第182話 執拗な西坂
西坂の尋問は一時間にも渡って継続した。
なにか有益な情報を聞き出そうとあらゆる手段を講じ、それこそいつインモラルブロック機能が発動してもおかしくない、ギリギリを攻めた。良い子は見ちゃいけない内容というやつだ。
けれど西坂はなにも吐かない。泣きながら無罪を訴える。敵の斥候のくせに無罪ってなんだよ。と全員で突っ込んだ。
龍弐さんと鏡花の精神攻撃で意気消沈していくも、それでも頑なに情報を提供しようとしない断固たる姿勢。
その様子から察するに、西坂はただ俺たちにアピールしているだけで、他のことはなにも知らない可能性が浮上する。
使者のことも「正体は知らない」の一点張り。金で雇われただけか。
ついに西坂から情報を吸収するのを諦めて、解放する流れとなる。敵を連れてはいけない。龍弐さんが「両足切り落として放置しちゃおうぜっ」と物騒なことを満面の笑みで言う。西坂はまた泣いた。
これはリトルトゥルーの指針で阻止されたが、もし中止命令が出ていなければ、龍弐さんは西坂の両足を本気で切り落としていた。
確かに残酷な選択だが、不正解ではない。龍弐さんがやらなければ、俺だってスキルで両足を折っていた。
西坂を放置するのがどれだけ危険なことか。こいつに戦闘力はないかもしれないが、敵勢力にこちらの情報を渡してしまうことだってある。
すると、それを見越してか、西坂はこんなことを叫んだ。
「お、俺をマリアチャンネルに入れてくれないかなー?」
「じゃ、この自白剤入りコーヒーを一気飲みしてみようかぁ?」
間髪入れずに龍弐さんが迫る。
いくらいつでも無力化できるだろうとはいえ、西坂の同行は許さないし、なによりこいつは敵だ。自分から斥候だと言ったくせに、まさか仲間に入れてもらえるとでも本気で思っているのだろうか。
ブラックコーヒーに滝のように注がれる白い粉。すでに液体がシャーベット状になるまで追加されている。常人なら摂取すれば致死量だ。
「ちょ、ちょっと待ってー? なんでそんなことすんのー? 俺、もう情報持ってないよー?」
「エリクシル粒子適合者なんだから死にはしないってぇ。ただちょっと寝てもらおうかなぁってさぁ。目が覚めたら第一試験合格ってことにしてあげるよぉ」
なんて最悪な試験だろう。こんなの受けたくもない。
合格したとしても、俺たちはすでに移動が完了している。追いつけない距離まで移動したあとだろう。
「もっと簡単な試験がいいなー?」
「調子に乗ってんじゃねぇわよ! あんた、私のスキルを忘れたわけじゃないでしょうね? 抵抗しても無駄なの。自分で飲んだ方がマシだったって思い出させてやるわあっ!」
「あ、ヤベ。皆殺し姫ちゃんちょっと待っんげぇぇええええええええっ!?」
また二段階置換が発動。西坂の胃のなかが入れ替わる。一瞬で自白剤入りコーヒーが、西坂の胃のなかに叩き込まれた。急に熱い液体で胃が満たされる。何度目だったとしても体内で発生する異常現象だ。慣れるはずもなく、無様な悲鳴をあげて悶絶した。
「行きましょうか」
西坂の泣き声に耳障りそうにしていた奏さんが、開放感を帯びた笑みで立ち上がる。
「ま、まって………」
胡乱な瞳をする西坂は手を伸ばすも、誰も掴もうとはしない。椅子から転げ落ちても俺たちを呼び止めようとしたが、俺たちは立ち止まらなかった。
西坂は数秒で大人しくなる。
当初の予定どおり、俺たちは学校跡地から撤退を遂行。もちろんこれも配信しているので《マリアチャンネルの鬼畜さがわかるようだ》など、好意的なコメントをもらう。なかには《西坂ザマァ!》とか《こんなのが刺客だとか大したことねぇなぁ》とか、あれだけ緊迫した空気をぶち壊した西坂を愚弄するものまで。
確かに西坂は大したことがなかった。だが、なぜかこれで終わるとも思えない。
なぜかは知らないが、沈黙した西坂から逃げられないのでは? という疑問さえ浮かんだ。
その疑問は数時間後に現実のものとなる。
学校跡地から出て、広い通路が広がる洞窟を歩いていた時だった。
「ちょっとー。酷くなーい? みんなさー。俺のこと置いていくなんてさー」
俺たちは目と耳を疑った。
洞窟の傾斜を登坂していた時、急に背後から声がかけられる。
オーバードーズで昏倒したはずの西坂が、苦言を呈しながら、しかし朗らかな笑みを浮かべて追いかけてきたからだ。
「………ざっけんなよこのタコ………テメェ、なんてもんを引き連れてやがる!?」
「あははー。途中で会って、今絶賛逃亡中なんだー」
「あははー。じゃねぇ。冗談じゃねぇぞ!」
あの爽やかな笑みから想像できない光景が、奴の背後に迫っていた。
なんとモンスターの群れを引き連れていやがった。怪鳥のモンスターだ。五十匹はいる。
「助けてー」
「逃げるぞ! 迅、マリアを背負え! 西坂をちぎる!」
「う、ウス!」
「えー。酷いな京一くーん。これでも第一試験をクリアしたと思うんだけどー?」
「うっせぇ! こんなトラブルメーカーなんぞを抱えてられるかってんだ!」
そういうのは埼玉のバスターコールこと、「自爆は自滅ではない」などという謎の名言を残してくれたあの厄介な女ひとりで十分だった。もう二度と関わりたくないはずなのに。西坂もそういう体質をしてやがったとは。
アリゲロルドという怪鳥のモンスターは、飛行能力を有するのだが特別長距離を飛べるわけではない。ただし速度が速く、大きくて硬度が高い嘴で突っ込んでくる厄介な奴だ。
群れで行動し、普段は足で歩いて生活しているのだが、獲物を見つけると物量差で攻めてくる。この広い通路が棲家らしい。西坂はわざわざそんなモンスターに発見され、なんの嫌がらせか俺たちに合流してくれたと。
………ああ。あの時、両足をぶち折っておけばよかった。
そしてこの逃亡劇で判明したが、西坂の敏捷力はかなり高い。あっという間に追いつくと、ヘラヘラと笑い始めた。なにが楽しいんだかコイツ。
「龍弐さん! こいつの足を切って、アリゲロルドの餌にするってのはどうですか?」
「いいねぇそれ! でもそれをやるとマリアちゃんに迷惑かかるしなぁ。せめて配信外にしようかぁ」
鏡花の意見に龍弐さんがすぐに同調すると、西坂の気持ちの悪い笑みが消える。
厄介なことこの上ないが、まだ配信は続いていた。モンスターへの攻撃は冒険者としての生業と防衛ゆえに認められているが、冒険者同士の攻撃は黙認されているものの、配信者の動画にするというのはグレーゾーンで、しかも生贄に捧げるというのは完全にアウト。マリアのアカウントが凍結しかねない。
西坂の処分はできないなら、アリゲロルドを撃退するしかない。声をかけられた俺は上体を折って両腕を後ろに回すと、背に奏さんが飛び乗った。可能な限り安定した姿勢から可能にする狙撃で、アリゲロルドを落としていく。
追い付かれそうになった際は鏡花がアリゲロルド同士をシャッフルして混乱させる。
ちまちましたやり方だが確実だ。十分後、敵勢力の排除に成功し、引き返すわけにもいかないので最後ら辺のアリゲロルドの素材を回収する。俺と迅と利達とアルマが担当した。
鏡花と龍弐さんと奏さんは、追ってきた西坂を囲んで尋問する。薬物には耐性ができたらしく、もうなにをしても追い付かれるのであればと、やり方を変えるらしい。
しかし具体策が見つからないため、それも西坂が下手をすると先程のようにモンスターを呼び寄せかねないため、厳重な監視をすることを条件に同行させるしかないと結論付けた。これで敵に動きがあるようなら、真っ先に人質にするつもりで。通用しない可能性の方が高いが。
だが同行させたのが愚考だったと後悔することになるのは、数時間後のことだった。
ブクマありがとうございます。
やっと更新できました。プロット無しの直感勝負ゆえ、なにかと筆が乗らなかったのもあります。