはり不可視だったので察知できなかった西坂さんは壁に突き飛ばされ、ピンボールのように両サイドの壁に何度も衝突しながら、やっと地面に倒れました。
「ブハ、ゴハ、ヒュッ………くそっ。壁を動かせるのかよ!」
地面を殴りながら上体を起こす西坂さん。
でも、ああ………なんてことでしょう。
私には見えてしまったのです。西坂さんが倒れた地面の一部が動いたのを。それはよく知る可愛いお鼻でした。
「もう一度忠告します。侮らないのが身のためです」
「ああ、そうみてぇだな。だからこのまま離れて見てることにするぜ。マリアァ………テメェのスキルポイントが尽きた時が最後だなぁ」
「そうですね。でも、残念ながらその選択は間違っています。チェックメイトをかけられたのに、あなたはキングを動かさないし、他の手駒で攻撃も防御もしない。そんな選択を愚かとしか表現できませんね」
「ハハッ。苦し紛れの言い訳かぁ? それともお仲間のビッチどものお得意とする精神攻撃ってかぁ?」
「いいえ。私の目的はただひとつ。あなたの注目を私に集めること。目的は達成しました。終わりです」
「は? ………は!?」
ここまで言えば、西坂さんも私の目的が理解できたでしょう。まぁ理解できたとて、到底反応も防御もできる距離でもありません。
「こいつ………テメェのパーティの、ガチムチのペットぎゃぁぁぁあああああああああ!?」
ほら。やっぱりこうなる。
迅くんは配信のコメントで言っていました。迎えに行くと。
でもそれは迅くん自身ではありません。迅くんといえば冒険者のなかでも珍しい、モンスターを使役するテイマーです。
西坂さんのいる地面を掘り進んで、顎下に可愛い鼻を覗かせた犬の幼獣、ワン郎ちゃんが、居場所を察知した西坂さんが防御や回避に出る前に、音速の突進を仕掛けました。
それはもう………すごかったです。ワン郎ちゃんのタックルをノーガードで受けた西坂さんは、何十回も地面と天井に打ち付けられました。その速度たるや、ドラムロールを奏でるスティックにも劣りません。残像さえ見えました。
「ワォン!」
「よく来てくれたね、ワン郎ちゃん。おー、よしよし」
「ハッハッハ」
ワン郎ちゃんはとても賢く、ダンジョンモンスターでありながら、本物の犬のように私の胸に飛び込み、抱擁すると尻尾をブンブンと振り回します。とても可愛いです。
でも多分、レベルはエゲツないことになっているはずです。その変動があるから、私のところに到着できたのでしょうが。
ブクマありがとうございます。
マリアのスキルは使い方次第では中堅にランクインすると思います。
次回は日曜日を予定しております。
先者からのお願いです。面白いと感じていただければ、ブクマや⭐︎や感想などの応援をいただけると養分になりますので、存分にぶち込んでいただければと思います。よろしくお願いします。




