第19話 奏と龍弐
「伝説的なレジェ………プッ」
「ンブフォッ………ちょ………ダメじゃないマリア。笑うのは失礼だわ。彼は真面目に言ってるんだか………ククク」
「そ、そういう鏡花さんだって笑って………ンフフ」
くそぅ。こいつら大嫌いだ。
そりゃあ「腹痛が痛い」どころじゃない宣言だってわかってる。一秒もかからずに重複では済まされない抱負だったって。「腹痛的な腹痛」ってなんだよ。ふざけんなよ十秒前の俺。
抱腹する鏡花が涙目になるほど追い込まれたので、スクリーンを浮かべる手を掴んで画面を見る。コメント覧はそれは酷いことになっていた。目を向けられないほどの爆笑で包まれている。
「おい聞いてんのか!? 取り消すから、もう一度やらせろ!」
「あ………はい。わかりました。京一さん。マネージャーさんから伝言です。伝説的なレジェンドのインパクトが強く、大勢の印象に残っただろうから、今後のあなたのコードはそれで固定させていただきます。………ですって。ンフ」
「お前んとこのマネージャーも大嫌いだ!」
結果として、俺の利益にならない口伝に悶絶する。
最悪だ………こんなの、あのひとたちに見られでもしたら………
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京一がマリアチャンネルに一時的なメンバーとして加入することとなった翌日のこと。
昼飯時を過ぎた頃、軽井沢郊外にある京一の出身の村の一角に複数人が集まっていた。
椅子に座る便利屋の店長である鉄条は気難しい形相で床の一点を睨んで呻き、その娘である鍔紀は久々に再会した近所に住む年上の男女に構ってもらっていた。
「………確認しますよ、鍔紀ちゃん。京一くんは本当にそんなことを言ったのですね?」
「そうだよ、奏姉ちゃん。キョーイチは、《先に行く。一緒に行きたいなら追ってきな》って言ってたよ!」
「………そうですか。それはそれは」
妹のように可愛がる鍔紀の頭を撫でたり、顎の下をくすぐったりしていた奏という少女は、表情でいえば笑顔の部類ではいたが、瞳だけは剣呑な光を放っていた。
「俺ぁ知らねえぞぉ………」
娘が預かった伝言が、たった三日で異なる意味へと変貌してしまったことに呆れを覚えた鉄条は、しかし修正は促さなかった。これからの未来が手に取るようにわかるし、早々に忠告を破った京一へ据える灸の代わりになると踏んでのこと。
「まったく………京一にも困ったものね。昔から暴走する癖があるのはわかっていたけど、今回は特に。誰の教育のせいかしらね」
「さぁな。けどまあ、その甲斐あって、こうして蟹鍋ができるわけじゃねぇか」
「鉄条?」
「………わーった。わーったっての。ああ、そうだよ。全部俺の監督不行き届きだって。認めるからそんなおっかねぇ顔すんな。小皺が増えるぞ、楓」
先程から鉄条に最上のプレッシャーを与え、座らせた椅子から一歩も動けなくした女───京一の師にして、ダンジョン攻略史における多大な功績を遺した冒険者、内三楓は手にした包丁を巧みに操り、サキガニの頑丈な甲殻を切断する。
「まーたそんなことを言うんだから。………脳みそをぶちまけたいのかしら?」
「冗談だ。気にするな」
「デリカシーというものを学ばなければ、あなたはいずれ奥さんどころか鍔紀ちゃんにも見限られるわよ?」
「………ケッ」
「あっ。ちょっと、やめて。ここは禁煙だって、いつになったら学ぶの?」
「ゥォブッ!?」
鉄条と楓は古くからの知り合いだ。ゆえに多少の暴挙も許される。
例え一方的な脅迫だったとしても、火を付けようとした煙草が飛来した包丁によってフィルターの先からを切り飛ばされたとしても。顔を合わせればいつものことなのだ。
しかし一方で、若い衆のコロニーではいつもよりも過激な選択が迫られようとしていた。
「ふ、ふふ………追ってきな。追ってきな、ですか。彼も………随分と言うようになりましたねぇ」
わなわなと震える奏。
奏は京一と鍔紀と古い付き合いがある。幼い頃から性格を知り尽くし、勉学に疎ければ多少の躾という名の暴力をスパイスに交え徹底的に叩き込み、特に道徳においては注力し、がさつで面倒くさがり屋であっても人命を尊重し、仲間を大切に扱うよう洗脳───ではなく、擦りこんだつもりだ。
その甲斐あって京一はダンジョンでふたりの少女の命を救った。
奇しくも楓が過去に服を溶かされ「ボススライムだけは視界に入った瞬間絶対にぶっ殺してやる」と名状し難い羞恥と激情で人格が変わった口調で言わせしめた空間で。
だからそれはいい。褒めてやれる。だが鍔紀の伝言はよろしくない。
奏たちは京一の将来の夢を知り、応援していた。ダンジョンに共に潜ろうとまで計画を練った。ボススライムを見かけたら瞬殺しようと誓った。特に奏が。
「奏姉ちゃん、怖い………」
あまりの豹変ぶりに尻込みした、この勘違いの原因を作ってしまった鍔紀は、巻き込まれないようにするため音も無く離れる。そしてシュッと青年の陰に隠れた。
「まぁまぁ、奏さんや。そう怒りなさるなって。キョーちゃんも事情があるんだしさ。高揚しちゃった弾みで、そんなこと言っちゃっただけじゃないの?」
「龍弐は京一くんに甘すぎます!!」
楽観的な意見を述べる青年、龍弐に奏は大喝を飛ばす。たまらず隠れていた鍔紀は恐怖で飛びあがった。
祭刃龍弐。奏の幼馴染にして、ここいらの子供たちの大将。
絶対暴君として名高い奏に唯一悪戯ができ、反論し、制裁を食らっても平気な顔をしている男。京一を昔から気に入り、なにかと気にかけてきた兄貴分だ。
昼行燈で享楽的な人格。しかし未成年でありながら西京都の行政と対等に話ができる奏の付添人ができる数少ない人材だ。怠惰を愛する一方で、喧嘩では一度も負けたことがない。奏との戦いは一方的なので喧嘩の数には含まれない。
「とは言ってもねぇ。こればかりは仕方ないんじゃない? 間に合わなかったのは俺たちのせいだしさ」
「それは、西京都から帰る途中でB級グルメが俺を呼んでいるとかいう意味不明な理屈で、待ち合わせ時間に現れなかったあなたのせいでしょうがッ!!」
「わーん。奏さんが怖いよぅ」
「龍弐兄ちゃん、やめて! 私が一番怖いのに盾にしないでぇ!」
軟派な仕草から現実逃避をする龍弐は、奏の叱責を回避すべく、ヒョイと鍔紀の背後に回って盾にするも、お互いを盾にする押し付け合いが自らの尾を食う蛇のようで、その場でクルクルとサイクルするばかりで効力を発揮せず、茶番と化す。
「それに、彼の軽率な行動も目に余ります。なにがお試し期間ですか。あれ、絶対に京一くんをパーティにするつもりですよ」
「指示を出してるマネージャーってのも、なかなかのやり手だねぃ」
「どうせ興味がないとか言って、自分の取り分を考えずに知らずのうちに契約させられている流れです。リトルトゥルーという事務所には抗議しないと───」
『伝説的なレジェンド』
「───ンブフォッ!?」
それはあまりにも芸術的なタイミングと言えただろう。
鍔紀が再生した京一の発言によって奏の憤りは粉砕された。クリティカルヒットした奇襲は、爆笑の衝動へと変換され、盛大に唾を飛ばして蹲った。
というわけで、このストーリーのなかでも、とっとと登場させたかった人物をやっと書くことができました。
京一が姉、兄と呼ぶのはこのふたりです。
それにしても伝説的なレジェンドは酷ぇや。次回なんてもっと可哀想なことになります。
この流れに笑ってくださったら、是非ともブクマなり評価なり感想なりぶち込んでくださると作者は逆立ちしながら裸踊りします!




