第185話 こんな酷い拷問見たことがない
俺たちは集合思念体でも心的外傷を負わなかった西坂の笑みを消すために、奏さんが無言でスクリーンから取り出したワイヤーを受け取って、西坂を特殊な縛り方で拘束し、そこにあった木に吊るす。
「あ、ははー………なにこれー………いったい、なにが始まるってんですか───」
「うっせぇわよゴミクズゥ!!」
「んどぉぁぁあああああああああ!?」
吊るされた西坂が抗議を発した直後、鏡花が一喝しながらエリクシル粒子を集めた右足を一閃。
派手なエフェクトを纏うハイキックが西坂の尻に炸裂すると、無様な悲鳴とともにパァンと音をさせ、奴のズボンが尻の部分から弾け飛ぶ。
「いってぇぇええええええ!? ちょ、え、なに!? なにすんのー、鏡花ちゃ………」
「本当に煩い。ついでに口も臭いので閉じていてもらいましょう」
「もがっ!?」
正面に移動した奏さんが西坂に猿轡を噛ませ、発言を殺す。
「むご、ごぉ!?」
「ぁあっ!? なに言ってんのかわかんねぇわよ! 人間なら人間らしく人間様の言葉喋れ! でなけりゃあんたは豚だ。このブタ野郎がァッ!!」
「んもォォオオオオオ!?」
「悲鳴すらきったないわねぇ!!」
パァン、スパァン。とキックを炸裂させる鏡花。彼女に鞭は不要。蹴りが鞭の代わりとなる。その姿はいけない店に君臨する女王様そのもの───いや、それ以上だ。
「んもごぉおおおおお! オッ!?」
「お黙りなさい豚さん。もう人間の言葉を忘れてしまいましたか。では思い出すまで頭を叩いて調整してあげましょうね」
龍弐さんが犠牲になりかけたことで、幼馴染が危うく再起不能なほどの心的外傷を負いかけた事実に激昂した奏さんが、あのハリセンを取り出すと顔面を連打する。
ハリセンとは思えない打撃音を久々に耳にしたリスナーどももテンションが上がる。俺たちはマリアが再びメンタルブレイクしないよう意識して行動し、今日まで成功を収めたが、やはりバイオレンスな部分を求めているファンがいて、全員の暴走について狂喜していた。
《祭り来ましたわこれ》
《皆殺し姫ちゃんのハイキック凶悪すぎて変な声出た》
《やっぱりマジキチ奸策姐さんはこうでないとな》
《いい加減西坂の野郎を黙らせてほしい》
《クラスの男子に絶対いるタイプ。絶滅してほしいと願ってるのに》
《いたいた。誰かが必死に作ったものを壊して喜ぶタイプ》
《私がまだ学生だった頃にもいた。そいつ不良だったから反撃できなくて参ってた》
《なんでこういう奴っていなくならないんだろう》
途中から被害雑談に変わっていた。
みんな色々あったんだな。
ああ、だから苦い思い出のなかにいる元凶を西坂に見立てて、ボコされるのを見て快感を覚えたいと。
いいさいいさ。見てけ見てけ。
マリア兼リトルトゥルーは数字が稼げて喜ぶ。俺たちは西坂の心を折ることができて喜ぶ。リスナーは西坂へのお仕置きで心が満たされて喜ぶ。一石三鳥。すべてがうまくいく。
「どうした豚がァッ! 笑ってみろよ。いつもどおりになァッ!!」
「んもっぉぉぉぉおおおお!?」
「これが噂に名高い豚人間という生物ですか。初めてお目にかかりましたよ。記念にお顔をハリセンで撫でて差し上げましょうね」
「んぶお、ぉぉお、んおぉぉぉおお!?」
なんとも汚い声を撒き散らす豚だ。
西坂はしばらく動けないし、仕込みは鏡花と奏さんに任せるとして、俺たちはメインディッシュの前にある前菜などの支度に入る。
両手を背中で合掌したまま縛られた西坂は、吊るされたまま体をくの字に折っている。上体を前に突き出しているイメージだ。なら、そんな動けない西坂の心をどうやってブチ折るか。こいつが俺たちにできなかった嫌がらせが正解となる。
なら───
「迅。犬出せ。こいつの目の前で脱糞させる」
もし吊るされている西坂を降ろすことが許されたなら、触れそうなギリギリの距離で犬の排泄を食らわせてやれば精神的ダメージは計り知れない。猿轡では甘いから、その上からガムテープでも貼って呼吸を鼻に限定したりして。
「京一の兄貴、そりゃねぇっすよ。ワン郎が可哀想っす。もっと他の、的確に心を折る方法にしたいっす」
迅は愛犬が嗜虐の道具になるのを嫌がるかと思いきや、やはり気持ちは同じなようで、むしろもっと上の要求をしてきやがった。
「そうだよ京一先輩! 指とか歯とか、全部折っちゃおうよ!」
利達もえげつねぇ。指ならわかるが歯とか───しかも全部折るだと? 言ってくれるじゃねぇか。
大好きだこいつら。
なんてウキウキしていると、なにをしても無様な声を上げることしかできなかった西坂が、ついに泣き出した。
でも残念なことに、西坂が迎えるべき絶望はこんなものではない。むしろやっとスタートラインから出発したくらいだ。
鏡花と奏さんによっていい感じに仕上げされている西坂に触れてもいいなら、背後で怪しいことを始めたふたりを見せてやりたい。
はっきり言ってあのふたりのえげつなさは桁違いだ。俺が物理的でしか精神を折る術がないのに対し、龍弐さんとアルマはもっと酷い手段を講じようとしているのだから。
「ねぇねぇアルマさん。ラード作ってよぉ。人間が二十キロくらい一気飲みしたらどうなるか、見たくなぁい?」
好物を余計な調味料で潰された怨みはしばらく晴れることはない。
龍弐さんは満面の笑みを浮かべながらイカれたアイデアを出す。
二十キロのラード一気飲み大会なんて前代未聞だ。そこには必ず苦痛を伴うし、常人であっても俺たちエリクシル粒子適合者であっても体調を崩すだろう。
さすがはマジキチ奸策姐さんこと奏さんを毎日ブチ切れさせた強者。面構えと思考が違う。ぶっ飛んでいる。
でも、上には上がいた。
「コラ、龍弐。食べ物で遊ぶなって教わっただろ? だからこっちの、昨日の揚げ物で使い古した廃油にしとけ。いっぱいあるから」
アルマもイカれてやがる。
咎めて阻止かと思いきや、俺たちが喜ぶ上位互換を提示してくるとは。やるじゃねぇか。
昨日はトンカツパーティをした。揚げたてのトンカツが千切りキャベツの上に大量に並ぶ。しかも牛カツまで出てくるし、果てには海老カツも堪能した。米が進まないわけがない。「おいしいのがいけないんです」と泣き叫びながら頬張る女子が覚醒。アルマの加速も止まらない。
そうなると出てしまうのが真っ黒なドス黒い廃油。一斗缶に注がれたそれが、龍弐さんの前に次々と並べられた。そのひとつをひょいと担いで西坂の前に移動する。
「にっしざっかくぅん? 栄養補給の時間だよぉ!」
「ンンンンン!? ンッエ! ンエ、ンモォォォォオオオオオオオオオッ!?」
「うっせぇわよ豚がァッ! 人語を扱えって言ってんでしょうがぁああああああッ!!」
これは酷い。
奏さんが猿轡と唇の間に強制的にじょうろの注ぎ口を挿入すると、ついに龍司さんが廃油を注ぎ始めた。
跳ねて抵抗しようものなら鏡花がケツにタイキックをぶち込んで罰を与える。
こんな酷い拷問、見たことがない。
俺は視線に気付いて振り返る。マリアがいた。
インカムにはまだなにも指示が入っていないのだろう。継続許可ってわけだ。
彼女には悪いことをしたとは思うが、本人が呆れと不安が混じった感情が半分を占めるのに対し、もう半分は肉を幾度もダメにされた恨みもあるからか、嗜虐的光景に満足しているようにも思えた。
うんうん。マリアも強くなったんだな。感心感心。
評価ありがとうございます!
毎度もことですが、ぶっ飛んでおります。作者は病気なのでしょうか?