第207話 ハラスメントキャノン!!
「は、はは………踊らされていたとは………だが、それだけか?」
「うん?」
身動ぎする甲冑の男に、アルマは微塵も油断せず、またマッチを回転着火し、男の目の前で爆発させる。
「喋るのはいいけど、動くなって。それを許したつもりはないぞ?」
「がふっ………確かに任務は失敗したのだろう。だが………こちらにもそれなりの矜持というものがある。奪えるものは、奪っていく」
「なに言ってんのお前」
「見ているがいい。お前たちの完璧かと思われる作戦に、大きな穴があることを………」
甲冑の男はついに仰臥した。アルマがこれでもかと爆炎を浴びせ続けたのだ。レベリングシステムで耐久を付けられれば、より苛烈な炎で炙り続け、やっと体力をすべて奪った。
次は隠れているふたりだ。しかし、甲冑の男の置き土産的な発言も気になる。
「大きな穴? ………まさか」
こうなったら後軍も速攻で倒すしかない。奏は未だ猫の幼獣と戯れている。嫌な予感を払拭するには、すぐにでも対策を講じ、行動に移すしかなかった。
この状況で甲冑の男の言う「大きな穴」とやらに該当するのは、たったひとつの要素しかないのだから。
なにも知らない───というよりも、送り続けるしかないメンバーは、たったひとりしかいない。
頭のおかしい超攻撃的パーティの一角。配信者であるマリアだ。
静寂がいつまでも続き、耳鳴りにも慣れてきた頃。
救援を待つ私の視界は、現在進行形で配信する私の動画のコメントで溢れかえっていました。
インフルエンサーとして中堅の知名度と人気を得た私が、エリクシル粒子適合者であると判明し、しかし私自身が冒険者になるという決意は固められず、結果として配信者の道を選んで───まだ一年も経っていませんでした。
リトルトゥルーという事務所に所属し、数ヶ月の勉強期間を経ていよいよダンジョンに単独で突入し、名を挙げた先輩に負けじと体を張りました。現代のテレビ業界も真っ青になるくらいのコンプライアンス。研鑽を積むとはよく言いますが、そんなのはまだ甘えであると言えるほどの、翌日には立っていられなくなるくらいきつい日々を送りました。
よく鬱病にならなかったと、自分を褒めてあげたいです。
そんな命懸けの日々から解放されたのは、下積みからいきなり本番になることの前触れもない、予兆だってなかったあの日からでした。
京一さんと鏡花さんと出会い、人間関係の複雑さと醜悪さを知ったあの冒険。龍弐さんと奏さんが合流して、迅くんと利達ちゃんも仲間になって………マリアチャンネルの登録者人数は、駆け出しの頃とは比較にならないほどとなったのです。
いつ、どこで配信しても数百、数千人が視聴してくれます。今なんて、前人未到の地、埼玉ダンジョンの深部にいるのですから。
こうして使者の奇襲を受ける前、マネージャーの雨宮さんが言っていました。
マリアチャンネルは連日、テレビのどの番組のニュースでも取り扱っている。なんなら天気予報と同列で「マリアチャンネル進撃予想」なんてコーナーもあるそうで。大物キャスターが勢揃いするスタジオに、引退した腕利きの冒険者をゲストとして迎えた番組の視聴率は高いそうだとか。
だから、でしょうね。
この配信では、すでに何十万人という方々が見てくれていて、一般人のなかに混じって往年の冒険者のアカウントだったり、番組プロデューサーのインタビュー依頼だったりと、様々なコメントが打ち込まれては流れていきます。
駆け出しだった頃の私が見たら、仰天して失神してたかもしれません。
「………そろそろ、でしょうか」
私はスクリーンを縮小化して、長時間腰を下ろしていた岩から立ち上がります。
着替えというのは違うのでしょうが、各所にプロテクターを装備しているので準備万端です。
「さっきからなんなんです? 見えてますよ?」
通路は一本道で、私は右手側に声をかけます。
「私が持つフェアリーは、全方位を撮影が可能です。だからこうして座っていても、左右が見えました。さっきからチラチラと影が動いています。みんな気付いてます。顔を見せたらどうですか?」
私にしては強気な誘導です。普段なら、こんなこと絶対に言いません。
ましてや、こちらは手負い。足の怪我は塞がってはいますが、無理をすれば開きかねません。ですが聞かずにはいられませんでした。私にもできることがあるはずです。この時、そんな確信がありました。
なぜなのか───はわかりません。根拠のない自信があっただけです。
でも、それこそなぜなのか、これまでの経験を振り返ると、強気に出れたのです。
「いやー、すごいねー。正直舐めてたわー」
壁の岩の陰に、やっぱり潜伏していました。
「………西坂さん」
正体は西坂薫。私たちに最初に接触した斥候でした。
初日から再起不能になるまで鏡花さんたちにボコボコにされていたのに、翌日にはケロッとして悪戯をする困ったひとでした。
「なんならさー。バレずにサクッと終わらせられると思ってたんだけどねー」
「無駄ですよ。フェアリーから逃げられるはずがありません」
「へー。便利だねー。でも困ったのはそっちじゃん? そんな余裕にしてていいのかなー? 俺、これでも敵なんだぜー?」
「………」
私のパーティが西坂さんを絞められたのは実力差があったからでしょう。それと物量差。ふたりで挟めば制圧も可能です。
しかし今、西坂さんの言うように、余裕がないのは確かです。
なぜなら───
「西坂さんはスキル持ちですもの、ね?」
「………ふーん。それもバレてたか」
思えば違和感は満載でした。
いくらエリクシル粒子適合者とはいえ、昏倒するほどのオーバードーズを何度も繰り返したにしては、復活するのが早過ぎました。レベリングシステムで耐久値を伸ばすにも、それを可能にするにしては数値の上がり方が異常。不可能でしょう。システムはある程度伸びれば、経験値を稼ぎにくくなると鏡花さんも言っていました。
つまり、なんらかの手段で対策を講じたとしか思えなかったのです。それがスキル。不可能を可能にする魔法じみた才能。
「じゃ、そんなスキル持ちの俺に、マリアちゃんはなにをしてくれるってー? 命乞い? うーん、どうしようかなー。マリアちゃん可愛いし、彼女になってくれるならひとりだけ助けるのも怒られはしないと思うんだけど───」
「そんなのは御免です! 先手必勝! 喰らえクズ野郎! 龍弐さん式、ハラスメントキャノン!」
「なにそれ、って………それバズーカじゃぁぁあああああんっ!!」
私はあらかじめスクリーンから取り出しておいた、龍弐さんに事前に渡されていた大筒を構えます。
教わったとおりに片膝を突いて照準を定めると、案の定狼狽した西坂がなにかをする前にトリガーを押し込み、容赦なく弾頭を発射。
これまで『逃げろ!』と叫んでいたコメント覧が騒然となります。
誰しも考えもしなかったでしょう。
非戦闘員である私の反撃を。私だって、やる時はやるんです。こういうクズは燃やしても法律には問えないと、奏さんもあの大きな胸を張って揺らして豪語していました。納得した反面、嫉妬しました。
「セクハラは絶対にダメです! そんなひとはお掃除してやります!」
爆風が炸裂するなか、風圧で飛ばされないよう必死に抗っていたフェアリーに、私はわざとらしく敬礼してみせました。かなり気持ちよかったです。
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