第181話 捕虜の人権
数分後。案の定というか、薬物の過剰摂取と、多分組み合わせちゃいけないものだったのだろう、西坂は腹を壊してこの場から離れた。
オーバードーズで意識を失わなかったのは、やはりエリクシル粒子適合者ゆえ、頑丈にできていたからだろう。
腹痛を訴えた西坂の拘束は解いたが、首輪を繋げてグラウンドの遮蔽物まで走らせた。少しの刺激で決壊してしまうのか、両足がまともに動かずピョコピョコと変な走り方をする。
西坂には伝えていないが、遮蔽物の向こう側に消える前から迅がテイムしたモンスターの幼獣をすべて出して遠くから見張らせている。不穏な動きや、誰かに連絡を取ろうとすれば鳴いて報せるよう指示していた。
十分が経過した頃、幾度目かの呻き声が止んで、青ざめた顔をした西坂が帰還する。敵本陣が存在するならそのまま戻ってくれても良かったのだが、律儀なのか監視に気付いているのか、それしか選択肢がないのだとどこか諦観した目をしていた。
「酷いよー、みんなさー。どんだけ盛ってくれたわけー?」
エリクシル粒子適合者ゆえにまだ歩けるだけの体力があるようで、敵サイドにいるくせに文句を垂れる西坂。単身で乗り込んできた分際で、斥候は尋問を受けないだとか勘違いしているのだろうか。
「あっひゃぁ。ダンジョンに捕虜の扱いにおける法があるとでも考えているのかねぇ?」
今日も絶好調な龍弐さん。敵とわかれば徹底的におもちゃにする俺の兄貴分は、次はなにをしようかと食後のコーヒーを飲みながら悪巧みをする。龍弐さんの脳内では、おそらく西坂の人権はとっくの昔に消失している。
「西坂。ほら、こっち来な」
「えー、なにー?」
「手。消毒しときな」
げっそりとした西坂の両手に消毒液を噴射して綺麗にすると、今まで自分がいた席に座らせて、新しいドライカレーを出してやるアルマ。辛うじてこっちはまだ人権を重んじている。
感激した西坂は涙ぐみ、スプーンを握ってドライカレーを頬張る。やっとまともな飯にあり付けた感謝が顔に現れていた。
こうして観察してみると、西坂という男は本当に刺客なのかと疑ってしまう。斥候らしく敵情視察を行うにしても堂々すぎるし、なによりあっさりと捕まって拷問を受けて、アルマに餌付けされた事実を鑑みると、どうにも呆れるというか、脱力してしまう───油断はしないが。
というのが俺の印象で、警戒はするが弱体化したこいつへの尋問も攻撃も必要ないと考えるも、周りは違った。
「鏡花ちゃん。そういえばさっき、なにを入れたんですか? ちなみに私は鎮痛薬です」
西坂の質問を思い出したかのように、悪魔的なタイミングで鏡花に尋ねる奏さん。しれっと聞く辺り確信犯だ。
「咳止めですよ。ああ、でも組み合わせちゃいけないんでしたっけ」
聞いたことがある。薬は飲み合わせによって強い副作用を起こすと。
どちらも症状に効く薬だが、どうやら胃を壊すらしく、ドライカレーを半分ほど食べていた西坂の手が止まる。
ふたりとも、わかっててやってる。でなければ、わざわざ目の前でこんな話をしない。まだ精神攻撃を続けるつもりだ。
「利達。あんたは?」
「ラムネ菓子でーす」
「優しいですねぇ利達ちゃんは」
なるほど。鬼畜なふたりと比べれば、ただの菓子なんて優しさの塊でしかない。それとも精神攻撃の延長で、ただのラムネ菓子を劇薬と勘違いさせるための策か。なかなかやり手だ。
「どうした西坂。食えよ」
西坂の対面側に座る俺は、手が止まった西坂が青ざめたので完食を促す。
俺も龍弐さんに育てられた手前、中途半端な精神攻撃はしない。徹底的に追い詰めてやるつもりで声をかけた。
「ひ、酷いなー、京一くんはさー。さっきの飯について語ってる隣で、食えってさー………できねぇよー」
「テメェ、アルマのうまい飯を無駄にしようってか? 上等だ。食べ終わるまで待っててやるよ。ほら、昔はそういう体罰があったみたいじゃん。丁度ここは学校跡地だし、全員で見守っててやるよ」
「食欲減退する一方だよー………」
「へぇ。なんならもう一丁、お薬混ぜてみるか? 食べられなければ、また胃袋直送便を出すだけなんだが」
「いっただっきまーす!!」
甘えたことを言うなら、目を輝かせた鏡花を派遣するだけだ。
鏡花のみならず、奏さんと利達までも乗り気で追撃しようとするものだから、西坂は急に張り切って残りのドライカレーを完食する。
つまらないな。いきなり元気になりやがって。あと数秒でも食べるのを渋っていれば、また鏡花たちがいけない組み合わせの薬をぶち込んで撹拌し、十分に見せつけたあとで、また胃袋にスキルを使って送っていたというのに。
食べ終えた皿はアルマが回収し、一息つくと龍弐さんがカップにコーヒーを注ぐ。温かでいて香ばしい香りをさせる飲み物を小匙で撹拌しながら、西坂の隣に座った。
「で、さぁ。西坂くぅん? なんのためにここに来たのぉ?」
「おぇっぷ………えー、それはねー」
「うん?」
「あー………ははっ。ごめんねー。カレーが強すぎて、忘れちゃったなー」
そりゃあ、あんな劇薬ドライカレーを出され、しかも二杯目まで完食しなければならないイベントの直後だ。俺たちの精神攻撃で、だいぶメンタルを削ってやったし、多少のダメージもあるだろう。
ただし、そんな言い訳が俺たちに通用すると思われてはな。
特に隣に座ったばかりのひとを、誰だと思っているのやら。
あとで絶対に制裁されるとわかっていても、幼い頃から強者として君臨し続けた奏さんに、ほぼ毎日飽きずに何度も悪戯をしかけた龍弐さんだ。
「ああ、そうなのぉ? じゃあ仕方ないね。思い出してもらおうか」
「………ちょ」
「気にしないで? これは俺の奢りさぁ」
女子たちの精神攻撃に味を占めた龍弐さんは、撹拌するコーヒーの勢いが停滞する間も与えず、スクリーンから取り出した紙で包んだ小さなものを開封し、そこに詰まっていた白い粉を西坂の目の前で堂々と混入。再度撹拌すると、満面の笑みで毒コーヒーを差し出した。
「………飲めって?」
「うん。そうだよぉ。俺のスペシャルブレンド。おいしいよぉ」
「あの世に行くって可能性はー?」
「うーん。無きにしも非ず?」
「い………いやだ。飲みたくないよこんなのー!!」
「逃がさねぇわよ!」
席を立つ西坂。途端に鏡花は握っていた五寸釘をダーツのように遠くへ投げる。倍以上の重量をするそれがエリクシル粒子適合者の腕力で投擲されれば、とんでもない飛距離を短時間で叩き出す。
そして俺の見ているところで置換が二回ほど実行された。
最初は五寸釘と黄色いなにかが空中で入れ替わる。多分西坂の胃のなかのもの。遠くへと飛んでいく。で、次に薬が混入したコーヒーが消えて、カップにカランと音をさせて転がる五寸釘。
「おおおおおぉぉぉ………!?」
食べたものが入れ替わる感覚に襲われる西坂は、また変な悲鳴をあげてテーブルに突っ伏す。
大人しく情報を洗いざらい吐いておけば、こうならずには済んだというのに。学ばない奴だ。
「おかわりは自由だよぉ。欲しくなったらいつでも飲ませてあげるからねぇ」
「ぐ、ぐぐ、ぎ………」
「楽になっちまえよぉ」
西坂のへの尋問は一時間ほど、こんな調子で続いた。
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