第179話 地獄の一丁目
「ちょ、ちょっと!? 京一くんさー。男らしいやり方っていったら、普通一対一でやろうぜ、ってのがセオリーなんじゃないかなー!?」
「知るかタコ。わざわざそっちから出向いてくれたんだ。お持てなししてやるからそこ動くな」
「いや、仲間呼んでおいてそれはないと思う───」
「いいから。動くな。一歩でもな。でなけりゃ死ぬぜ?」
「え………ぃぎィッ!?」
私を背に庇ってくれた京一さんは、西坂に中指を立ててファックサインを送信し続けてながら忠告します。
直後、ああ………私がよく知るお祭りが開催されたのです。
短く悲鳴を上げた西坂。原因はいくつかありました。
足元から貫通して現れた矢と丸鋸。それらは正確な正円を描くように西坂を包囲し、天井に突き刺さります。
すると自重に耐えられず、立っていた部分が切り取られたかのように西坂ごと下に落下します。私は京一さんに連れられて下の階へ移動しました。
落下した西坂は瓦礫に巻き込まれてより下へ落下するのを免れたようで、二階の廊下へと転がり出ていましたが、そこが地獄の一丁目だとは思いもしなかったでしょう。
「いらっしゃいませ。一名様ですね?」
「はいはい。一名様ごあんなーい」
ギラッと瞳を輝かせた奏さんと利達ちゃんが装備を構えていました。今のは下の階からの狙撃でした。
「ちょ………ちょっと待って? なにこれ。来るの早すぎじゃん!?」
「わかってねぇなお前。俺じゃなくてマリアの目の前にいたことが間違いだっての。こいつが持ってるメインカメラで配信してただろ。だったら俺たちが場所を特定できないはずがねぇだろうが」
西坂の疑問は即応力の是非でしょう。京一さんの合図への応答。通常なら耳にしてから接近するところ、まるで最初から近くにいたようなタイミングの奇襲。
それを可能にするのが、チームに配信者がいるかどうか。
配信者は動画をリアルタイム実況し、視聴者を喜ばせ、広告や投げ銭を収益化させています。ダンジョンでの配信者なら現地調達した資材の売却などもあって、大成すれば巨額の利益となります。と、利益の話はいいとして、肝心なのは配信している動画です。
配信者を引き連れたパーティは、配信者の動画を共有して見ることができます。
よって、私が京一さんを発見した時点で、全員に位置を共有できたのです。西坂が登場するよりも先に移動して、近くまで来ていたのでしょう。京一さんの合図を契機に、先手を取ることも可能です。
「やぁやぁ小鳥ちゃん。餌を強請りに狩場の窓口にようこそ。冷たい鋼でも食う? サービスしちゃうよぉ?」
すでに抜刀していた龍弐さんが、加速して西坂の目の前に現れると、いつでも口に挿入できるのだぞとアピールするかのように、日本刀の剣尖を唇に当てて妖しい笑みを浮かべていました。
「兄貴ぃ! 姐さん!」
遠くから迅くんの声もします。
「ネ゛コ゛チ゛ャ゛ン゛ッ!!
「助けてくれっす! ニャン太が鏡花の姐さんに拉致られちまうっす!」
………あー。どうやら最初は救援目的だったのでしょうが、探索の途中でテイムしたモンスターの幼獣を出したところ、猫愛好家の鏡花さんに察知され付け回されたのでしょう。廊下を爆走する迅くんが猫ちゃんを抱えています。鏡花さんの暴走癖にも困ったものです。
とはいえ、これで校舎に潜った全員が揃いました。
包囲される西坂。鏡花さんは猫ちゃんだけをスクリーンに戻されてしまって数秒意気消沈していましたが、フラストレーションを西坂に向けることで事なきを得ました。
「じゃ、自己紹介からいってみようかぁ? 小鳥ちゃんのお名前は………ああ、西坂薫くんだったねぇ。俺は知ってのとおり『享楽的なボンクラ野郎』だよぉ。で、こっちの弓を構えておっかない目付きするのが『敵マジぶっ殺す姐さん』ねぇ」
「龍弐? 血反吐をぶちまけたいならそう言ってください。次の瞬間には極楽浄土まで直送させてあげます」
「ねぇ? おっかないでしょぉ?」
お前もそうなりたくないなら従え? と前例を見せる良心的な献身を立てる龍弐さん。
奏さんの殺意に当てられた西坂は、ただただ頷くしかできません。もし私が西坂の立場だとしたら、失禁も辞さなかったでしょう。
「でさぁ、こちとらあの男の娘のシシャ様とやらの遺言で、奇襲を万事警戒してたんだぁ。やっと来てくれたとこ恐縮なんだけど、遅すぎだよぉ。危うく忘れちゃうとこだったじゃあん」
「あ、あぶ、あの………」
「でもさ、キョーちゃんの言うとおり狩りの時間がやぁっと来たわけじゃぁん? 俺、ワクワクしてるんだよねぇ。さっそく見せしめに磔にするけど、いいよね?」
「ハリツケ!?」
「そぅそぅ。俺たちに喧嘩売ったらどうなるかって、教えてやらねぇとさ」
「なんで!?」
「えぇ? なんでって………テメェらどうせひとりで来たわけじゃねぇんだろ? テメェが斥候。敵情視察って奴だ。こうも堂々とやらかしてくれると、いっそのこと清々しささえ覚えるけど………だからって逃してやるほど、俺は甘かねぇよ。むしろ好機だと思ってるほどだ。ほら、吐け。人数と潜伏場所だ。誤情報なんてくれてみな? テメェの大切な目ん玉やベロや金玉とバイバイすることになるだろうぜ」
龍弐さんは珍しく開幕と同時に本気モードで西坂を脅迫します。
使者と名乗る男性と通話した際ですが、龍弐さんはいつもどおり飄々としながら使者を挑発し、情報を聞き出そうとしていました。けれど、私には不思議と龍弐さんの心境が掴めたのです。珍しく緊張していると。
龍弐さんは底知れないなにかを有しているであろう使者を、声だけで最大敵対勢力と断定し、迫る刺客あらば全力で迎撃するつもりだったのでしょう。この凄みを帯びた尋問が、龍弐さんの意気込みを表現しているかのようでした。
「え、ぇえ………それ言ったら、俺殺されちゃうよー。勘弁してよー」
西坂は軽薄な苦笑を浮かべながら龍弐さんから離れようとします。鏡花さんが許しませんでした。背後に回って退路を塞いでいました。
「どこに行こうっていうのよ」
「と、トイレさせてくれないかなー?」
「テメェから来ておいて、都合が悪くなったら逃げるわけ? 大した視察だわ。やっぱり龍弐さんの言うとおり磔にするしかないか」
ジャラッと音を立てて現れたのは、鏡花さんの新しい装備である五寸釘でした。
以前まで使っていたダーツはどこでも買える安価なもので、心置きなく消耗させられるものの、軽くて脆いのが難点だった。
そこで龍弐さんに相談した結果、これまで使っていたダーツよりも重くて長い五寸釘を大量購入。
西坂は鏡花さんのスキルを知っているでしょうが、磔という表現がより印象に残ったのか、手足を十字架に打ち付けられると勝手に妄想し、恐怖して逃げ出します。
「あ、逃げちゃった」
「心配ないでしょう。西坂というひとが逃げた先は、昇降口ですし」
「あ、そっか。なら大丈夫そうだね」
利達ちゃんもこのパーティに馴染んだもので、ターゲットの逃亡を許してもすぐには狼狽えません。なにしろ龍弐さんと奏さんがノーリアクションなので、問題無しと判断したのでしょう。
そして奏さんの言うとおり、昇降口にはあのひとがいます。
今では正式にパーティに参加してくれた、新参にして最年長のあとひとが。
「んぎゃぁぁああああああっ!? あ、熱っ!? あぢぃぃいいいいいい!!」
「おーい。とりあえず捕まえたけど、このままじゃローストしちまうから、どうするか早めに判断してくれよなぁ?」
昇降口で調理をしていたアルマさんが、スキルを用いて西坂を捕まえたようです。
最近、眠れる日と眠れない日がはっきりしてきました。一日置きでローテしています。ちなみに昨日は眠れませんでした。
いったいどうなってしまうのでしょう。あ、本編もですが。