第186話 気障インテリゴミクズ野郎
「………鉄条」
「黙ってな。………言いてぇことはわかるからよ」
「そういうわけにもいかないだろう」
なんだこの惨状は。と里山は西京都にある行きつけの居酒屋の個室で、かつてのリーダーを睨みつけた。
パーティの参謀だった里山は、強引な鉄条をシバき倒すことも幾度かあったが、引退し、デスクワークに勤しむようになってから体力の衰えを感じるようになり、もう無茶なことはしなくなった。
里山は後世の冒険者のサポートに徹する部署に勤め、多くの部下を持つようになった。部下たちは普段から笑顔で温厚な里山を理想の上司として崇め、絶賛している。怒らせる方が無理だと言われるほどの優しい性格だと言われるほどに。
だが鉄条が相手では話が別だ。里山は部下たちに絶対向けないような殺意さえ孕み、返答次第では持っていた割り箸を彼の眉間に突き立ててやろうかと画策するほど憤っていた。
「まぁ、なんだ。野郎の所帯ってのは色々荒っぽいところもあってだなぁ………」
「娘さんも同居してるって言ったじゃないか。まさか、娘さんもこんな言動をするのかい?」
「馬っ鹿野郎! 俺の可愛い鍔紀ちゃんが、んなことするわけねぇだろうがよぅ!」
「じゃあすべてはきみの彼に対する教育指針に責任があるというわけだね」
「全部じゃねぇだろうが。そもそもだ。こんなおっかねぇことしてんのは誰だ? 京一じゃねぇだろ。むしろ積極的になってんのは楓の娘と、あの鍛治馬鹿の倅だろうがよ。違うたぁ言わせねぇぜ?」
鉄条は天井を仰ぎながら、スクリーンの向こう側で繰り広げられている茶番のような惨劇に、責任問題を逃れるために思考を巡らせた結果、これを作り出した元凶をリストアップしてみせた。
案外有効打となり、割り箸を逆手持ちにして構えていた里山は、渋面しながらその手を降ろした。
個室ではリアルタイムで配信されている公開処刑を視聴し、内容の悲惨さが増す度に鉄条の肝を冷やしていた。彼自身、京一の凶暴な部分を周知していたのだが───この公開処刑は鉄条の予想などを大きく上回ることとなる。
軽井沢の集落で暮らしていた鉄条は、幼い頃の奏と龍弐をもちろん知っている。エリクシル粒子適合者となった奏は楓の才能を受け継いでいて、流石であると感心した一方で、龍弐もいつの間に適合していた事実を知った際は驚いたものだ。
そうなると奏と龍弐のふざけ合いのレベルも上がり、奏の制裁も鉄条の予想を上回ってくるのだが、すでにその時点で現在の惨劇の予兆が現れていたのかもしれない。
「彼………西坂薫といったね。どう思う? とてもではないが、あの使者の言う刺客とは思えないのだけど」
「確かに、一見パッとしねぇ野郎だが………考えてもみな。それは一般人がほざきやがる感想だ。お前、本当に西坂って野郎が刺客じゃねぇとか考えてんじゃねぇだろうな?」
「まさか。彼は僕からすれば立派な斥候だ。それも、これ以上とないくらいに」
「………わかってんじゃねぇか」
鉄条はハイサワーを水のように飲み干し、タッチパネルから三つオーダーする。里山におかわりを問うも、まだあると断られた。
「彼は京一くんたちと同じ行動をしている。それも、幾度も制裁を加えられながらも。耐久力と精神力は大したものだ」
「ああ。今回の公開処刑で………まぁ、いつもと違って泣き叫んではいるみてぇだが、明日にはケロッとしてんじゃねぇか?」
「恐ろしいね。………うわぁ。廃油をもう半分飲んだ。見てるこっちが吐きそうだよ」
「マジでタフ………いや、こんなこと考える龍弐もおっかねぇな」
よくここまでできるな。とふたりは青褪めながら呻く。鉄条はハイサワーをオーダーしていながら、今ので酒を鯨飲する気分ではなくなった。
「………まぁさて置き、本題に移るとしようか」
「だな」
このままでは食欲さえ失せかねない。鉄条はスクリーンを消して、丁度店員が運んできたハイサワーのジョッキを受け取り、酒に対する意欲が戻ってきたのを確認してから二十杯目を半分ほど飲んだ。
「世論は徹底された情報規制と、政府による圧力でメディアを封殺。SNSなども規制を展開し、最悪アカウント凍結などして………過去に例がないくらいの露骨な作業をしているよ」
「どおりで、最近になって東京都なんていう時代遅れの桃源郷に、夢馳せるうら若き馬鹿野郎たちを見かけなくなったわけだ」
「けど、圧力が通用しない場所もある。それがマリアチャンネル。政府は使者なる勢力に怯え、リトルトゥルーに手出しできない」
「ついでに俺らにもな」
「そう。だから僕もこうして酒を飲んでいられる。………僕の家族は無事だよ。きみは?」
「ピンピンしてらぁ。でもなぁ、家内の奴がリモートワークに切り替えてっからってものの………キーキーと喧しくてよぉ。家が汚ねえだの、生活が乱れるだのと」
「仲がいい証拠だ。愛情がなければ構われもしないよ。噛み締めるんだね」
「チッ」
政府の意向と政策から近況報告に話題が逸れると、里山は微笑し、鉄条は悪態つく。
「んなのはどうでもいいんだよ。………で、ニンジャはどうなった?」
「それがまったくダメだった───というわけでも、ないんだなぁ」
「はぁ?」
里山は酒を舐めつつも、すでに酔っているのか、現役時代のような茶目っ気のある笑顔を浮かべ「聞きたいかい?」と尋ねる。こういう時は面倒くさい絡み方をするのは熟知している鉄条は、決して無下にはせず「聞きたいぜ」と素直に首肯した。
「僕の執念に感謝するんだね。ニンジャの情報は得られなかったけど、その他のことなら掴むことができたよ」
「へぇ。お前のことだ。どうせ有益な情報なんだろうよ」
「もちろん。今回ばかりは僕も頭を抱えてね。そこで、ニンジャという暗殺者を見るのではなく………その痕跡を辿ろうとしたんだ」
「痕跡ぃ?」
なんだそりゃ。警察犬でもあるまいに。と内心で呆れつつ、しかし決して顔には出さないよう配慮する鉄条は二十杯目を飲み干して、二十一杯目に手をつけた。
ニンジャといえばトップシークレット級の情報規制がかけられていると聞く。おそらく事情を知りたがっているのは鉄条たちだけではないはずだ。政府が日本が他国の傀儡とならぬよう、抑止力としてダンジョンに展開した精鋭部隊は、ダンジョンの内部の治安維持を目的として活動するが、実際は過剰防衛が大半を占めている。違法改造を施したスクリーンを用いてビーコンを消し、課せられるはずの税を逃れて採取した物資を本国に移送する外国人適合者───通称エージェントを制圧するためだ。
ニンジャといえばとりわけ制圧率が高く、そして慈悲がないと噂されている。狙われれば命がないとまで言われていた。
そうなると各国のエージェントがニンジャを恐れ、そして同胞の報復を決意する。他国も血眼で探しているが、その首を獲ったという武勇は聞こえない。
しかし里山は単独で調べ上げた。痕跡という、誰かが着目しそうでしなかったポイントを見逃さなかった。
「いいかい鉄条。ニンジャのすべては知らないが、別のアプローチを仕掛ければ、ニンジャの意向を知ることができるんだよ」
「ケッ。気障インテリめ。勿体ぶってねぇでさっさと───あ、続きをどうぞ」
「………どうせ気障インテリゴミクズ野郎さ。僕は」
「そこまで言ってねぇよ。で、なんだよ」
「………今になって始まったことじゃないんだけどね。エリクシル粒子適合者を管理する僕だからこそ気付いたんだ。つまるところ、アカウントの増減。そして………出国の数」
「あ? 出国だぁ? なんで………はぁ?」
また突拍子もないことを言い始める里山に、鉄条はいよいよ酒で頭がやられたから、お開きにしようかと本気で考え始めた。
ブクマ、評価ありがとうございます。
そろそろスプラッタショーを終わりにして、真面目に取り組みたいと思います。