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第197話 迅と鏡花

「ダメか。全然回復しない」


「フェアリーの故障っすか」


「そうなるわね。でも、多分マリアは生きてる。スキルもないのに大したもんだわ」


 奇襲を退けてから数時間が経過した。


 迅と共に落下した鏡花は、スクリーンを凝視して情報収集に励むも、芳しい成果はなかなか得られないまま、時間だけが過ぎていく。


「敵影は?」


「姐さんが()()()()()()()かましてすぐに消えてから、まったく」


「そ」


 迅は実に居た堪れなさそうにしながら、前方を見ていた。


 背後に人間すら凶器に変えてしまえるヤバい奴がいる時点で、非力な人間が獰猛な肉食獣と同じ檻にぶち込まれ、しかも何回か叩けば壊れてしまいそうな柵で辛うじて隔てられているようなものだ。精神が秒単位でゴリゴリと摩耗していくのを感じる。


 迅は鏡花のことを尊敬し、確かな実力者であると認めてはいるものの、凶暴な性格と凶悪なスキルに怯え、口数が少ないことから苦手意識に近いものを抱えていた。


 できるなら他の───京一とか、アルマとか、最悪少し怖いが龍弐や奏とペアになった方が、まだ話題は挙げられる。鏡花の場合は、彼女の怒りの沸点が低すぎるあまり、下手に話を振れないのだ。悪戯に刺激すれば身を滅ぼしかねない。


「………なによ。さっきからチラチラと」


「イッ………い、いや。なんでもないっす」


「あ、そ。なら警戒に徹しなさい。それかネコちゃん出しなさい」


「ニャン太は哨戒中っすよ」


「チッ。そうだった。ならさっさと呼び戻せ」


「無理っす。すぐにはできねぇっす。………姐さんの手に渡ったら死にそうだし」


「ア゛?」


「な、なんでもねぇっす!」


 先程からずっとこの調子である。


 鏡花の好物は、逆に迅を脅かす存在にもなっていた。


 迅はただただ怯え、事態が好転する機会を待つしかない。現在、主導権は鏡花にあるのだ。彼女の指示無くして、彼は一歩も前に踏み出すことを許されていない。


「………仕方ない。行くか」


「いいんすか?」


「ここでジーッとしてても仕方ないでしょ。マリアを探さないとだし。それにあの連中が、いつ戻ってくるかもわからないしね」


 埼玉ダンジョンの最上階近くにいたマリアのパーティは、散り散りになった上に、崩落で下層に落下してしまった。どれだけ落ちたのかまでは把握できてはいないが、そこまで下ではないだろうし、各々が離れてもいないはずだ。鏡花はそれに賭けた。


「じゃ、先導するっすよグェ」


 やっと得た許可に、停滞しつつあった空気を突破できることを喜んだ迅は、早速移動を開始しようとするのだが、鏡花が伸ばした手で襟首を掴まれて息が詰まる。


「なにするんすか」


「おバカ。忘れてんじゃねぇわよ。()()()()()()()()。守ってやるから、後ろ歩きなさい」


「………お、おす」


 最早、首輪で繋がれたペット同然である。


 一見、理不尽だし、コンプライアンスの欠片も感じさせない扱いだが、鏡花はこれでも年下の面倒見はいい方で、どちらかといえば戦闘モードに意識を切り替えた龍弐に似ている。


 ゆえに迅を決して囮になどしないし、必ず守ると誓っていた。


 つまり、ただ素直になれないだけの極端に不器用な女なのだ。


「そういえば」


「あん?」


「なんで姐さんは、猫が好きなんっすか?」


 背後を警戒しつつ、迅が問う。


「別に、これと言って特別な理由はないわよ。小学生の時に、近所で野良猫を見つけてね。保護した時があるの。子猫だったわ。それが可愛かった。今でも実家でパパとママに面倒を見てもらってるはずよ」


「意外っすね。飼い猫を絞め殺してないなんて。もしかして特殊合金でできた猫なんすか?」


「テメェ。遠慮なくなってきたわね」


「あ、いや。すんませんっす」


「ったく。………エリクシル粒子適合者になる前に好きになったから、力の調節ができるに決まってるじゃない。なってからは、その………まぁ、なんていうの? 政府の指導を受けたわけだし。あんたも受けたでしょ?」


「そういえば、そんなのあったっすね」


 エリクシル粒子適合者は、連日増え続ける傾向にあった。


 そこで、政府が適合者向けの講義を各役所で行う取り決めをしたのだ。


 非適合者との軋轢がないよう。あるいはダンジョンで活躍する冒険者の道を選ばずとも、一般社会で生活できるよう指導するために。


 精神が発達した大人なら、ある程度の分別がつくが、未発達な子供ではそうもいかない。高校生ともなれば大人の仲間入り一歩手前の年齢で「良し悪し」の見境はあるが、小中学生はうまくいかないはずだ。


 実際に、事件に発展した例がある。政府が指導をする前のことだ。


 例えば、中学校でクラス全体でいじめを受けていた男子生徒が、ある日突然エリクシル粒子適合者となり、強化した身体能力でいじめを行った全員に報復し、学校全体を血で染め上げた。


 陰湿なものから、狡猾で残虐ないじめを受けたのだろう。大半は怪我をしただけで済んだが、主犯格は今も病院から出られないという。その後の加害者も被害者もどうなったのかは伏せられているが。


 暴走は報復だけではない。非行に走った少年少女の犯罪も留まらなかった。


 なまじ力を持ってしまったせいで、たまたま非行グループの主犯が強盗を行ったり、暴走族同士の対立が一方的な血祭りとなったり、反社会的組織にスカウトされたりと、目を覆いたくなる例もあった。


 そうならないための指導だ。メディアでも連日のように適合者への非難と、対策に遅れが出た政府のバッシングが報じられ、やっと指導が施された。


 主に力を得てしまった小中学生が対象となる。持ってしまった力の使い方を誤ってはいけない。そんな道徳的な授業を無料で行う。ただし、なかには従わない者もいる。そうなると強制執行しかない。その頃になれば政府はエリクシル粒子適合者で構成された部隊を用意できていた。精鋭で囲んで幽閉し、調教するのだと聞く。


 エリクシル粒子適合者は、日本に莫大な利益を量産しただけではない。


 新たな問題を量産した契機にもなったのだ。


「あの指導で、自分以外は脆い存在だって思ったの。猫なんて論外だわ。自分が怖くなったもの。多分、小指で少し突いただけで殺してしまえるんだなって」


「姐さん………いや、だからってニャン太が例外ってわけじゃないんすからね!? ニャン太だって、思い切り抱きしめられたら死ぬっすよ!?」


「わーってるわよ! うっさいわねぇ。こっちが真剣に話してやったってのに、生意気じゃない。それともなに? あんたが小指で突かれたいって!?」


「や、やめてくれっす! マジで死ぬっす!」


 差し出された握られた右手から小指のみが伸び、飾り気はないが綺麗に整えられた爪がキラーンと光る。鏡花はその気になれば、アーカイブで見た二百年前の漫画の、筋肉モリモリ最強主人公の胸に穿たれた北斗七星を迅で再現することができた。代わりに骨と内臓まで貫通して即死してしまうだろうが。


 恐怖した迅が飛び退くと、鏡花は舌打ちしながらバツが悪そうに前を歩く。


 ただ、迅もやられてばかりではない。マリアチャンネルに参加して数日の間柄ではないのだ。その日、尊敬する先輩に初めて反撃することになる。


「くそっ………機械に触れたら爆発させちまうとかいう謎な特技なくせに」




「ア゛?」




「ヤベッ………」


 誰にも聞かれないよう、小声で呟いたつもりが、鏡花は地獄耳だったらしく、聞き漏らさずにすべての文言を聞いてしまったらしい。


 ブリッジ寸前のような柔軟な背と腰の反らしで、長い黒髪を垂らしながら、振り向かずに迅を睨み上げるという神業をやってのける。


「テメェ、死にたいみたいね。キックでケツを弾けさせたいと?」


「いぎっ………じょ、冗談っすよ。てか、鏡花の姐さんも冗談っすよね?」


「………()()()()鹿()か? あの()()()鹿()がリークしやがったと?」


「あ、いや。京一の兄貴じゃなくて、哨戒に出てたピー助が近くの枝にとまって聞いてたみたいっす」


「くけ………くけけけけ。おい、鳥も戻せ。褒美に抱きしめてやる。それかテメェの脳髄をぶちまけて記憶を飛ばしてやるよ!」


「それ、記憶飛ぶどころか死ぬ奴じゃないっすか。いや、マジで悪意はなかったんすよ。偶然っす!」


「関係ねぇな。それをパーティに知られる前に、テメェを殺す!」


「あ、すんません。利達に教えたら龍弐の兄貴と奏の姐さんに話しちまったみたいで」


「~~~~ッッッ!?」


 声にならない悲鳴を上げる鏡花。


 アルマが同行者になり、キメラと遭遇する前日に、京一との会話で苦手分野を暴露し、その上京一に抱かれるみたいに眠ってしまった黒歴史を、ほぼ全員に知られてしまった。


 羞恥で悶絶するあまり、バランスを崩して頭から地面に倒れ、しかし激痛も忘れるほどの羞恥心でその場で足をバタつかせて悶えた。



 その数分後、報復のため、リーク元となった迅と鏡花の壮絶な鬼ごっことなったのは、言うまでもない。


たくさんのブクマありがとうございます。


たまには意外な組み合わせというものをやってみたかったので、あまり絡みがなかった迅と鏡花を組ませて、まるで緊張感のない会話をしてみました。楽しかったです。

不定期な更新で申し訳ないのですが、引き続き応援していただければ幸いにございます。よろしくお願いします。

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