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第191話 ダンジョンの恐ろしさ

 ガスが使用不能になった翌日。


 アルマは原因を探すためコンロの一部を分解する。下積み時代や、自分で経営していた頃など、何回か経験したことがあるという。両腕や顔が煤だらけになるも、成果は出ず。結局は業者に粒子通信を用いて転送し修理依頼を出した。


 ただ、このままだと八人分の食事を作るのも器具不足で心許無くなるため、IHコンロを追加購入。大型バッテリーも予備を購入するなど、粒子通信を用いてしまうと八桁もする金額が軽々とぶっ飛ぶも、リトルトゥルーは了承した。


 なぜなら、俺がマリアと出会った頃は、彼女はチャンネル登録者数もそこそこな配信者だったが、今はリトルトゥルーの看板と化していたほどの登録者数を叩き出す人気者となったからだ。


 昨日マリアが言ったように、俺たちは冒険者と配信者を混合したパーティであり、少数精鋭でありながら秀でた戦闘力を有するがゆえ、埼玉ダンジョンの六割以上を縦断する前代未聞の偉業を成し遂げた。俺たちは自覚すらなかったが。


 リトルトゥルーの社長がマリアを特殊にして高性能な自動カメラ、フェアリーのモニタリング対象者に選出したのも大きい。常に鮮明な映像をダンジョンの外に提供できる。フェアリーを開発した企業もダンジョン内での耐久性を調べる目的で提供したのだろうが、埼玉ダンジョンで実験できるまたとない機会として、予期せぬ事態に嬉々としながら誤算を修正している日々だろう。おそらくマリアのフェアリーは、配信外のわずかな時間にアップデートが施されているに違いない。


 いつもより食事に手間取ってしまい、出発が遅れてしまったが、理由はアルマが朝食の時点でいつもの早食いをしながら昼食と夕食の仕込みを同時進行していたからだ。これで大幅な時間短縮になるという。


 故障してしまった業務用コンロも、リトルトゥルーが関わっているならと、最短で修理をしてくれているという。またいつものように食事に困らない日々になるのも明日明後日だろうと告げられた。



 ───が、そんな期待を裏切る事態が発生したのが、翌日のことだった。



 俺たちは会議によって進路を変更する指針を打ち出し、西へと足を運ぶ。


 ダンジョンというのは街とは違い、決まった道ができているわけではない。むしろ生き物のように成長を繰り返す。「先週通った道が通行できなくなった」という報告も珍しくはない。つまり通路が開いたり閉じたりする。


 初心者の冒険者がモンスターに奇襲、あるいは強襲を受けて行動不能に陥る以外に救難信号を送る理由のひとつがこれだ。迷子になったから。案外、これが笑えない。俺だって群馬ダンジョンで下手をすればこうなっていた。


 ダンジョンの成長は群馬以外ではなく、全体的に起こり得る。よって素直に西に進めるはずもなく。


 すべて手探りかつ進退を繰り返しながら、地道な努力によって秩父方面へと進んでいった。


 そして、悪夢がついに訪れる。



「………あ」



「利達っ!?」



 これまでは平然と登れた緩やかな坂の途中で、利達が膝をカクンと折って倒れそうになった。俺と鏡花で支えなければ倒れていただろう。受け止めた彼女の腕に力が入っていない。


「あ、ごめ………なんで………力、入らな………」


「無理すんな。喋らなくていい」


「そうね。思い出せばあんた、まだ十四歳だもんね。疲れてるのよ。………奏さん!」


 起きあがろうとする利達に無理強いさせるほど、俺たちは切迫していない。彼女は所属こそ違うが、もう俺たちの仲間だ。仲間の体調を第一に考え、俺が背負って斜面を登り切り、ある程度の平坦が確保された場所で座布団を敷いて並べ、横にする。


「少し休憩しましょう。迅くん。そんなに心配な顔をしなくても大丈夫です。マリアちゃんを頼みます」


「う、うす………お願いします」


 迅も妹が心配なのだろう。休憩を言い渡されるとすぐに利達の隣に駆け寄った。


「利達ちゃん。具合はどうですか? どう辛いんですか?」


「えと………怠くて、吐き気………あと、頭痛い………」


「………なるほど」


 利達が述べた症状に、奏さんは覚えがあるらしい。龍弐さんを呼び寄せると、短く指示をして、俺たち男子をすぐに遠ざけさせた。


「な、なにするんすか龍弐の兄貴っ」


「いいから、奏に任せときな」


「でも俺、マリアの姐さんの護衛もしねぇで………」


「うん。それは鏡花ちゃんがやってくれるから」


 龍弐さんは俺たちを遠ざけ、マリアには奏さんにところに行かせて、しかしフェアリーだけは映像をカットし音声だけにさせた。


 たったこれだけのことなのに、アルマはピンと来たのだろう。「刺激の少ない優しいスープでも作るかな」と、時間外の調理を始める。


「龍弐さん。これって」


「そ。キョーちゃんは楓先生にシバかれたから知ってるでしょ。女の子の日ってやつさ」


「ああ、やっぱり」


 俺の出身地たる軽井沢の集落で、数人しかいない子供たちのなかに当然女子もいる。奏さんや鍔紀など。しかし謎の体調不良が定期的に発生し、奇病を疑ったところ、師である楓先生に教育的指導と称してゲンコツをもらいつつ、保健体育の授業をしてもらった。簡易的なものではあったが。


 ゆえに利達の症状も、それであると判明する。あとはなにも言うまい。俺たち男子たちは無力だし、手も声も出さない。利達は悪くない。なにかできるアルマは例外として、あとは利達になるべく罪悪感を作らせないようにするだけ───



「………あと、息が苦しい………」



「………息?」



 離れたとはいえど、通路の広さもあって声が聞こえないほどではない。ほんの数メートル。


 そこで訴えた利達の新たな情報に、IHコンロに水を注いで加熱を始めたアルマの手が止まる。


「………倦怠感、吐き気、頭痛。そこに息苦しさ………しまった! 待て奏っ。それは生理じゃない!」


「ちょ………アルマさん! ダイレクトに口にするべきではないと思うのですが!?」


「一刻を争う場合もあるんだよ! くそ………年長者が聞いて呆れるっ。なにを勘違いしてんだか!」


 アルマはコンロを止め、スクリーンを操作しながら利達に駆け寄った。そこから取り出したのはカセットコンロにセットするガス缶を思わせるなにかで、先端にマスク状のものが取り付けられていた。迷いなく利達の口と鼻に押し当て、スイッチを押す。


「………酸素ボンベ? ………ぁあっ!」


「そうだ。こうなるってヒントは昨日から出てたんだ。俺のコンロの故障だけじゃない。ライターの故障からだ」


 奏さんは利達の本当の症状を知った。盲点だったらしい。アルマも悔しげにしている。


「思えばここは、すでに埼玉ダンジョンの八割近い場所………七千メートルよりも高い。エベレストよか低いが、富士山の倍だ。酸素だって当然低いのに………高山病にならないはずがないんだ」


「私たちはエリクシル粒子適合者なのに、ですか?」


「それが慢心だったんだよ、鏡花。確かに俺たちは一般人よか頑丈で、レベリングシステムがあるから進化と成長の度合いが可視化されてる。酸素が薄くなった場所でも対応できるよう、一般人の何倍の速度で肺や脳が強化されてる。でもな、それはエベレストを酸素ボンベ無しで登るみたいなもんだ。しかも通常の何倍の速度でな。倒れなかったのが奇跡なんだよ」


 慢心が招いた悲劇は、ついにダンジョンの恐ろしさが牙となって俺たちに襲いかかった。


ブクマありがとうございます。


高山病にかかったことはありませんが、小学生の時に富士山を登頂した際、周りにその症状に陥った方がいたことを今でも覚えています。

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