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第194話 追いかけっこ

 さて、と。と周囲を見渡してみる。


 使えそうなものはない。ここが埼玉ダンジョンで、しかも未だに踏破した人数も少ない場所ときたものだから情報も少ない。俺にとってはすべてが初見だ。


 あれから俺たちは、地割れによって分散してしまった。チームがバラバラになり、俺たちのように垂直、あるいは斜めに落下したのだろう。どこにいるのかすらわからない。


「………ふえ?」


「起きたか。利達」


「うん。おはよ………って、なにこれ………京一先輩走ってるの? 降りようか?」


 俺は利達とともに行動していた。というのも、地割れが発生する寸前に高山病を発症した彼女をフォローすべく背負っていたからだ。そのまま利達とともに垂直に落下した。どうやらあの落下で意識を失っていたらしく、やっと目を覚ました途端に現状の異変に気を遣ってくれる。


「病み上がりが無理すんな。いいよ。そのまま背中に乗ってな」


「う、うん」


「そうそう。しっかりと掴まってるんだぞ」


 さっきまでダウンしていたのに、いきなり並走しろと言うほど、俺はひとの心がないわけではない。


 利達がしっかりとジャケットを握り、密着姿勢になったのを確認してから、より加速をかけた。


「ねぇ。なんで走ってるの?」


「ああ、それは簡単な理由だ。俺たち追われてるんだよ」


「追われて………んんっ!?」


「ほら、敵だ。しっかりと追ってきてるだろ? ふたりくらいが」


 身動ぎする感触があった。利達は振り返ったらしい。この場に奏さんがいなくてよかった。利達のやつ、密着しているからか胸を押し付けてることに気付いていない。ナチュラルセクハラになっている。


「三人に増えてるよ?」


「ゲッ。マジかよ。距離は?」


「三十メートルくらい離れてる。でも………」


「でも?」


「ずっとこの距離を保ってるようにも見える。なんていうのかな。本気で追いつこうとしてないみたいな」


 利達の疑問は俺も感じていた。


 敵の追撃を察知して、逃亡してからすでに十分ほどが経過していた。


 俺は下手に迎撃せず、利達を背負ったまま走り続けているが、体力はまだある。このまま三十分でも走り続けられるくらいには。奏さんの地獄の特訓のお陰だ。あのひと百キロの巨岩を背負わせてマラソンさせるんだもんな。あれは感情が消えかけた。泣くことも笑うこともできなくなった。


 追いかけっこを開始して五分で違和感に気付く。最初はひとりだったのにふたりに増えていたこと。カーブで横目で確認し、気が滅入った。ところがそれでもふたりは俺に追いつこうとせず、三十メートルほど離れて追走している。三人に増えてもなにも変わらない。


「………仕掛けるか」


「なにを?」


「敵を試す。利達。しっかり掴まってろよ………っ!」


「お、わぁっ!?」


 ぐぐっと、より利達が俺の背中に密着する。この際セクハラがどうのなど言っていられない。


 速度を落とすと追手との距離が詰まり、十メートルを切った瞬間にブレーキをかけた。両足の踵で地面を抉る。次いで反転し、左手で利達の尻を支え、右手のみをフリーにした。


「おっ」


「え?」


 てっきり俺の減速を好機と判断し、攻撃するものだと思ったが、敵は俺と利達を避けて通過したのだ。


「今の、見たか?」


「見た」


「あいつら、隙だらけの左を狙わなかったな」


「あ。あいつらもブレーキかけた」


 利達を背負ったまま振り返る。三人の敵は制動をかけて停止し、俺たちを振り返る。


 しかし、睨み合いの膠着が続いただけで、敵は仕掛けてくる様子がない。


 俺が最初に見た二十代くらいの男。いきなり増えた十代くらいの女。それから新参の三十代くらいの男。


 年齢も特徴もバラバラ。服装だって軽装だったり重装備だったり、ミリタリー風の迷彩柄だったり。


 ただ、こう言う場に慣れていることはわかる。戦闘───というよりも狩猟に近い印象だ。


 仮に群馬ダンジョンを抜けて、埼玉ダンジョンに突入した中隊規模の中堅クラスとなったパーティが束になって襲い掛かっても、その連中さえ卑小としか思えないくらい、惨殺するかもしれない。


「おい。いい加減、かかって来いよ。ハンデならくれてやる。俺はこいつを背負いながら片手でやってやるから。それともまだハンデが欲しいか? 両腕を使わないでやろうか?」


「………」


「京一先輩。こいつら不気味だよ」


「だな。猟犬ってよりも………兵隊だな。こりゃ」


 挨拶代わりに一発、挑発するのだが、三人の男女は黙したまま、じっと俺を凝視する。


 見覚えがあると思えば、アメリカの海兵隊顔負けの奏ブートキャンプで扱かれた俺みたいな反応だったからだろう。


 喜ぶことも泣くこともない。たったひとつの目的だけを達成するためだけに存在するマシーン。まさにそれだ。


「やめとけ利達。それよりもしっかり両手で掴まってろ。休んでな」


「でもさ」


「いいから」


「うん………」


 危うく恐怖した利達が、早計にも丸鋸を投げるべく、腰のホルダーに手を伸ばすところだった。


 いざ開幕となれば、俺は本当に右腕のみで戦うことになる。アドバンテージのすべてをくれてやるようなものだ。中堅クラスのパーティを単独で狩れる連中に、何分まともに戦えるか。


「ま、仕掛けて来ないならいいさ。それなら鬼ごっこを続けるとしようぜ!」


「ぅあっ!?」


 急反転すると、利達が遠心力で振り落とされそうになったので。抱え直すついでに反転途中で腰を落とし、深く前傾する。一瞬浮いた利達は、俺のジャケットを掴むと、下半身だけは離れないため腹筋を使って上体を折り、今度こそ離れないと表明するように俺の首に腕を回す。それでいい。


 利達の固定がクラウチングスタートの合図だ。両腕は使えないので、地面とキスする前に足で地面を蹴る。


 猛然と加速すると、俺のスタートに初動もなく合わせた三人が、また三十メートル間隔で追尾した。


「………なるほど」


「どしたの?」


「連中、本当に狩りをしてやがるなってさ」


「なんで?」


「奴ら、俺たちをここで待ち伏せしてたんだろうよ。マリアの配信で行き先は晒してたし。で、地面を割って落下。ついでに俺たちを分散。待ち伏せついでに地理をある程度把握してたかもな」


「じゃ、じゃあ!」


「ああ。俺たちは土地勘がないから、こうして来た道を戻ってたとしても追い込まれてるかもしれない。まさか地中で追い込み漁を受けるだなんて思いもしなかったぜ」


 俺たちを追う連中は、西坂含めて使者が放った刺客だとすれば。ついに本気で俺たちにアプローチを仕掛けたということ。それも斥候の西坂の時とは違って、本隊が来ている。こうして俺たちが襲われているように、仲間も襲われていたとすれば………舌打ちもしたくなる。


「京一先輩」


「なんだ?」


「マリアパイセンの配信見てるんだけど、配信は続いてるけど画面が安定して音も聞こえない。コメントも混乱してるし、フェアリーが故障したのかもしれないよしたのかもしれない。でもフェアリーは全部機械じゃないから、自己再生もできる。瓦礫に埋まってたって抜けられる。多分、すぐに復活するかもね」


「俺はその分野に疎いからなぁ………よし。しばらくマリアの観察は任せる。そっち見てていいぞ」


「わかった!」


 マリアの無事を祈りながら、俺たちは敵の思惑を打ち破るべく行動を開始した。


ブクマありがとうございます。


そういえば200部を超えていました。こんな長く書いたのは初めてです。これも日々応援してくださったり、手に取ってくださる皆様のお陰です。ありがとうございます。

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