表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

194/215

第187話 いい加減飽きてきた

「さて、会計を………」


「待ちなよ鉄条。まだ終わってない」


「お前、最近また酒弱くなったろ。意味不明で適当なことほざきやがるなんて、昔じゃやらなかったぜ」


「確かに酔ってるのは認める。でも泥酔はしてない。それはこれを見てからでも判断するのは遅くないと思うけど」


 里山はカバンから書類を取り出し、鉄条に放り投げるように寄越した。ジョッキに直撃する前に掴んで持ち上げると、鉄条はたまらず顔を顰める。


「うへぇ………お前、こんなご時世にわざわざ………なんでこんな無駄な労力を使いたがるかね。手書きでびっしり。それにしても………おぅおぅ。いち、に、さん、し………十枚? 図だって手書きかよ。文明の力に頼れって。むしろテメェの方が詳しいじゃねぇか」


 危うくハイサワー塗れになりそうだった手書きの書類を捲っては呆れる鉄条。


 すべて筆記体の書類を目にするのは久しぶりだ。これでも便利屋を営む身ゆえ、パソコンによる作業は一通り覚えたが得意ではない。ゆえにむしろこんなアナログ作業こそ鉄条が得意とするはずで、里山が今の時代に無駄だと称して省略しそうな工程をわざわざフル稼働させる理由が知れなかった。逆に気持ち悪くなってくる。


「パソコンや、スクロールを使うわけにはいかなかった」


「なんでだよ」


「足がつくからさ」


「足ぃ?」


「履歴とでも言えばいいのかな。例えば検索履歴だとか。それから仮にクラウドに保存したデータだとすれば、いくらでも突破方法があるからね。なら、最初から記録なんて作らなければいいんだ。特に、このデータだけはね」


「ふーん。データねぇ………」


 里山は酔ってはいるが、意見だけは至極真っ当で、信用に足る。


 鉄条は気が遠くなりそうになるくらいな怠惰な心が揺さぶられるが、酒と共に呑み込んで、最初のページから億劫そうではあったが目を通していく。


 ところが、途中から目の色が変わった。


 徐々に酒を口に運ぶ回数すら減り、五ページ目に至ったらすでにジョッキは遠ざけられ、両手で書類を握っていた。


 里山の字は壊滅的に汚い鉄条のものとは違い綺麗で読みやすい。それもあって鉄条のペースも上がっていく。


 一回読み終わった程度で理解できないだろうと考えていたが、様々なグラフを丁寧に定規などで作り上げたページを過ぎ、いよいよ結論に至ると、鉄条は驚愕に満ちた顔をして面を上げた。


「こりゃあ………ああ、確かにそうだ。増減、それと出国。………痕跡に違いねぇ。だが若干、強引な部分もある。便利屋だか渡航屋だとかは知らねえが、いるのか?」


「正確には偽造パスポートを作る違法な仕事を副業としている外国人だね。いるよ。この西京都にも」


「取り締まらねぇのか?」


「もちろん、そうするつもりだろう。警察と連携するんじゃないかな」


「………そうなると、おっそろしいもんだ。確かにこれはニンジャ本人の情報じゃねぇが、奴さんが()()()()()のかがわかる。しかもこれは絶望って意味でもねぇ。一方的に希望って決めるわけでもねぇし、危険なことには違いねぇが、うまくいきゃぁ………」


「もちろん希望的観測は厳禁だ。僕は徹底していくよ。きみも油断しないことだ。………政府も一枚岩ではない。二百年前の惨劇を生き抜いた子孫たちだ。それに経済が回復してきたところを狙った諸外国の要求を突っぱね続けた猛者たちが、あの使者にいつまでも隷従しているとは思えない」


 里山の言うことも一理ある。


 鉄条たちは以前、政府の重鎮に呼ばれて脅迫を受けたことがあったが、その際に使者なる謎の存在からアプローチがあり、彼らよりも上の存在を知った。取引先の重役を接待するような変わりように、それこそ鉄条は好機と見て嫌がらせを敢行したりもしたが───なにもそれが日本の舵を取る政治家たちのすべてとは思っていない。


 内心、里山の言うように、いつか反旗を振りかざすとは考えていた。


「………あの連中、動くかね」


 鉄条らを脅迫した重鎮たちのことだ。


「わからない。けど、なんらかのアクションはあると思う。僕たちに課せられた任務は、京一くんらの邪魔をさせないこと………おい鉄条。なんだい、その顔は」


 顔を上げた里山は、差し出された書類を受け取ると同時に、鉄条の表情が変化していたことに気付いた。現役の頃はしょっちゅう目にした。今もたまに見る。とんでもなく悪いことを画策している時の顔で、大抵よろしくない事件が起きる。


「あー? まぁ、あれだ。見てからのお楽しみって奴だ」


「なんだそりゃ………いや待て。鉄条。ちゃんと話してもらうぞ。毎回誰が尻拭いをしてると思ってる!?」


「俺もよ、頑張ってるお前に応えてぇって思ったんだよ。まぁ、任せな。悪いようにはしねぇよ」


「ふざけるな! そう言って悪くなかった時はないんだ! 待て! っていうか会計を僕に押しつけて行くつもりか!?」


 鉄条は悪巧みしながら自分の鞄を持って、さっさと退室してしまう。慌てて里山が追うも、会計書を置いて行かれたのでは、どうしても時間がかかる。


 電子マネーで会計を済ませて、鉄条を探すも、そこにはあのズボラで気紛れ屋な男の姿はなかった。






   ▼ ▼ ▼ ▼ ▼






 あの公開処刑の翌日。


 二十キロ以上の廃油を飲んで失神した西坂は、コメントにもあったようにドMを超越したなにかを思わせるタフネスを発揮し、聞く者のすべてを一瞬で不愉快にさせる声で笑いながら起床した。


 もうここまで来ると、いっそのこと清々しく思える。というのがコメントで発生したが、俺たちにとってはとんでもない。あれだけ痛めつけたのにケロッとしてやがると、残された手段は限られてくる。


 昨日は俺たちが持てる技術のすべてを導入して心を折ろうと試みたが、それでもピンピンしてやがるとなると、もう殺すしかないのでは? と全員が思い始め、そんな意味合いを持つ視線が飛び交う。


「おはよう西坂。朝飯食うか?」


「おはよー、アルマさーん。うん。食う食う」


「わかった。今日は和食だ。座って待ってな」


「はいよー」


 アルマはあくまでお客然として扱っているように見えるが、そうではない。視線が各方面に拡散したのを見逃さなかった。


 で、ちゃっちゃと用意された食事にありつくのだが、西坂の両サイドを鏡花と奏さんが囲み、正面には利達が座る。おまけに背後に迅がモンスターの幼獣に餌をやる配置で四方を囲んだ。配膳が行われた途端に西坂の白米と味噌汁と焼き鮭に注がれる錠剤の数々。今度は利達も容赦せずに睡眠薬を振りかけた。


「どーぞ。召し上がれ」


「召し上がれったってさー………」


「食えよ」


「いじめじゃん。オーバードーズじゃん」


「関係ねぇんだよ。敵の分際で贅沢言ってんじゃねぇ!」


「やめ、もがががががあ!?」


 ああ、また今日も始まった。この流れ。


 なんだかいい加減に飽きてきたぞ。そろそろ西坂とバイバイしたい頃だ。


 けど殺すとなると面倒だし。なにか妙案はないものだろうか。


 ていうか西坂の野郎はあの使者とかいう奴が寄越したチャレンジの斥候のくせに、なんでこうも馴れ馴れしくするんだか。なんのリアクションもせずに俺たちに同行する意図がわからない。


 そこで俺たちは、西坂が睡眠薬の過剰摂取で失神したのを見計らって、作戦会議をすることにした。


 ストーカーされるのも終わりにしようと。


ブクマありがとうございます。


最近は不定期更新となってしまい、読者の皆様にはご迷惑をおかけしております。

すべては作者が始めてしまったダブルワークがいけないのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ