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第190話 ガスが使えない

 奏さんに叱られたアルマは、居た堪れなさそうにしながら、煙草はパッケージごとジャケットに収納したものの、ライターだけは訝しそうに睨んでいた。


「どったのアルマさぁん。ライターぶっ壊れたぁ?」


「ああ。そうみたいなんだけど………おかしいんだよな」


「えー? なんでぇ?」


「この前西坂を拘束した火種に使ったからぶっ壊れただろ。だから三日前に買い替えたんだ。オイルはまだ余ってるし、スキルの火種にまだ使ってないし。………なーんですぐ壊れちまうかな」


 アルマが握っているのはコンビニなどでいつでも購入できる安いライターで、プラスチック製の使い捨てだ。ゆえにホイホイとスキルの火種として多用できる。


 ただし、アルマの言うように火種にすると高確率で金属部分が熱で溶けたり、オイルが数秒で燃焼してしまうらしい。当然だ。アルマのスキル「熱操作」によって、本来のスペックの数百、数千倍の火力を強引に作り出すのだから、安価で使い捨てなら耐えられる方がおかしい。


 俺も数回しか見たことがないが、あれはライターだけで作り出せる火炎ではない。まるで火が蛇のように宙を駆けていた。


「じゃ、俺の使っていいよぉ」


「お、ありがとな。でも………」


 先頭の龍弐さんが飄々としながら四角いものを投げる。隊列を成す俺たちの頭上を通過し、最後尾のアルマの手のなかに収まった。それでもアルマの反応は芳しくない。理由はもちろん、アルマの前にいる奏さんが、最前と最後を激しく睥睨したからだ。


「アルマさん。いくら風下にいるとはいえ、臭いはするんですからね? ご遠慮願います。………というか龍弐っ。なぜあなたまでライターを持っているんですか!? まさかあなたっ………」


「あっ、やっべ………」


「煙草はやめたと言ったでしょう!? また吸い始めたわけじゃないでしょうね!?」


「い、いやぁん。奏さんおっかなーい」


「答えなさい龍弐ッ! お母さんとの約束を忘れたんですか!?」


「だ、だってさぁ。アルマさんが吸ってるのを見たら、どうも、ねぇ?」


「そんなの答えになるはずないでしょうがぁあああああ!」


「あばぁぁああああああ!?」


 また漫才が始まる。龍弐さんの後ろにいる俺を追い抜いた奏さんが、また殴りに行った。龍弐さんは先導の任を放り出して逃げ出す。


 そうなると隊列が乱れるので、修正するしかない。とはいえ、毎日こんな処刑が続いたためか、とても慣れた動きで列を短縮する。俺が最前となるため、マリアの護衛を務めていた迅が利達と交代し、鏡花を越えて俺のフォローに入る。


 アルマは変わらず殿にいたが、奏さんの目がないことを好機としたか、龍弐さんのライターを拝借する。


 しかし、


「あれ? んんー?」


「どうしたんですか? アルマさん」


 マリアが振り返り、尋ねる。


「いや、龍弐のジッポも着火しなくてさ。俺のよりも高くて良いライターなんだし。………うん。重いからオイルも入ってる。なんでだろ」


 こうも連続で着火しないとなると、龍弐さんのシルバーのジッポライターまで故障したとしか考えられない。


 ところが、だ。


 出発から数時間後。その日の夕飯を作ろうとしたアルマは、またあの声を出した。


「え、嘘だろ………マジかぁ」


「またライターが故障したの? アルマさん」


 長テーブルの前に行儀良く着席し、餌を待つ小動物のような姿を連想させる利達が尋ねた。


「いや、今度はライターなんてもんじゃない。正直、気が滅入る………うわぁ」


「え、なにそれ。超不安になるんだけど」


「超不安になるのも仕方ないよな。コンロまで故障しやがった。火が出ねえ」


「ぅぇええええっ!?」


 その報告は確かに俺たちの平常心を崩し、不安にさせた。


 アルマという男は、埼玉ダンジョンを単独で行動できるほどの実力を持ち、そして業務用のコンロなどの調理器具を購入できるほどの財を築いたイカれた冒険者だ。


 そして業務用コンロから出る火力を余すことなく使いこなせる猛者。料理の実力は誰もが認め、マリアチャンネルのグルメ、飯テロ担当を担っている。


 それがコンロがいきなり壊れたことにより、俺たちの日々の癒したる飯の供給が絶たれたことで、全員の心配の目が集中した。


「今日のご飯は没収ってことですかぁ!? うわぁ………仕方ないですね。高いですけど、外部に注文しましょうか。埼玉ダンジョンの奥ですし、数十万円は覚悟して………」


 マリアは嘆きながら代案を提示する。


 エリクシル粒子を経由した通信を用いれば、ダンジョンの外で購入したものをそのまま取り出すことができる。ダンジョン内は手数料もかかり、そして内外を隔てるゲートから遠ければ遠いほど高価となる。が、背に腹はかえられない。


 そんな悲嘆たっぷりのマリアだが、アルマはその程度で妥協する男ではない。とても頼れる最年長だった。


「待てマリア。火………つまりガスが使えないってだけだ。代わりを試すよ」


「代わり? そんなのあるんですかぁ?」


「うん。これでうまくいかなかったら買うしかないんだけど………でもまぁ、なんとかなるだろ」


 泣きそうになるマリアを絶望させない職人としての意地を見せるアルマ。


 スクリーンから取り出したのは、出会った時に目の当たりにした「暗黒おままごと」で使用していた器具だった。大型バッテリーだ。それに繋がれたおでんの保温器に電力を供給していた。


 なるほど。と全員が納得する。ガスが使えないなら電力しかない。大型バッテリーに接続されたるは、俺たちは誰も持込まなかったIHコンロだった。


 電流のサイクルによって発熱を促し、やがてそれは水さえも沸騰させる熱量を得る。業務用コンロが使えなかった時を想定していたのだろう。やはりアルマの先読み能力は評価できる。


 問題は実際に使えるかどうかだが───


「………おっ。電気は使える!」


「やったぁぁああああああああああ!」


 俺たちは賭けに勝った。アルマ以上に狂気するマリア。


「じゃ、今日はこれで調理するわけだけど、あくまで俺ひとりで使う用だから効率が下がりそうなんだ。すぐできて温かいものにするから、いつもより長めに待っててくれな?」


「構いません。御用があったらいつでも言ってください」


「そうだなぁ………今回だけは分担させてもらおうかな。俺はコンロを担当するから、奏は野菜を切ってくれ。利達は肉を切って、軽く叩いたあとに塩胡椒な」


「はい」


「はーい」


 アルマが参加してから、調理から片付けまでほぼすべてをアルマひとりで担当していた。今回は調理器具の規模縮小でそうもいかず、俺たちに助力を求めてくれた。


 周囲の警戒と調理を分担して行い、食事ができるのを待った。俺はモンスターの接近の警戒を担当する。龍弐さんは哨戒に出た。警戒するのはなにもモンスターだけではない。キッチンに出現する害虫以上の生命力とタフネスを持ち合わせる西坂もだ。


「それにしても、なんでいきなりガスが使えなくなったかなぁ………うーん。今夜分解してみるか。それでダメなら修理に出すしかないな」


「アルマさん。修理費用はリトルトゥルーが持ちますので、請求はこちらにお願いしますとマネージャーさんからメッセージです」


「ありがとよ。そうさせてもらう」


 パーティの会話に自然と善意と感謝の念が現れ始めた。


 とても良い傾向だ。元に戻りつつあると言える。


 これもすべて、西坂の野郎を置き去りにしたからだな。


むしろダンジョンのなかで業務用コンロを持ち出す方がおかしいのですが。

使うならキャンプなどで使うコンロ程度だと思います。多分アルマがおかしいだけです。


いやはや、仕事がないというだけでなかなか筆が進みますね!

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