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第198話 アルマと奏

「シュゴー………シュゴー………」


「………あのさ? いや、俺だって悪かったと思うよ? でもさ、それってあまりにも、うん………露骨じゃないかなって思うんだ」


「シュゴー」


 別の場所で迅が泣くまで追いかけ回した鏡花の、茶番のような鬼ごっこが行われている同時刻。


 まるで小学生のような拗ね方をする女性を気遣う男が、苦笑しながらIHコンロで揚げ物を作っていた。


 彼女の好物というエビフライを作るアルマは、称したとおり露骨な反応を示す奏のご機嫌取りに必死になっていた。


 というのも、アルマはこれまで煙草を吸いまくっていたせいで、そこはどうしてもその香りが充満してしまい、煙草の匂いが苦手だという奏は奇襲を退けた途端に、無口になってしまったのだ。


 返答の代わりに聞こえるのは、大きな呼吸音。急遽購入した携帯酸素マスクを口に当て、新鮮───かどうかはわからないが、少なくともまともな空気を吸っているとアピール。


 あの行動の目的はいくつかあったが、奏も理解しているものの、どうしても苦手なのだ。


「ほら、できたぞ。今度はタルタルソースだ」


「シュ………いただきます」


 奏の声が聞こえるのは、食事の時くらいだ。かれこれ、二十本は食べている。


 ふたりは喫煙したエリアから離れ、匂いがしないところに移動した。でなければ、奏がまともに食べられるはずがない。衣服にも臭いがついてしまったかもしれないので、テントを張って着替えも済ませた。


 だが時折、風に乗ってあのエリアから届けられる吸い殻の匂いで、どうしても機嫌が悪くなる。


「悪かったよ」


「もう、いいです。ハァ。お腹いっぱいになったので、許します」


「それはよかった」


 奏はこれまで、大人と接した機会も多い方だったが、アルマのようなタイプは初めてだった。


 大人といっても中年だったり、初老だったり。しかし三十代ともなれば都会などに出稼ぎに行くので、接した回数は少ない。自分よりも一回り歳が上で、しかも余裕がある。龍弐とは違うタイプ。


 少し打ち解けて、拗ねてしまうという粗相をしても許してくれた。龍弐だったらすぐに調子に乗ってブチギレて、鉄拳制裁すればスカッとした。いや、多分鉄拳制裁をするよう仕向けていてくれたのだろう。長年の付き合いだ。龍弐は奏を熟知している。


 それゆえ、アルマという、徹底的に尽くして、それもどこぞの国の王女を連想させるような待遇ぶり。食後の紅茶まで用意してくれた。こんなのは初めてで、逆にそうなってくると奏の方がペースが乱れてしまう。


「じゃ、俺も飯にするかな」


 差し出された紅茶を受け取り、飲みながら横目でアルマを見た。天丼ならまだしも、エビフライ丼という半端ないカロリーをした食事を物凄い勢いで平らげる。


 たった一分で流し込んだアルマは、絶対に合わないだろう温くなった紅茶まで一気飲みし、洗い物に取りかかる。


「アルマさんは………」


「うん?」


「福島県の、どこの出身でしたっけ?」


「ああ。南会津ってところだよ」


「どんなところですか?」


「森林が多くて、自然豊かな町だったけど………」


「けど?」


「ほら、ダンジョンとの境だからさ。その森林が伐採されて、対抗拠点ができたりした。俺はその近くで生まれ育って………被害にも遭った。それは奏の出身地の、軽井沢だって同じだろ?」


「………はい」


 ふたりの共通点はいくつかある。


 マリアのパーティで成人済みという点と、過疎化した場所が故郷だという点。


 どちらも自然溢れる土地であるが、それと同時にダンジョンに隣接している点もそうだ。


 こうしてふたりとも冒険者としてダンジョンに踏み入り、配信者をリーダーとして活動することになって、改めてダンジョンモンスターの危険性を知ったが、それでも退けられるのはエリクシル粒子適合者ゆえだ。


 なら、非適合者はどうする。一般人と呼ばれる彼らは、ダンジョンモンスターを前にすれば哀れなくらいに非力だ。


 エリクシル粒子適合者は政府が徹底して管理するようになって数十年。日本の経済はダンジョンの恩恵を受けて息を吹き返したように回復したが、その恩恵にあずかれない住民も存在した。


 それがダンジョンに隣接した場所を故郷とする人間たちだ。


 経済という意味では、数十年前よりもはるかにまともな生活ができるようになったのは、他の都市に住まう国民と同様ではあるが、経済では決して解決できない───純粋で、理不尽で、不条理な暴力を前にすれば、金の力など無であるのだから。


 取り分け、奏の故郷である軽井沢郊外の村は運がよかった。


 他の土地と同じく、不定期でダンジョンモンスターが冒険者や管理者の目を盗み、脱出して急襲を仕掛ける時もあったが、あの村には戦力があった。


 こうして冒険者となる前は、奏もその防衛に携わったが、今ではその担い手は奏の母親が引き受けている。引退したとはいえ伝説とまで謳われた元冒険者だ。加えて京一の養父である鉄条も、管理者として、退いた身ではあれど、まだ戦える。奇襲を受けたとしても防衛ラインは下がることはない。


 しかし、アルマの故郷は違う。防衛の担い手が少ない上に、引退した冒険者も高齢化が顕著となり、必ず犠牲者が出るのだ。


 関東ダンジョンは地図で見れば日本国土の半分もない。しかし狭いようで広い空間が立体的に重なり、人類の敵ともいえるモンスターを日々量産している。スタンピードなどが発生したとして、ダンジョンから湧出してしまえば、防衛能力のない土地は壊滅するだろう。


 ダンジョンのなかのみならず、外でも戦いは発生しているのだ。


「アルマさんは、親しいどなたかを………その」


「うん。友人や親戚が何人か犠牲になった。俺は運が良かった。店が潰れて、無職になっただけで済んだ。補償金だって雀の涙。周りの店もそうだったけど、そのなかで唯一俺だけが覚醒した。いやぁ、あの時の嫉妬ときたら凄まじかった。俺だけ村八分状態になるしさ」


 奏は他人があまり触れられたくない部分を察知できないような、デリカシーに欠いた性格はしていない。しかし踏み入ったのは、同じ境遇である仲間ゆえなのかもしれない。


 そしてアルマ自身もまた、奏の意図を理解していたし、触れられても機嫌を損ねるような未熟な精神はしていない。笑いの種として、明るく振る舞った。


 が、精神はともかく、性格はといえば、相手に同調するような、それこそ「そっちがその気なら俺だってそうする」という、仲間ゆえのじゃれ合いも可能とした。アルマの瞳に、邪な意思が宿る。


「ま、それはいいとしてだ。今度は奏のことを教えてもらおうかな」


「なんですか? この際、なんでも答えますよ」


 あの露骨な態度を彼女なりに反省し、しかしどこか自棄になったように開き直る。


 その隙をアルマは見逃さなかった。



「じゃあ、ぶっちゃけ龍弐とはどこまで進んだ? キスはしたのか?」



「セクハラですぅぅうううううう!!」



 奏は自棄になった自分を後悔しつつ、アルマを弾劾する。


 仲間として認識し、心を開きかけたのが失着だ。そんな奏を、アルマは龍弐に似た悪魔のような笑みを浮かべて、いつまでも眺めていた。


「いいじゃん。誰もいないし聞かせてくれよ。いつ自分の気持ちに気付いた?」


「そんなっ………龍弐と私は、そんな関係じゃありません!」


「にしては、奏が本気になるのって龍弐だけじゃん。ただの幼馴染ってだけじゃ、そうはならない。ほら、言っちゃえよ。どこが好きなんだ? んん? あ、もし機会がないからふたりきりになれなくて寂しいんだったら、協力するよ。一晩だけ一緒のテントで寝ちまえって。あー、いいなぁ二十代って。十代もそうだけどさぁ。こんな甘酸っぱ───」


「アルマさぁぁぁぁああああああああんっ」


「あ、やべ」


 ニヤニヤし過ぎたアルマの尋問と、それとなくにしては大胆だった誘導で、奏のなかでなにかが弾けたように壊れた。


 強弓を持ち出すほどの激昂振りに、アルマは腰を浮かせていつでも逃げれるよう構える。


 奏はマリアのパーティのなかでは女性で最年長だ。普段からみんなのお姉さん的ポジションにいるが、一回り歳が上なアルマにかかればこのとおり。いつもなら絶対に見られないような必死さと、照れと、羞恥とが入り混じる少女然とした態度を見せてくれて、アルマとしては龍弐の気分を理解した。これは面白いと。次の瞬間には命の危機が迫ることになろうとも。


ブクマありがとうございます。


七月ですね。セミの鳴き声を聞いて、しみじみとそう思う一方で、交通費削減の名目で7kmほど歩いた結果、夕方だろうと熱中症になりかかりました。恐るべき暑さですね。

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