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第195話 空中戦

「お前はそれでいいのか?」


 壁に突き立ったハルバードの上に乗る長身の男は、厳格と威風のある面持ちで龍弐に尋ねた。


「俺、ゲームするにも楽に勝ちたくなくてさぁ。縛りプレイで勝った方がスカッとするタイプなんだよねぇ」


 初撃で本来の人格を晒した龍弐は、その数分後である現在、仲間と接する時に見せる、それこそ彼のコードそのものたる飄々とした容貌で敵と接していた。


「お前の二刀流と戦いたかった」


「そりゃ悪いことしたねぇ」


「二刀流でなかったから勝てなかった。そういう言い訳をしたいのか?」


「なにそれ。笑えるんだけど。その冗談はテメェの雇用主である使者サマにでも食わせとけよぅ」


「口が減らない男だ。ふざけているのか?」


「うん。そうだよ?」


「………度し難い」


 渋面する男に、愉快そうに笑う龍弐。


 現在、龍弐も敵が放ったハルバードの上に立っていた。そして指摘どおり、二刀流をとっくに解除し、あろうことか利き手でもない左手で日本刀を握っていたのだ。右手はどうしたのかといえば、特に傷を負うこともなく、指を微細に動かして遊ばせていただけだった。


 地面が割れて、崩落してから十分が経過した今。龍弐と敵は滑落することなく、神がかったバランス感覚で大穴の壁に突き立つ長物の武器の上に立っていた。敵の男が次々と放ったのだ。龍弐は壁を蹴って回避するも、男は執拗に武器を投げる。まるで無尽蔵な武器庫を思わせた。


 龍弐はとっくに穴の底に落ちてしまった仲間の無事を祈りながら、壁に対し重力を無視して並行に走る。ついに一周したところで、螺旋階段状になったランスの柄に掴まり飛び乗る。敵は分銅鎖を放ち、龍弐の対面側の壁に張り付いた。


 そこからは壮絶な空中戦を繰り返す。多彩な武器を扱う敵は、惜しみなく装備を使い捨てる。初撃で刃毀れしようものなら容赦なく投擲に使うくらいに。一方で龍弐の二振りの日本刀は、いずれもリビングメタル製ゆえに、刃毀れを知らない。躊躇わずにタブーを破って鍔迫り合いし、剣戟を打ち合った。


「驕慢な男だ。………仲間を心配していないのか?」


「別に、心配じゃないってわけじゃないんだけど………でもまぁ、どうせ生きてるでしょ」


「それはどうだかな」


「生きてるって。()()()()()()()だし」


「………なに?」


「俺らのボス以外、みんな目を覚ましたってさ。しぶといねぇ」


「お前、なにを言っている? わかるはずがない」


「それがわからない時点で、そいつがテメェの限界だぁ」


 驕慢と侮蔑され、特に憤るでもなく、むしろ喜んでいる龍弐がニタァと邪悪な笑みを浮かべた。


「………吐かせ!」


 男は再び仕掛けた。龍弐がいるところまで、壁に突き刺した武器を足場に跳躍する。


「おっとぉ」


 龍弐は紙一重でハルバードから逃れた。太刀筋は見切っている。ギリギリまで引き付けて、そして跳躍してから刀を壁に突き立て、ぶら下がって止まった。


「そのような戯言で、俺の動揺を誘おうとしても無駄だ」


「あ、そう。興味ねぇなぁ」


「真剣に戦え。お前も剣を使う武人ならば」


「あひゃっ。テメェ、いつの時代のお侍サマかな? 自分で言ってて恥ずかしくない?」


「これが俺の誇りだ!」


「ふーん」


 龍弐を追う自称武人の男。


 突き立てた刀を外し、また逃げるかと思いきや───男は目を剥く。龍弐が移動したのは上でも左右でもない。垂直降下したからだ。


「上等………っ!?」


「おうおう。頸動脈は守ったかぃ。流石はお侍サマを自称するだけのことはあるねぃ。皮一枚だなんてショックだなぁ」


 男は攻勢を止めざるを得なかった。龍弐が突如、落下の途中で加速したからだ。咄嗟にハルバードを盾にしていなければ、首を切断されていたかもしれない。盾にしたハルバードは両断されていた。


「そりゃ、うちのキョーちゃんは、奏さんの地獄みてぇな倫理観を過剰なまでに詰め込まれたからねぇ。敵が人間なら殺すまではしない。でも俺は違うよぉ? 敵ならぶち殺す。ここにゃ仲間の目がないからねぇ。テメェにゃ同情するよ。相手が俺だったから、命日になっちまったなぁ」


「………やはりお前も武人だったのではないか」


 龍弐は加速を止めると、また刀を壁に突き立てて完全に停止する。


 男はそれまで足場にしていたランスの上に再び降り立つと、首からのわずかな出血を手で圧迫止血することもなく、シャツの襟を赤く染めながら獰猛に笑った。


「違うね。享楽的なボンクラ野郎だよ。間違えんなクソが」


 邪悪な笑みのまま、優しい声音で毒を吐き続ける。


 そんな龍弐に対し、男は「この男も武人であった」とだけ確信を得てから、とある感情を残したまま他を消去した。それは愉悦。男も退屈していたのだ。数日にも渡る尾行に。強者と戦うことが生き甲斐である性分ゆえ、じっと耐え続け、やっとタイミングを掴んだ途端に龍弐がふざけ始めるので、煩わしさを禁じ得なかった。が、結局は龍弐は男の期待を裏切らなかった。


 圧倒的強者が目前にいる。楽しい。超越してみたくなる。


 龍弐は言った。自分は甘くない。人間だろうが敵なら殺すと。まさにそれだ。その殺気が欲しかった。


 男は足場にしたランスから飛び降りる。あとのことは考えもしない、まさに特攻ともいえる捨て身の行動。


「へぇ………決死の一撃ってわけか。でもさぁ!」


「なにっ」


「当たらなければ、どうということはない。………ってねぇ」


 ハルバードを担いだ男の一撃を、難なく回避する龍弐。その機動力は一瞬のみではあったが残像さえ残した。


 きっと応じる───と男は確信していただろう。しかし龍弐は馬鹿正直に応じず、残像を斬らせる。


 男は振り返ったが、龍弐はそれでも追撃しようとはしなかった。



「あひゃひゃ、俺が攻撃すると思ったぁ? 残念。そうはいかないんだなぁ。俺も暇じゃないからねぇ。お前といつまでも遊んでるわけにはいかないんだぁ。じゃ、そういうことで。バイバーイ」



「くそぉぉ………戦え! 真剣に俺と立ち合えぇぇえええええ!!」



「やーだよ、っと。………うわ。もう見えなくなった。案外深いな。さーて。そいじゃ俺も行きますかね」



 龍弐は不安定な足場で神回避を行ったあと、男が大穴に吸い込まれていくように落下するのを見送り、そして別の方向を見やる。


「見てなかったから、こりゃ一度きりの賭けか。確かあの辺りだったんだけど………マリアちゃんに会えるといいなぁ」


 龍弐は最初から男といつまでもイチャつこうとはしなかった。声のみではあるが、仲間たちがそれぞれ、分岐点を通過して異なる穴に落ちてしまったと推測できる。となると、マリアだけが単身で落下してしまった可能性が高い。


 今の龍弐は後出しジャンケンの立場にいる。ただし、後出しできるとはいえ、必ず勝利できるわけではない。なぜなら相手が出すハンドシグナルが見えないのだ。


 ゆえにマリアが落下してしまった分岐点を予想するしかない。


 しばらく「うーん」と唸り、熟考した末に龍弐は穴へと飛び降りた。


たくさんのブクマありがとうございます。


お陰様でペースを上げて更新することができました!

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