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第20話 睡眠学習

「あっひゃ」


「んぶっ!?」


「ククク………」



 龍弐、楓、鉄条が各々のリアクションをする。


 とりわけ楓は周囲からの印象は「優しいお母さん」的なものがあり、笑顔も絶えない。しかしこのような笑い方をするのは滅多に見れないので希少だった。



()()()()()()()()()



「ちょ、待って………待ってください。鍔紀ちゃん。やめて………お腹、痛いです」


 第一弾の奇襲が成功したため味を占めた鍔紀は、自分も爆笑しながら第二弾を投下。たちまち腹筋が崩壊しかけそうなほどの笑みが周囲に広がる。涙さえ浮かべる奏は、やっとの思いで第三弾を投下しようとした鍔紀の手を掴んで止めた。


「なにこれぇ………おいおい。すげえなこれ。昨日のキョーちゃんの発言がトレンド入りしてるぜ。ついでに、切り抜き動画と………うわ、ネットミームにもなりかけてる」


「えっと………龍弐。どういうこと?」


「つまり、昨日の動画で配信されてしまったキョーちゃんの発言が、とっても有名になっちゃったってことですよ」


「それは、いいこと………なの?」


「場合によっては。知名度が上がったのは確かですけど………この流れはネットのおもちゃになる感じかなぁ」


 最近の遊びに疎い楓の質問に答えた龍弐は、自分のスクリーンで開いた動画サイトをスクロールし、あれからたった数時間後にしては膨大な量の動画を検出する。


「あのバカタレが………目立つなって言ってあんのによぅ」


「あなたは責められないでしょう。どうせ適当な説明をしただけで、細かな条件を出さなかったのだろうし。それに彼のお陰で、私たちはこうしてサキガニの鍋を食べられるのだから。親孝行してるじゃない」


「とは言ってもなぁ」


「なんのために奏たちの滞在期間を二日延長させたと思ってるの? 報告にもあったように、エリクシル適合者は日々増えている。京一もそのなかのひとりで、ただ()()()()特殊なケースでライセンスを取得しただけ。周囲がその事実に気付くと思う? 多少目立ったからって、探ろうとしても政府が管理する情報は厳重に閉ざされている。心配は杞憂だし、問題視するにも些末なことだわ」


 やっと腹筋の痙攣も収まったところで、壁に突き立った包丁を引き抜いた楓は、鍋の調理を再開する。野菜はすべてここらで調達したものだが、サキガニの素材だけは京一が送ったものだ。弟子の恩返しをありがたく頂戴するには量が多すぎる。よってやっと新首都から帰宅した娘と教え子を交え、説教ついでに鉄条親子も呼んだのだ。


「ま、リトルトゥルー預かりになってもメリットもありますよ。キョーちゃんが私営の管理団体の一員になるんだ。登録経緯が少し特殊だっただけで、審査段階をすっ飛ばした程度なら違法性もそこまで無いですし。そこまで心配することはないでしょう」


 奏の付添人をするだけあって、昼行燈で享楽的な龍弐の意見は冴えていた。奏も同意見だった。


「ところで、なんで京一くんはこんなおバカなことを………元から知性に欠けるところもありましたので多くを期待しませんでしたが、私はこんなことを教えた覚えはないのに」


 奏は龍弐が開いたスクリーンを横から見ながら呆れ、原因を探る。


 しかし、原因は意外なところにあった。


「プクク。なんでか知りたい? 奏姉ちゃん」


「なにか知っているんですか? 鍔紀ちゃん」


「催眠学習ってあるでしょー? あれ、どんなものなのか知りたくてねぇ。だからキョーイチで試したんだ! 毎晩、寝てるキョーイチの耳元で囁くの。伝説的なレジェンドに俺はなる! って。まさか配信者の動画で言っちゃうとは思わなかったけどねー」


「マジかよ鍔紀ちゃん! えげつないことするねぇ。睡眠学習って俺が教えた奴じゃん。まさかキョーちゃんで実証するとは恐れ入ったよ。あっひゃひゃ!」


 京一がネットのおもちゃになる原因を作ったのは鍔紀による策略だった。


 楓は「あらあら」と驚愕している。催眠学習についての実証性の前例を知らなかったゆえ、本当に成功するとは考えもしなかった。鉄条は苦い顔をする。愛を全力で注いだ娘の行為に。


 そして鉄条の心境と、元凶を知り、幽鬼と化す存在がひとり。


 どこから取り出したのか、服の袖からハリセンを引っ張り出すとふたりの背後に音もなく接近し、音速の鞭打を炸裂させた。


「この、このっ、なんで、あなたは、こうも、弟のように、可愛がっていた、京一くんを、おもちゃに、するんですか!? 鍔紀ちゃんも、鍔紀ちゃんですっ! 今日という、今日は、許しません!」


 スパンスパンとハリセンが翻っては炸裂し、区切られた文言の数だけ頭部に打撃を見舞う。


 ハリセンで叩いたにしては十倍の質量があるような、たんこぶがふたりの頭にいくつもできあがっていた。龍弐は倒れた。


「ふたりとも、道徳のお勉強からやり直した方がいいですか? いいでしょう。京一くんに施した最短で習得できる、ワンちゃんでもわかる人間が人間たる所以の───」



()()()()()()()()()



「───ンビュウッ!?」


 鍔紀には奇襲の才能があるのか、龍弐と仲良く並んで倒れる一方で、長くなりそうな奏の説教をなんとしても回避すべく、様々な動画で使われた切り抜き動画の素材から、京一の伝説とも呼べるあのシーンを再生する。奏は寄せていた眉根でわかるとおり激昂していたが、予期せぬタイミングの奇襲に、つい吹き出して怒りを忘れてしまう。


 それを見た龍弐は「よっしゃ。援護は任せられぃ」と嬉々としながらスクリーンを爆速で操作する。


「つ、鍔紀ちゃん。私もそろそろ慣れてきましたよ。もう通用しませんからね───」




『お、お、おおお、俺れれれはぁぁああああ! で、でん、でんせっ、伝せぇぇえええええええっつ、的なレジェェェエエエエエエエエンド、伝せぇえぇぇえええええつ、レジェェェエエエエエァァァァァアアアアアアアアア! ナーナー、ナナナー、ナーナー、ナナナー』




「───ァング!?」


 予期せぬ援護は奏の腹筋を崩壊一歩手前まで追い込む。


 ミーム化、つまりネットのおもちゃになりつつあった京一の発言は、とある一部の動画作成職人の手により、軽快なリズムを刻むポップな曲の歌詞へと変貌し、ギリギリで原型を止めたまま、歌っているかのようなサウンドに成り果てた。


 奏はこの手の動画に詳しくはない。よって耐性はない。よく知る弟のように接していた少年の、無惨にいじり倒された歌声で、ハリセンを落とすと腹を抱えてまた蹲る。


「ナイスだよ。鍔紀ちゃん。これなら一週間は体罰を回避できそうだ」


「しかも、キョーイチの魔改造動画ってまだあるよねー。あ、見て龍弐兄ちゃん。ラップとか、ヘビメタのもあるよー」


「いいねぇ。評価高い順から奏に聞かせてあげよーっと」


「やめ、うひっ………やめなさい、龍弐!」



『伝せぇぇえええええつ、レジェェェエエエエエエエ的なぁぁああ、あああああ!!』



「ッ………ッッ、ッ………!?」


 必死で抵抗を試みる奏に、無情にも突き付けられるポップ調の曲の続き。サビとなると、もはやポップ調から離れて絶叫。声にならない声で笑う奏。前傾し、額を自宅の床に擦り付けて悶えるせいで背中をピクピクと痙攣していた。


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― 新着の感想 ―
野○先輩みたく『一生ネットのおもちゃ』になる主人公というのは、ローファンタジー界隈で初ではなかろうか?wwww
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