第204話 炎と友達になろうか
「ならばいったい、なにを以てして反撃に出るなどと吐かすっ」
弾幕が途切れた好機に、甲冑の男がアルマに襲いかかった。
「お前たちも知らない方法で、さ」
「なに?」
「どうせ、俺たちを分断すればあとは簡単な狩りになるとか考えてたんだろ? はは。不正解」
「貴様はなにを言っている」
「お前たちが俺らを分断することなんて、最初から想定してたんだ」
繰り出される槍の連続突きを、スイスイと躱すアルマ。
アルマはマリアのパーティのなかで最年長であるが、冒険者になって日が浅く、そして男性陣のなかでももっとも小柄で筋肉質とは言えない体型をしていた。
そのことから、奏は武装で身を固めた敵との会敵は不利になると予想していたのだが、その足捌きは彼女の予想を上回り、繊細かつ大胆だった。
「俺たちは全員、こうして奇襲されることも前もって予測していたんだよ」
「だから余裕と? 貴様………っ!?」
「余裕ってわけじゃなかったけど、たった今、それに近い状態にはなったかな」
アルマは指に摘んだマッチを、男が振るう斧に掠めさせて着火する。寸分でも手元が狂えば、指も手も切断されていた危険な行為をなんの躊躇いもなく行う狂気に、敵は初めて戦慄する。
着火したマッチをゆっくりと口元に持っていき、渋面する奏の前で煙草に着火する。
「今まで手抜きしちゃってゴメンな? どうにも足並み揃えて行動するってのに慣れてなくてさ。フィーリング頼りってのもいけないな。集団行動してるんだもんな」
「アルマさん。集団行動を重んじる口ぶりをするなら、喫煙を嫌がるひとの目の前で堂々と吸い始めるものではないと思うのですが、いかがです?」
「あ、あー………」
龍弐なら「許してにゃん」とおどけて、半殺しにされるまでがセットであるが、アルマの場合は新参者とはいえ最年長。醜態は晒せない。「ならガスマスクしててくれ」などと口が裂けても言えない。
「また好きなもの作るから、どうかそれでひとつ」
「ナポリタンがいいです」
「よっしゃ。今晩の献立は決まったな」
得意分野で解決に導くのが最善だ。間違っても餌付けが完了したなどと考えてはならない。
「余所見をするなど!」
龍弐に散々遊ばれて激昂の限りを尽くした男が、また憤激して槍で刺突する。
「おっと。危ないなぁ」
上半身だけの動きで回避したアルマは、まだ消火していないマッチを指で弾いて男の眼前に飛ばす。
「そんなもの!」
男もまた、対抗意識が芽生えたのか、槍を最小限の動きで回収しつつ、上半身を反らしてマッチを回避した。
それが間違いだった。
「馬鹿野郎っ! スキル持ちに中途半端な回避してドヤ顔してんじゃねぇ!」
「なにっ!?」
刺客たちは使者とやらに金で雇われた傭兵だという。このご時世、冒険者家業もハイリスクなため、純粋な戦力を売りにしているエリクシル粒子適合者というのも案外珍しくはなかった。ダンジョンの外でいえば政治家たちの護衛や、反社組織による不正な依頼を受けるなどもあるだろう。
それゆえ彼らには面識がない。仲間意識もない。
ただ、エリクシル粒子適合者のなかでもほんの一握りの、別格とされる覚醒者───即ちスキル持ちを相手にしているのだ。誰が死のうが彼らには罪悪感がないとはいえ、アルマと奏の異常性を鑑みて、戦力低下だけは免れたいと判断したのだろう。頭に血が昇った甲冑の男を叱咤する珍しい怒号が飛ぶ。
「もう遅ぇよ」
薄ら笑いを浮かべるアルマが、咥えていた煙草をプッと飛ばす。またも甲冑の男の眼前に迫るも、回避しようとした直後、着火したばかりの煙草が、吸ってもいないのに異常な燃焼が発生する。ボッとフィルターをも巻き込んで燃えると、炎が勢いを増して男に覆いかぶさった。
「なんのっ!」
甲冑の男は槍を回転させる。円の動きで大気を操り、質量を持たない炎を操ろうとしたのだ。
「後ろだ間抜け!」
またもや怒号が飛ぶ。こんな積極的なセコンドもいないだろう。
爆発が甲冑の男を包む。短時間であったため、命は助かったようで、煙のなかから転がるように脱出した。
「むぅっ………度し難いな。これがスキル持ちか」
「一本のマッチと一本の煙草だけじゃ、これが限界か。なぁ、奏。もっと吸ってい………あ、ごめんな。なんでもないよ」
アルマのファーストスキル「熱操作」による異常燃焼による、ツーパターンの奇襲だった。
マッチも煙草も、手元から離れていてもまだ着火していた。それをスキルで操って、短時間ではあったが爆発を起こしたのだ。
「俺らも昨日、散々やられた。死にたくなかったら油断するんじゃねぇ」
「………承知した」
昨日もアルマと奏を襲った刺客たちが、甲冑の男に情報提供する。
その表情からわかるように、アルマのスキルの利便性がものを言わせたのだった。
全員が地割れに巻き込まれてから、アルマは機転を効かせて喫煙した。射殺してやろうかと殺気立つ奏の目の前で。
これは迅がテイムしたモンスターの幼獣に、匂いで居場所を伝えるものだと思われた。でなければひとつのパッケージにある二十本の煙草すべてに着火しない。デメリットとして二十本同時喫煙すれば異臭と煙でふたりの場所を敵にも教えてしまうことになるが。
ただ、二十本同時喫煙にはメリットもあった。アルマはあの時、一本を残して十九本を地面に捨てた。ダンジョン内外問わず、バッシングされそうなポイ捨てだが、アルマのスキルを使えば、二十回分の爆発をストックしたようなものだ。すべてが燃え尽きる前なら、任意の時間と場所を指定して燃焼させることが可能なのだ。
「だが、燃焼さえさせねば勝機はある!」
「あー、やる気を出したとこ悪いんだけど、そうもいかないぞ? ほら、昨日買ったんだ。見て見てー」
「………っ!?」
子供がするような笑顔を浮かべるアルマ。右手に持つのはマッチ箱。左手には取り出したマッチすべてを中指と薬指と小指で握り、親指と人差し指で器用に箱のヤスリの上に一本を立て、右の人差し指でデコピンの要領で弾く。
ヤスリの上で火薬が加速をかけた摩擦を得ると、クルクルと回転しながら燃焼。小振りな放物線を描いて敵たちに放たれた。
「あれを消せ!」
昨日とは違うアルマの凶悪な連射攻撃にギョッとした刺客たち。
「もう遅い。みんな思ってるよ。昨日の時点で遊んでないで俺たちを殺しに来れば、俺たちも分析を完了してないからまだ楽に戦えただろうになってさ」
アルマが放ったマッチの火炎が踊る。すべて小さな火による熱操作ゆえ爆発は一瞬だが、さらに敵の度肝を抜きに行くアルマ。爆発と燃焼を回避する彼らの目の前で、一気に二十本を擦ってより巨大な火炎を作った。「今度もうまく避けられるといいな。俺みたく炎と友達になろうか」と悪魔みたいな笑みを浮かべながら。
「おっ、来た来た。みんな無事みたいだねぇ」
別のブースには、飄々とした態度に戻った龍弐が、抜き身の刀を納刀しながら笑った。
その足元には透明になれるスキル持ちの少年が、血塗れになりながら仰臥していた。
「が、ふっ………なぜわかる………」
あろうことか、マリアのパーティのなかでも嗜虐性に長けている龍弐に、我欲を満たすべく単独で挑んでしまった少年は、顔をパンパンに腫らせてながら呻くように尋ねる。
「んー。それがわからない時点でなぁ」
「あなたはなにもしていない………戦いのなかでも………」
そう。龍弐はあの甲冑を着た男に対してもそうだった。なにも確認していない。
「残念だなぁ。せっかくのスキル持ちが、そんな洞察力じゃさぁ。………まぁいいや。ヒントをくれてやるよ。俺の装備はなんでしょお?」
「刀………ぁあっ!」
もう立ち上がれるほどの体力がないはずが、驚愕によって体を震わせる少年。
自分たちの失態を呪おうにも、すべてが遅かった。
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