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第192話 地割れ

 思えば、アルマの言うようにこうなる予兆はあった。


 アルマと龍弐さんのライターの故障と、コンロに着火できなかった───つまり酸素濃度が低下しているということだ。


 高度七千メートル以上にいるなら頷ける。


 ただ、


「待ってください。酸素濃度で言えば富士山とエベレストもそう変わらないはず。酸素がそこまで薄くなっているとは考えられません」


 鏡花は冷静に意見を述べた。高山病以外のなにかを模索している。事前の危機察知も必要な能力だ。


「もちろんそうだ。ライターの場合は、高度が高いからすぐにオイルが蒸発したとかだろうけど、コンロはあれだけのガスボンベに接続されているから説明ができない。………けど、それは()()()だ」


「外っすか?」


 アルマの見解に、俺たちと駆け寄った迅は首を傾げる。


「ああ、そういうことか。ここはダンジョン。洞窟のなかだ。それも超弩級の摩訶不思議な空間と来た。ダンジョンのなかは外とは常識がかけ離れてる。もうここはある意味、エベレストより空気が薄いのかもしれない」


 龍弐さんの言うことも一理ある。ダンジョンを外界の常識と同一と認識した途端に死活問題に直結する。


 大気の酸素濃度が薄くても、なんら不思議でもなんでもないのだ。


 俺たちはこの環境のなかでも平然と動けるのは、エリクシル粒子適合者ならではの恩恵、レベリングシステムを強化し続けたからだ。スキルツリーのように細分化された能力が上がれば上がるほど進化できる。この場合、ダンジョンの酸素濃度が一般人なら一瞬で意識を失うレベルであったとしても、俺たちは心肺を強化してあるのでまだ動ける。高山病になるまでの水準には達していない。


 逆に利達はその水準に達してしまった。兄である迅は外見からわかるように接近戦向けで、極端なほどに心肺能力などにポイントを全振りしているのだろう。比べて利達は、俺たち前衛の後ろでいつも支援をするばかりで、動いていなかったのが仇となった。


「高山病の治療法といえば………」


「こうして酸素を吸わせるか、下山するか、だね」


「………難しい問題ですね」


 俺たちに突きつけられた選択肢はふたつ。


 利達を置いてここから去るか、利達を連れて埼玉ダンジョンを戻るか。


「………戻りましょう」


「ダ、メ………」


「利達ちゃん?」


 俺たちのボスはマリアだ。


 このパーティで唯一、戦力を持たない配信者。しかしマリアがいるからこそ、俺たちはバラバラにならずに一丸となれた。


 そのマリアが来た道を戻ると判断した。誰も異を唱えなかった。ところが、そんな彼女の腕を利達が掴む。


「大丈夫だから………まだ、行けるから」


「利達ちゃん。厳しいようですが、今回はこれが限界なんです。お忘れですか? ダンジョンはまだ続きます。埼玉ダンジョンを抜けても、まだ東京ダンジョンがある。東京ダンジョンは、埼玉ダンジョンよりも高いと言われています。今よりも酷い症状になるかもしれません。それは命に関わります」


 マリアの腕を掴む利達の手を、奏さんが優しく包んで外した。慈愛に満ちた声で諭す。


「でも、せっかくここまで来たのに………」


「心配はいりません。なにも、ダンジョンの外に出ようなどとは言いませんから。利達ちゃんの体調が回復する高度まで戻るだけです。そうしたら、京一くんが昔に受けた「泣く子も黙るどころか感情さえも喪失する訓練」を受けてもらって、今よりもっと強くなりましょうね。心配することはありません。三日です。三日で東京ダンジョンでも跳ね回れるくらい強くしてあげます。お姉さんを信じてください」


「なにそれ、こわ………」


 残念だが、利達が戦慄しながらも実在を疑っている訓練は存在する。本当に残念だが。海兵隊顔負けの奏ブートキャンプで、俺は四日間は感情が戻らなかった。仕事をして、飯を食って、寝るだけのマシーンと化した。怖くて泣き出した鍔紀が自棄になってカンチョーをくれやがり、あれで怒りという感情を思い出し、やっと泣いて笑えるようになった。


 ………やめろ利達。そんな縋るような目を俺に向けるんじゃねぇ。俺だって感情喪失を代償に、かなり強くなれたが、あの惨劇はできるなら思い出したくねぇんだよ。


「じゃ、戻るか。ゆっくりとな」


「仕方ないわね。………利達。自分を責めなくてもいいわよ。別にあんたのせいじゃないし。誰かがこうなってもおかしくなった。今回は、心肺機能を高めてなかったあんたがこうなったってだけよ」


 鏡花は珍しく利達をフォローする。


 最初こそ狂犬みたいな印象をしていたが、三人で始めたパーティが、人数が倍以上になってから、彼女は自分の居場所を見出し、仲間を大切にする傾向にあった。これはこれで、ひとつの成長なのかもしれない。


「迅くんは変わらずマリアちゃんのフォローを。利達ちゃんのフォローは京一くんにお願いします」


「うす」


「了解です」


「………と、蔓延に下山したかったんだけどなぁ」


「アルマさん?」


 奏さんの指揮に、迅だけでなく俺も人員のフォローに加わる。「ごめんね先輩」と謝る利達に苦笑しつつ背負ってやった。


 これまでは殿のポジションにいたアルマが先導になる───とはではいかず、龍弐さんと場所をチェンジする寸前。アルマが後頭部を掻きながら、火がつかない煙草を咥えて振り返る。迅に庇われるマリアも同じ方を見た。


「全員密集しろ! お客さんだ!」


「なにっ!?」


 モンスターの急襲か。と龍弐さんと鏡花が前に出る。アルマと奏さんが支援に入った。


 ところが、そこにいたのはモンスターではなく人間だった。


「………つけられたか。面倒だな。西坂の仲間ってわけか!」


 舌打ちした龍弐さんが抜刀して強襲した。


 現れたのがモンスターなら良かった。人間というケースは最悪だ。


 なぜなら、俺たちが今いる場所は、かつて鉄条が最終的に到達した場所辺りで、前人未到の地に近い。


 そんなエリアに平然と足を踏み入れられる人員など限られている。ゆえに龍弐さんは誰何もせずに襲い掛かった。


「西坂? 誰だそれは」


「あ?」


 金属同士が衝突する、甲高い音が炸裂した。


 龍弐さんの剣戟を、大柄な男が両腕に装備した手甲で防いだからだ。


 そしてその男は西坂を知らないと言った。傭兵同士の面識はないが、それとも無関係な人間───いやそれはない。マリアの配信を見て追いかけてきた腕利きのファンでもなさそうだし、なにより俺たちに向ける戦意は本物だ。俺たちを敵、あるいは狩るべき獲物として認識しているような目をする。


「ま、知らねえなら別にいいけどよ。テメェは俺たちの敵なんだよな? 殺意を隠そうともしねぇのがその証拠だよな? じゃあブチ殺しても文句はねぇよなァッ!」


「その問答に価値はない。が、あえて述べよう。その質問には肯定しておく。お前の判断は正しい。俺の進行を阻止するべく一切の油断を捨て、全力の妨害をしているのだから。しかし、これもあえて述べるなら………ひとつだけ間違えている」


「あ?」


「警戒すべきは、俺だけではない」


「………野郎っ。キョーちゃん!」


 問答を聞いていた俺も、龍弐さんと同時に周囲を警戒する。背後を特に見張った。


 ところが、その敵襲はその文字のごとく───とはいかなかった。



 ガゴッ───と地面が鳴る。



「なにっ!? あ、しまっ………」


「迅くん!? そんな、京一さん! 鏡花さん!」


「マリア!!」



 地面が鳴ると同時に襲う浮遊感。


 地割れだ。俺たちの足場が崩れた。


 ただ下の階に落下するだけならともかく、最悪なことに途中で落石や壁などに阻まれて、落下途中で俺たちはバラバラなエリアに拡散してしまうこととなった。


ブクマ、評価ありがとうございます。


お久しぶりです。生きてますよ。

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