第201話 諦めないで
地割れに巻き込まれて、ついに二十四時間が経過しました。
私は運が本当によかった。
使者を名乗る男性が差し向けたであろう刺客に会うこともなく、ダンジョンモンスターに遭遇することもなく。
ただひたすら心細い環境にありながら、誰の声も聞けぬまま、スクリーンから取り出した様々なクッションとインスタント食品と、やっと回復し始めたスクリーンの機能から、思いつく限りで救援を求めます。
まず最初から続けていたパーティ専用のチャット機能。しかし二十四時間が経過しても既読にはならず。
事務所とのチャットを繋げてみたところ、マネージャーの雨宮さんとは繋がり、励まされながら現状維持を告げられます。私は戦力を持たない身とはいえ、気付ければ現在公開されている冒険者の平均レベルと比較すれば、なんと上位にランクインするほどでした。29まで達していたのです。が、それが通用するのは群馬ダンジョンのみで、今いる埼玉ダンジョンでは即死は免れないでしょう。敵と遭遇しないのであれば、動かずに仲間に保護してもらうしかない。とのことでした。
「誰か、来ないかなぁ」
《元気出せって》
《伝説的なレジェンドたちがいるパーティなら、絶対助けに来てくれるだろ》
《諦めないでマリアちゃん!》
《埼玉ダンジョンで活動する配信者なんてそういないし、誇りを持ってほしいな》
《俺たちがついてるからな!》
フェアリーが回復して、配信に映像が復活した途端に視聴者さんたちが盛り上がり、励ましてくれます。
このなにもできない数時間で、私はこれまでの経緯を説明します。とても心細いと添えて。
地上よりも遥かに高い場所にいるはずなのに、奈落の底に突き落とされた気分です。
駆け出しの頃にこうなったら、多分ですが発狂していたことでしょう。唯一の味方たる雨宮さんと連絡が途絶すれば、あとはただダンジョンモンスターに食い殺されるのを待つのみでした。
でも今は違います。
「大丈夫。きっと大丈夫。私はひとりじゃない」
この危機に瀕した今でも、緊張と焦りを湛えつつも、私は希望だけは捨てません。
コメントにあるとおり、私には心強く、そしてどこか頭がおかしいと思えるほどの実力を有する仲間たちがいるからです。それは信頼に足る七人で、おそらく全視聴者さんたちが考えもしない方法で私を発見してくれると信じています。
特に信頼を寄せているあのひとは、きっと───
「地割れ、来るっす!」
「ああもう、面倒くせぇわねえ!」
マリアが神よりも仲間に祈りを捧げていた、同時刻。
別のフロアでは先日よりも激しい戦闘が始まっていた。
迅と鏡花のふたりは知るはずもないが、他の場所でも先日は同様にストーキングされ、プレッシャーに晒され続けた。そして今、猟は佳境に入ろうとしている。敵勢力が、ついに鏡花たちを殺しに来たのだ。
先日とは違うのは、ストーキングせず、スキルを惜しみなく投入してきたこと。
マリアのパーティを分断した地割れのスキルを持つ刺客がいて、洞窟を容赦なく割ってきた。
「このままじゃ地形変わるんじゃないの? これ」
秩父市跡地を攻略していた八人は、その地下に吸い込まれるように収容された。
この多重構造物───ダンジョンは、なにも一本道が繋がっているわけではない。各フロアに通路があり、坂道を昇降して進むのだ。念願の東京ダンジョンにもっとも近い市の跡地地下にいるからと言って、高い場所だけを進むなどありえない。
敵は次々と地面を割り、地下の通路を繋げていた。どうやら本格的に鏡花と迅を仲間たちから引き剥がそうとしているらしい。
その影響で、鏡花の言うとおりに地形が変わりつつあった。すでに来た道は原型を留めていない。
「しっかりと掴まってなさいよ、迅! 敵もスキル持ちなんだから、あんたまでに意識割いてる余裕がないんだから!」
「りょ、了解っす。姐さん!」
叫ぶ鏡花に、迅は全力でしがみ付いた。もうセクハラだのなんだのと言っていられない。腰に両腕を回し、まるで宙を泳ぐ鯉のぼり同然となっていた。
この地割れ攻撃に対し、対抗できる最有力候補が鏡花だ。彼女のファーストスキル「置換」なら、投擲したダーツと自分たちを交換し、一回も地面に足を付けることなく移動できる。
「あ、姐さん………腕が痺れてきたっす」
「根性見せろ筋肉ダルマ! ………って叱っても仕方ないか。まぁ事情が事情だし。私もそろそろ苛ついてきたのよね」
「え、あ、すんません。鬱陶しかったっすよね」
「違ぇわよ。この私が、いつまでも敵なんかにされるがままになってる現状によ。調子に乗ってる馬鹿にお灸を据えてやらなきゃ気が済まねぇわ」
ギラッ。と鏡花の双眸が光る。それが攻勢に出る合図だ。
「後ろ、敵は何人いた?」
「三人っす」
「ふーん。追いかけっこをしてるにしちゃ、相手もガンガン攻めて来ない。つまり、スキル持ちはひとりだけか」
「どういうことっすか?」
「これは猟なのよ。私たちが獲物。でも敵のクソどもは、地割れしかしてこない。他にスキル持ちがいれば、もっと攻めて来るはず。でしょ?」
「………うーん?」
「じゃあ、私たちのパーティで考えなさいよ。こういう状況で私たち全員が獲物を追ってるとして、他のメンバーが攻めないなんてあると思う?」
「………いや、ねぇっすね。少なくとも奏の姐さんと利達、京一の兄貴と龍弐の兄貴が、ガン攻めしてるっす。ああ、そういうことっすか。スキル持ちじゃないから、この追いかけっこに参加できねぇんすね」
「そういうこと。スキル持ち以外はずっと後ろで壁を蹴って移動してるはずよ」
「確かに、そのとおりっす」
「じゃあ、こっちにも勝機が十分にあるわけだ!」
「おわぁっ!?」
鏡花は空中で反転した。迅は振り回されながら遠心力に抗う。すでに涙目になりながら、落下するのではないかと恐怖と戦いつつ、鏡花の反撃にはすべて従った。
「調子に乗ったゴミクズどもを焦らせてやるっ」
グンと加速する視界。辛うじて聞こえた鏡花の咆哮。迅は薄目で変化を必死に観察し続けた。
鏡花のスキルでまた視界が変わる。つい先程通過したポイントだ。いつの間にか戻っていた。つまりストーカーたちの背後に出た。隊列後方のスキル持ちではないひとりと入れ替わったのだ。
「そんな大技を使い続けて大丈夫なのか?」
先頭を行く、地割れのスキルを持つ男が初めて口を開いた。
「お前がスキルを連発して数分。ポイントの残りも心許無くなってきた頃じゃないのか?」
胸糞悪い笑みを浮かべる男に、鏡花の眉間のしわも色濃くなる。不愉快ではあるが、彼の指摘したとおり、鏡花にはすでに余裕というものがない。
スキル持ちと言われる冒険者は、数値化された体力の他にももうひとつのパラメータが存在する。これを削ってスキルを発動するのだ。その度合いはスキルの内容によって上下する。鏡花は取り分け慣れているので最小限に留めていたのだが、連発したのでは節約も意味をなさなくなる。
消耗戦となれば明らかに鏡花が不利となるのだ。
だが、
「知らねえわよそんなこと」
鏡花は気丈に笑ってみせた。
次の瞬間、ストーカーたちに変化が起こる。
次の壁に着地しようとすると、突如として足が壁を踏み抜いてしまったのだ。硬い岩盤であるはずが、まるでスポンジを踏んだような感触に戦慄する。異変はこれで止まらない。さながらスポンジのように軟化した壁に、グリップが利かなくなった足がズブズブと沈んでいくのだ。
男たちはハッとしながら腰を捻る。そうしなければ重力で下に引っ張られた体の体重が足にかかり、膝の関節を無視して横に折ってしまっていた。関節に従うよう、全員がうまい具合に落下方向に膝の裏を向けた。
「これは………!?」
鏡花の初めての反撃に、地割れのスキルを持つ男はやっと恐怖を表情に出した。
ブクマ、評価ありがとうございます。
お久しぶりです。ストレスで死にそうになっておりました。遅筆でご心配をおかけします。
サブタイがメンタルにブッ刺さりますなぁ。




