第180話 召し上がれぇ
西坂とかいうチャラい男が俺たちになにか仕掛けるのでは。と警戒していたが、龍弐さんの本気の威嚇と鏡花のイッている目をした脅迫で逃げられて、なんだか拍子抜けした。
こんなのが使者が放った刺客なのかと疑っていると、脱力しそうになる。俺たちはこの二日間でなにをしていたのだろう。
脱走した西坂が向かった先には昇降口があり、二百年放置されたグラウンドが広がっていて、酷い有様ではあったが逃げられないわけではないし、むしろ遮蔽物が多いため逃亡に使うのは悪い手ではない。
ただし、俺たちの最終関門を突破できればの話だが。
「あぢぢぢぢぢぢぢっ」
電子音声を発する壊れたぬいぐるみみたいな声で叫ぶ西坂。
昇降口を潜れば、西坂をスキルで捕縛したアルマが、殺さない程度に炎で炙っているところだった。
「へぇ。アルマさんのスキルってこういう使い方もできたんだねぇ。こりゃ便利だぁ」
逃げられない西坂が地面を転がり回っているのを目にした龍弐さんが、愉快そうに言う。
「熱操作だからな。そこに熱があれば、こういう応用もできるさ」
アルマは煙草を燻らせて西坂を見下ろしていた。
業務用コンロから発する炎が伸びて、西坂を囲っていた。さながら炎のロープのように。
炎は本物ではあるが、スキルを用いることで人体に火傷を負わせない程度の熱量まで下げたのだろう。ただ、それでも熱いものは熱い。痛いだろうなぁ。立派な拷問だ。
「で、どうするよこいつ。丸焼きにするってんならこのまま火力上げるけど」
「やめて! 丸焼きはやめてー!」
「アルマさんって案外ドSだよねぇ。俺、もっと大好きになっちまったよぉ」
危ないコンビが爆誕した瞬間に立ち会った。敵に回したらいけないふたりだ。
それから俺たちは西坂が逃げないようワイヤーで拘束し、そこら辺に転がしておいた。
こうなったら校舎のなかで昼食を食べるのは危険だ。外で食べることになる。
アルマが用意してくれたのは、彼の記憶のなかにある給食を形にしたものだ。マリアたち通学した経験がある者たちが否定しなかったので、こういうものなのだろうと納得する。
「今日の献立はドライカレーとサラダと野菜スープ。デザートにプリン。飲み物は牛乳だ。………ごめんな。小学校に通ってたの二十年前だから、こんなのしか思い出せなかったよ」
「いえいえ。小学校の給食はこういうのでいいのだと思います。リスナーさんたちも大盛り上がりですよ」
視界の隅でマリアの動画と共有しているコメント覧には、アルマが作った給食風の昼食に大興奮する者たちが続出した。口々に懐古を語り、なにが好物だったのかを欲望のままにリストアップしている。
いや、それはコメントの半分くらいだ。
もう半分は西坂の処遇についての判断を求められていた。
西坂薫という男は今や、俺とマリアにアプローチをかけたその瞬間から一躍有名人となった。というのも、キメラとの戦いのあとで使者を名乗る男との通話を、そのままマリアが配信してしまったからだ。
俺たちが使者が東京にいると結論付けたように、勘の鋭い者たちがいて、考察動画で使者が東京にいるのではないかとまとめたほどに。あれからまたマリアチャンネルの登録者数が跳ね上がったと複雑そうな顔をしてマリアが教えてくれた。
そうなるより前から何十万人もの登録者数を記録し、リアルタイムで配信すれば数えるのが億劫になるくらいの人数が見ているという。そんななかで使者たるあの野郎の、前代未聞の通話を晒してしまったわけだ。
ネットニュースではこの件をいつまでも取り扱い、俺たちの名がさらに拡散されたに違いない。
そういえば鉄条から目立つなって釘を刺されていたが───もう無理だ。諦めてもらうしかない。
そして西坂との邂逅。今日の夕方には、こいつのことでもニュース記事を彩られそうだ。
「………ジュル」
ドライカレーを口いっぱいに頬張ると、四肢を拘束された西坂が涎を啜る。
見逃さなかった龍弐さんが、わざわざこれだけのために購入したステンレス製の皿に盛り付けられたドライカレーを持って、西坂の目の前に座り「欲しい?」と尋ねる。空腹には耐えられなかったのか「うん」と素直に答えたのだが、龍弐さんは「ふーん」と曖昧な返答をして、目の前で完食してしまう。
なんていう精神攻撃だろう。涙目になった西坂を他所に、二杯目をアルマから受け取ると、今度は無言で、しかし満面な笑みを浮かべて食べ始める。
「あ、あの………享楽的なボンクラ野郎さん。俺にもカレーをもらえるかなー?」
「おいおい小鳥ちゃぁん。本当に餌をねだってどうするね。んー。まぁ別に俺はいいんだよぉ? でもうちのパーティって、物騒な連中が多いんだよねぇ。それでも食うのぉ?」
「えと、物騒ってのはどんくらい………!?」
西坂は、俺たちがいつも使っている長テーブルを見やる。そして目を剥いた。
拘束された哀れな刺客に同情したアルマがドライカレーはくれてやるかと一杯よそうのだが、テーブルに置かれた瞬間に次々と手が伸びた。
鏡花と奏さんと利達が、いつの間に取り出したのか、小瓶を逆さにして錠剤を振りかけた。
食欲を駆り立てる香ばしいドライカレーの、見た者を魅了する黄色い米の上に散布される白やオレンジやピンク色の薬。で、最後に鏡花がスプーンでザクザクとかき混ぜ、仕方ないので俺が西坂の目の前に置いてやった。まるで犬の餌のように。
「ちょっ………え」
「どぉぞ。召し上がれぇ」
「普通、捕虜の目の前で堂々と薬を混入させた飯を出すぅ!?」
「だから言ったじゃぁん。うちのは物騒なのが多いってぇ。さ、手を使うことは許してないから、そのまま口をつけて食べてねぇ、小鳥ちゃぁん」
「え、ぇえー………」
困惑する西坂。まさか本当にこんなことをするとは思わなかったのだろう。
で、助けてを求めたのが、俺たちのなかでも比較的まともというか、まだ良識を心得ていそうなアルマだった。けど西坂はまるでわかっていなかった。
「あ、あのー。七海さん。普通のカレーをもらえないかなー? っていうか料理人がこんなことしていいのー!?」
「元店長な。もう料理の業界には携わってないよ。それに郷に入っては郷に従えって言うだろ?」
「ど、どゆことー?」
「俺はこのパーティじゃ新参だ。最年長だろうが関係ない。二回り歳が下の子たちだろうが、京一や鏡花はここじゃ俺の先輩なわけだ。料理人の業界って上下関係に厳しいからな。先輩の言うことは絶対。オーケー?」
「全然オーケーじゃないよー!」
ついに泣き始める西坂。マリアに縋ろうとするのだが、他人に同情しやすい彼女が折れる前に、鏡花が強制措置を行使する。
「マリ………あ、あれ?」
マリアに泣きつこうとした瞬間、目の前で錠剤の表面が熱と水蒸気で溶け始めたドライカレーが、器を残してすべて消失する。
この現象に狼狽する西坂だったが、アルマの経緯を知っていたように、俺たちのスキルも調べてきたのだろう。これを可能にする人材、つまり鏡花を見上げた。
「ピーピー泣いてんじゃないわよ、見苦しい。てか、犬食いするのを見るのも見苦しいから、カレーはそのまま胃袋に置換してやったわよ。ありがたく思いなさい」
「………え………ぁ、あぁぁああああっ」
なんの薬かは知らないのに、全部合わせて、しかも大量に送られたというわけだ。
器には置換したなにかがあったが、目にする前に砂とまた置換される。胃液か。確かにそれは見たくない。
西坂は急に熱いものがダイレクトに胃壁を直撃した未知の感覚に襲われ、体をくの字に折って悶絶していた。
酷いことしやがる。こいつのこういうところは大好きだ。
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