第177話 地下に移された小学校
「いや、しっかし………なんでこんなところに小学校があるんだろうな?」
三階建ての校舎を見上げるアルマさんが疑問を投げかけました。
「地上から降ってきた………という可能性はあるのでしょうか?」
明らかに外部の異物がそこにある。私はその異物の運搬方法を推測しました。
この世界に初めて出現した危険な迷宮。それが関東ダンジョンです。
その歴史は二百年前に遡り、2040年の春に突然、関東地方全域が被災したと言われています。
四十年前のパンデミックの比ではない恐慌。悪性ウイルスの蔓延と思われていた粒子が日本人を殺し、しかし数十年後には日本人を強固なまでに進化させた奇跡の異物。それがエリクシル粒子とされ、私たち配信者や京一さんたち冒険者が、ダンジョンに挑むために必須なものとされています。
地殻変動などで隆起した関東地方は全域が封鎖されましたが、日本政府が内部調査に踏み込むため自衛隊に依頼し、戦車などを総動員して乗り出した結果、内部に生息していたモンスターと会敵。戦闘になったことがダンジョン開拓史の幕開けとなり、今日に至るまで様々なことが判明します。
そのひとつ───私が形式上のリーダーとなっている、このパーティの名称「マリアチャンネル」が明らかにした、二百年後の関東地方の地表の一部を配信したことで、歴史に名を刻むこととなりました。
パンデミック当時、モンスターが地表を徘徊し、残存していた日本人を殺した形跡もありました。今でも定期的に現れるそうです。
二百年後の関東地方は、巨大な建造物ならともかく、面影を残すだけで形状を保ててはいませんでした。
ならば、私の推測どおり、地表にあったものが滑落して、ここに存在したのではと思ったのですが──
「落下したにしちゃ、形がしっかりし過ぎてるわよ」
鏡花さんの冷静な正論で棄却されました。
「そうですね。ここは坂戸市跡地です。埼玉ダンジョンは全長約七千メートルと言われているので………地表との距離は一キロメートル以上は離れているはず。ならば、ダンジョンが登場した当時………落下したのではなく、この小学校が大地の変化に巻き込まれて、この場所まで移動したと考えるのが妥当でしょう」
奏さんの推測の方がまだ納得できます。なんだか自信がなくなってきました。
それからしばらく廃墟と化した小学校を眺めました。
モンスターの巣窟となっているなら、「へぇ、こんなところに小学校があったんだねぇ」程度で済みますし、会敵を回避すべくスルーするのが鉄則なのですが───
「なあ。入っちゃダメか?」
京一さんは諦めていませんでした。
これに向けられる反応は様々で、私と鏡花さん、迅くんと利達ちゃんは「えー」と否定派。龍弐さんと奏さんとアルマさんは「んー」と悩む派でした。
けれど、京一さんの境遇を考えれば、そうさせてあげたい自分もいるのです。
龍弐さんと奏さんが打ち明けてくれたように、京一さんは学校に通ったことがありません。「学校って楽しいところなんだよ」と利達ちゃんが言ったので、余計に憧憬しているのだと思います。
それは否定派の総意のようで、子供みたいにワクワクしている京一さんを見ていると、次第に「仕方ないな」と妥協することに。
「三十分くらいならいいんじゃないか? なんなら昼飯も教室で作ってさ、給食風にしてやるよ」
「給食ってなんだ?」
「あー。まぁ、そうだな。京一は知らないか。給食ってのは、学生みんなで食べる昼飯のことだよ」
なるべく憐れみを顔に出さないよう配慮したアルマさんが、京一さんの夢をまたひとつ追加します。
「あたし、牛乳嫌いだった」
「牛乳一気飲み競争とかやったなぁ」
西京都の小学校を出た迅くんと利達ちゃんが、思い出を吐露します。それだけでも京一さんの興味が加速するばかりです。
アルマさんの妥協を、誰も否定はしませんでした。
許可を得た京一さんは、普段こそどこかイカれた思考でモンスターを蹂躙し、時折大人のような意見を述べたりしますが、学力は低いらしく、鏡花さんに笑われていました。
でも、今日だけはなにをしても笑われません。
岩で塞がれた正門を嬉々として飛び越えた京一さんが、小学生のようにはしゃぎながら凹凸の激しいグラウンドを走り回ります。
多分、京一さんにとって初めての経験なのでしょう。全力で喜んでいました。
「そういえば龍弐と奏も小学校には通えなかったんだろ? 随分と冷静だな。なんなら京一と一緒にグラウンドを一周してきていいぞ?」
「まぁ俺たちの場合は、かなり歩いたところに廃校になった学校があったからねぇ。忍び込んで青春ごっことか、一通りのことはやったよ。だから今はいいや。これでも一応、大学生だし。入学式に出るために西京都まで行って、キャンパスの空気ってのを十分に体感したよ。そういえばアルマさんは高卒? 大卒?」
「一応、大卒。バイトしてたラーメン屋のシフト入れてたら三年生の時に単位足らなくて留年したなぁ」
「へぇ。そりゃ大変だ」
私も高校は通信制に切り替えたので、一応入学式への参加経験はあります。しかし大学生という、学生と社会人になる狭間の空気はまだ未体験ゆえに、人並みの憧れがありました。このパーティのなかで三人が経験済みという、平均年齢が上がってしまったこともあり、時折三人の大人の会話に耳を傾ける機会も増え、それはそれで新鮮な空気を得ることができました。
さて、そんな大人の会話に耳を傾けながら、コメントで《伝説的なレジェンドが小学生より小学生してるなぁ》と流れてきたのを見て、つい気が緩んでしまったのか微笑んでしまいました。
それもそのはず。あの京一さんが笑いながらグラウンドを駆け巡り、半壊した遊具を全壊させながら網羅し、ついにお菓子の家でも発見したかのような目で校舎を見上げていたからです。本人を前にして言ったら不機嫌になりそうなので伝えませんでしたが、案外可愛かったです。
「な、なぁ。いいんだよな? 入ってもいいよな!?」
「三十分だけな」
「おっしゃ!」
私と迅くんと利達ちゃんとアルマさんにとっては、なんでもない、過去の思い出ですが、京一さんは違います。
その人生で初めてとなる校舎への入場です。
もしこれが地底を思わせる一面岩だらけの空間ではなく、青空の下であるならば。
枯れて倒壊したか破壊された木々ではなく、整備されたグラウンドに広がる桜の木々であれば。
京一さんが本当に望む小学校本来の姿だったのでしょう。それだけが唯一残念に思うところです。しかし京一さんはなにも気にした様子もなく、壊れた昇降口を潜り、校舎に入ってしまいました。
「そういえば京一くんを誘って、近所の廃校に連れて行ったことはありまでんでしたね」
「鉄条さんに仕事を任されてたし、あの頃は鍔紀ちゃんも幼かったからねぇ。………気の毒に思うけど、忙しかったんだよ」
「では、今日だけは心ゆくまで堪能させてあげましょうか」
「うん。給食も食べよう。てなわけでアルマさん。適当な教室見つけてくるから、それっぽい昼飯よろしくねぇ」
「あいよ。俺は外で調理してるけど、なにかあったら信号弾で報せるから。飯ができたら迅と利達は運ぶの手伝ってくれよ?」
グイグイと進む京一さんを追うべく、大半が校舎に入りました。私もフェアリーを従えて、二百年前にその歴史を閉ざしてしまった小学校に入りました。
別の作品を書いていたら更新が遅れてしまいました。昨日はたくさん書けたと思います。
今日も頑張って書きますので、応援よろしくお願いします!