第18話 伝説的なレジェンド
これでいい。なにも問題はない。
損害の大きさは決まっている。比率でいえば一対九程度。九はマリアたち。せっかくの食事を台無しにするような配信によりアカウント停止処分を受けてしまえばいい。
対する俺は無傷では済まない。一の損害。ひととして大切ななにかを損耗する。知人に見られたら死にたくなるかもしれないくらい。
言いたいことはひとしきり言い終えた。
満足だ。俺が姉のように慕うあのひとに見られでもしたら、最悪の場合物理的に人生が終わるかもしれないが。
「───どうよ。そろそろ、その耳のインカムからマネージャーのお叱りが来る頃か、配信中止やアカウントが凍結したんじゃないか?」
「良い気分になっているところ悪いんだけど、別に特別痛手を食らったとは決まってないのよね」
「強がってんじゃねぇ。そうやって油断を誘おうたって、そうはいかねぇぞ」
「なにも知らないのね。いいわ。見せてあげる」
鏡花は自分のスクリーンを立ち上げると、リトルトゥルーとやらと契約したからか見慣れないアプリを登録していた。動画編集できるものだろう。
で、「ここを、こうして………そう、これ」と数秒格闘し、つい数分前の俺の下ネタオンパレードシーンを切り取って再生してみせた。
「見なさい。最近のサービスはすごいのよ。こんなことまでAIにさせちゃうんだから」
「なん………だと………」
俺は多分、瞠目していただろう。
鏡花が見せてくれた切り抜き動画の衝撃ときたら、俺の予想の斜め上をいっていた。
『へっへっへ。見てろよお前ら。この赤くそそり立つ○○○○○をよ。いいか? これからこの挑発的な○○○を女の○○○○○して、余裕を根こそぎ奪って、楽しませてやるからなぁ。楽しいよなぁ? 楽しいって言えよ。ほら。鳴け。この○○○○○が』
「なんだ、こりゃ………」
「インモラルブロックワード機能。簡単にいえば配信中にAIが自動で下ネタや社会的にまずいことを言った瞬間にノイズで消してくれる便利なサービスのひとつよ。というわけで、あんたの小学生みたいなお粗末な下ネタは無効化されたってわけ。無駄な努力、ご苦労様ね」
知らなかった。
配信者系の事情はノーマークだった。動画を見てダンジョンを学ぶことばかりで、サービス系の内容など興味などなく、調べたことなど一度もない。
こうして目論見が破られ、完敗した俺は箸を落としてガクリと肩を落とす。
すると気を良くした鏡花は追いうちを仕掛けるためにスクリーンを縮小化して、胸を反らして言う。
「見てなさい。このサービスを使えばこんなこともできるわ」
それから怒濤の、俺では真似できない下ネタを連発する。
まるで格の違いを見せつけるように。
拡大したスクリーンで数秒格闘し、今の発言を切り取って再生。
『この○○○○○の○○○が。大きい○○○だけしてれば○○○じゃないのよ。それで○○○のつもり? ○○○で○○○○○しながら○○○してみなさいよ。指で○○○の○○○して○○○でもすれば? いくら○○○○○で○○○○○の○○○○○ても○○○○○なければ○○○○○でしょ?』
「どう? すごいでしょ」
すごいって………
うん。すごい。途中からピー音が動物の鳴き声みたいなのに変わったとしてもだ。下ネタの量が俺の倍くらいある。鏡花のスピーチに比べれば俺のなんてお遊びだ。
切り抜き動画の端には、マリアのカメラで撮影中の現在の状況や、コメントがリアルタイムで届いているが、特にコメント覧が凄まじいことになっている。全員大爆笑していた。なんて品の無い連中なのだろう。
「………ちょっと。なんで黙ってるわけ? マリアも変よ? これくらいならなんとかなるんでしょ? もしかしてマネージャーからなんか言われた?」
「あ、いえ。そういうわけじゃなくて。そのぉ………鏡花さんは気付いてないかもしれないんですけど、近くで聞いている私たちにはインモラルブロックワード機能の効力がないわけで………」
「───ッッッ!?」
この馬鹿女、やっと気付いたか。
鏡花のえげつない下ネタオンパレードをフィルター無しで聞いてしまう俺たちは、反応に困るわけで。
どこでそんな知識を仕入れたのだろうと訝しむ俺の視線と、とにかく茹で蛸のように真っ赤になっているマリアの視線でいたたまれなくなる。
「わ」
「わ?」
「忘れろぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」
「あ、危ねっ」
暴れ出す鏡花。鍋がひっくり返るところだったので、縁に布巾を乗せて掴み遠ざける。
まるで気に入らないことに腹を立てて地団駄を踏む子供のよう。発情期の猫のような奇声を上げ襲い掛かる。
五分ほど回避に専念していると、やっと冷静さを取り戻したのか息を荒げながら俺を睨み、動かなくなった。
「くそっ………嵌められた。いつか絶対後悔させてやる」
「………可愛い」
「マリアッ」
「あ、ごめんなさい。つい」
蹲りながら報復を誓うという小動物さながらの姿に、マリアは咄嗟に本心を述べた。当然鏡花は抗議するのだが、逆にこっちでは勢い付いた祭りの燃焼剤にしかならなさそうだと、マリアの背後から現在のコメント一覧を閲覧できるスクリーンを見て思った。
「京一さん。しつこいようですが………やっぱり、ダメですか?」
「東京ってところが、今どうなってるのかさっぱりだ。パーティを組むからには、メンバーは全員が助け合う必要があるだろ? 俺はそういうの、多分苦手なんだよ。できるかどうかわからねえ」
「バカ言ってんじゃねーわよ。誰があんたみたいな、このなかで一番の初心者にそこまで期待するはずないでしょうが」
「私はそこまで自分の腕に自信があるわけではないのですが、ご覧になって知ってもらえたとおり、逃げ足には自信があります。………そこで、どうでしょう? 一時的に私たちとパーティを組んでいただくというのは」
「一時的? それってつまりお試しってことか?」
「はい。一週間だけ。どうか私も同行を許可してください!」
咄嗟にとはいえ、打開策としては悪くない提案だ。
俺たちはなにも、利害を一致させて行動しようというガチな冒険者になるつもりはない。つまるところビジネス関係というやつだ。
そりゃもちろんマリアは仕事としてダンジョンにいる。俺もダンジョンで素材を採取し金を得る職を選んだのだから、仕事の一環として数えられるだろう。だが俺とマリアは、企業同士が初対面で名刺を交換し、事業の打ち合わせを行うほど堅苦しい関係にはならない。と明言したも同然だ。
それがお試し期間。共に行動し、合わないと判明すれば後腐れなく別れる。一応産業的な経済が絡んでくるとはいえ、離別したとしても違約金が発生するわけでもない。リスクを極限まで抑えた最善策。過去、そういった前例がないわけではない。協調と呼ばれる冒険者同士の結託を意味する。マリアは数秒で気付き、導き出した。評価はできる。
「鏡花さん。構いませんね?」
「こいつのスタンスはともかく、腕は知れたからね。………お上の判断に従うわ」
てっきり反対派かと考えていた鏡花は一時的な協調を受け入れる。
が、そう簡単には受け入れてはもらえていなかった。
「じゃ、臨時採用の新人くんに、抱負でも聞いてみようかしら。ああ、つまらない内容にならないよう気を付けるのね。恥を画面の向こうに晒したくなければ」
「なんでそんなことしなくちゃならないんだよ。お試しで同行するのはそっちだろうが」
「あら? 伝説の冒険者、内三楓さんのお弟子さんのくせに、その程度のこともできないのかしら?」
「………舐めんじゃねぇ。やってやるよ」
「チョロ」
「なんか言ったか?」
「なにも?」
鏡花の口車に乗せられた俺は、感情のままに叫ぶことを決意した。
こういう時はインパクトが肝要だ。俺だってこの数年、なにもしなかったわけではない。今こそその集大成を見せてやる。
「いいかよく聞け。俺が目指すのは、伝説的なレジェンド───いやちょっと待て。今の無し。無しだ!」
ごめんね京一。これからこのネタで永遠にいじり倒すッッッ!!
次回から新キャラ出します。
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