第178話 誰だテメェ
やってしまいました。
と、後悔しても仕方ありません。
私たちは確かに京一さんを探していたのですが、なにしろ中学や高校と違って一年生から六年生まで教室があり、図書室や図工室などもあり、職員室や保健室や理科室などもあり───と、覚えているだけでも数多の部屋があるなかで、京一さんがどこに行ったのかを探すのには苦労しそうでした。
そこで龍弐さんが「モンスターの気配も無いし、手分けして探そうか」なんて言うものだから、私たちは分担して教室を捜索することになりました。
けれど、龍弐さんたちはひとつ、失念していたみたいです。
マリアチャンネルというパーティに参加する八名のうち七名が戦闘に特化している冒険者であり、スキルという特殊能力に目覚めた覚醒者であることを。で、私だけが唯一の非戦闘員であり配信者であることを。
龍弐さんは敵襲はないと言っていましたが、それはモンスターに限定した野生味のある気配であり、人間のものとは異なります。
私たちは今現在、使者と名乗る何者かが送った刺客とやらに襲われる可能性があります。
ついにモンスターだけでなく、人間からも敵視される時となってしまったのです。
いつ、どこで、誰が見ているのかもわかりません。こんな恐怖を覚えたのは久しぶりです。いつもは情けないことに戦闘面は仲間に庇われながら見ているだけでした。久々に単独行動をしてみると、足が震えてしまうようでした。
なにより視界の片隅で流れているコメント覧には《まるでホラーゲームみたい》などという余計な発言をしてくれる視聴者さんたちがいるせいで、この灯りがほぼない校舎で肝試しをしている気分になってしまいました。
「きょ、京一さぁん………どこですかぁ?」
つい最近、本物の集合思念体を見ていたこともあり、幽霊の類には慣れました。しかし、だからと言って怖いものがないわけではありません。
先程から懸念している刺客の襲撃。私たちを脅かそうとする最大の脅威になり得る未曾有。
どうか鉢合わせしませんようにと祈りながら、最上階である三階に進み、手前にあるホラーゲームでは定番になりつつある音楽室をチェックしてから、その先にある五年生の教室へと入り───安堵しました。
「ここにいたんですか。京一さん。………京一さん? どうかしましたか?」
五年一組の教室の一角を見つめていた京一に歩み寄ります。
廃校となって二百年。もし巻き込まれて生存している生徒や教員がいたとしても、モンスターの出入りもあったようで、ホラーゲームに加えてモンスターパニック映画さながらの、しかし一方的な虐殺が行われたと思います。
教室は荒れに荒れ、原型を留めているのはなにもありません。破砕され、風化した廃材が朽ちて、破片が転がっているだけでした。
「………俺、初めてなはずなんだ。小学校ってところに来たの」
「京一さんたちがお住まいにされていた軽井沢には、小学校がもう無いんですってね」
「ああ。だから知ってるはずがないのに………なんでかな。ここで当時の小学生たちがなにをしていたのか、わかる気がする」
「アーカイブには昔のドラマもありますし。平成や令和の時代に放送されたものを見たから既視感があるのではないですか?」
「ああ。俺もそう思った………けど」
「けど?」
「ドラマとかじゃない。本物の小学生がわかるんだ。なんでだろうな。ここはもう学校としては機能しないんだろうけど、当時の子供たちがどんな動きをしてたのか。どんな風に座ってたのか。授業とかも。作り物じゃなくて、本物の生活がさ。おかしいよな。一回も授業なんて受けたことないのにさ」
確かに奇妙な話だと思います。
例えるなら、私はまだ高校も出ていないため、大学生たちがどんな生活をして、どんな講義を受けているのかわからないのに、ぼんやりとですが理解できる………そんな感じでしょうか。
経験がないのに仔細を掴めるというのは、予知夢の類だろうかと疑いますが、京一さんはそんな話をしたことはありません。
「不思議だよなぁ。なんか懐かしくも思えてきた」
「ノストラジックになったとか?」
「それに近いかな。この学校に通ったはずがないのに、寂しくなっちまった」
それは私たちも同じ───というより義務教育を受けた側だから哀愁を湛えるのであって、未経験な京一さんが覚える感情ではないはずでした。
会話を聞いていた視聴者さんたちも《伝説的なレジェンドにネガティブさは似合わない》だとか《まさかこいつ二百年前の人間じゃないだろうな!?》とか《まさかの前世持ち!?》だとか、最終的には的外れな予想が飛び交います。
「京一さん。多分、お腹が空いてるんですよ。だからマイナス的な感情が押し寄せてきたんじゃないですか? 京一さんにとって縁遠い場所でしょうし」
「そうなのかな?」
「きっとそうです」
現段階でわかるのは、このまま京一さんの抱える不思議な感情について議論したとしても、私には彼が満足するような回答を持ち合わせていないし、導き出せないことでした。
だから多少強引にでもそれに該当しそうな理論で京一さんの負のループを断ち切り、ここから連れ出すことにします。
行きましょう。と京一さんの腕を掴んで、傷んだ床を踏まないよう気をつけながら廊下に出ます。裏門側は岩で覆われていて、この廊下も一部同化しています。二百年という人間の寿命の倍以上の年月をダンジョンのなかで過ごし、徐々に変化していくフィールドに取り込まれた結果でしょう。岩とコンクリートが一体化した部分ならともかく、押し広げたり捻じ曲げたりといった箇所もあるため、誤って踏んでふたり揃って落下しないよう、階段まで戻ります。階段は幸いなことに同化を免れ、ふたりで歩いたとしても軋む様子がありません。
「もう。みんな京一さんを探してたんですよ? バラバラになっちゃったじゃないですか」
「悪い悪い。夢中になっちまった」
「京一くんの悪い癖なんだねぇ」
「まぁな。で、誰だテメェ」
「え………っ!?」
急に声のトーンを落とした京一さんに驚いて、階段で立ち止まって振り返ると───見知らぬ青年がそこにいて、私たちを見下ろしながらニコニコと笑っていました。
「や。俺は西坂薫っていうんだ。いやー、やっと追いついたよ。きみたち移動するの遅いのか早いのか微妙なところだしさぁ。ボックスフィールドを何周して探したか」
「ふーん? つまりテメェ、このタイミングで登場するってことは、シシャ様とかがほざいた刺客とやらだな?」
「そうだよー」
「わざわざ自分から寿命縮めに来るたぁ見上げた根性してやがる。実に男らしいやり方だ。感服するぜ」
「でしょー? じゃ、京一くんも伝説的なレジェンドらしく男らしいとこ見せてもらおうかなー」
糸目の長身痩躯。それが西坂という刺客の特徴でした。そしてその西京都の街並みを歩くに相応わしいファッションセンスは、とてもではありませんがダンジョンに挑むものとは思えません。ファッションモデルのような出立ちだったのです。
そして西坂は、口調から察するに正々堂々とした勝負を所望しているようですが、多分忘れていると思います。
最近のマリアチャンネルのパーティは、私を除いた全員がイカれていることを。
正々堂々?
なにを基準としているのでしょう。彼の基準など無視されるのは決まっていることなのに。
「刺客だぁぁぁああああああ!! 階段に刺客が出たぞぉぉおおおおおおおおおお!! 狩りの時間だぁぁぁあああああああああああ!!」
「え………ぇ、えっ!?」
京一さんの咆哮に、西坂は早速狼狽しました。
ファーストアプローチは上々。「ざまぁ」と思ってしまった私は、イカれているのでしょうか?
ブクマ、評価ありがとうございます。本当に励みになります。
第四章にしてマリアがイカれ始めて、同じ穴の狢になりつつあることをとても喜ばしく思うこの頃。皆さまお元気にしていらっしゃるでしょうか?
昨日の異常なほど寒かった外気のなか薄着で作業をした私は風邪を覚悟しております。そんな私を励ましていただけるようであれば、さらなる応援をいただければ明日も更新できると思いますのでよろしくお願いします!