プロローグ04
それはもう、なんというか。
どう形容するのが適切なのか、わからない光景でした。
私は国語の成績は中の中くらいで、平均点より少し上。十点差が付けられれば上等なくらいの頭脳をしていたのもあると思います。
貧相なボキャブラリーでは、これまでの経緯を説明するのには時間がかかるでしょう。
さて、この地獄の再現を止めるべきか、それとも推奨するべきか。迷っています。通信機の向こう側では、さらの血と暴力に塗れた配信を停止すべきか、呆れながら迷っているマネージャーの雨宮さんの吐息しか聞こえません。
でも、このひとたちは雨宮さんの停止命令があったとしても、止まらないと思います。
「オラ吐け豚がァッ!!」
「余程屈強な精神力をしているようですね。大したものです。良心が痛みますねぇ」
パーティの女子たちがエキサイトしながら、木に吊されたひとりの青年を拷問しています。
ワイヤーで特殊な縛られ方を受けたそのひとは、全身をくの字に曲げて、お尻を鏡花さんのタイキック、顔を奏さんのハリセンに鞭打されても、なにも言おうとしません。………いえ、正確に述べるなら、発言権を奪われていたのです。猿轡を噛まされていたので。
「ンンン、ンンっ、ンーーーーッ!!」
「豚語じゃなくて人間様の言葉を使えってんだよォ! たこコラァッ!」
「ンンン〜〜〜〜ッ!?」
「はい? なんですって? ありがとうございます? いやはや………これがドMという生物ですか。私にぶたれて喜ぶなんて。龍弐でも泣きながら謝るくらいが精一杯なのに。気持ち悪い」
怒りを燃やす鏡花さんの蹴りは、加速する一方でした。初撃で弾け飛んだ彼のズボンは今はもう形を成しておらず、何発も叩き込まれたお尻から下は真っ赤に染まっています。
なにより自分で猿轡を噛ませたのに、喋れないとわかっているはずなのに、軽蔑の視線を向ける奏さん。彼女のコードたる「マジキチ奸策姐さん」とあるように、もう本当に意味がわからないくらいマジキチなんだと思います。
言葉にならない悲鳴をあげる青年。もうこうなると、見ているこっちが悪者なのではと思えてきます。
で、別の一角はといえば。
「迅。犬を出せ。こいつの鼻の前で脱糞させる」
「京一の兄貴、そりゃねぇっすよ。ワン郎が可哀想っす。もっと他の、的確に心を折る方法にしたいっす」
「そうだよ京一先輩! 指とか歯とか、全部折っちゃおうよ!」
さすがは我らが「マジキチ奸策姐さん」の弟分であるだけあって、今日も「伝説的なレジェンド」のコードを持つ京一さんは、絶好調に頭がイカれています。
その京一さんを慕う弟分の迅くんと、後輩ポジションを獲得した利達ちゃんも、良心が残っているのかと期待した私が馬鹿でした。後悔しました。類は友を呼ぶって、本当だったんですね。
で、最終的な魔窟はといえば───
「ねぇねぇアルマさん。ラード作ってよぉ。人間が二十キロくらい一気飲みしたらどうなるか、見たくなぁい?」
「コラ、龍弐。食べ物で遊ぶなって教わっただろ? だからこっちの、昨日揚げ物で使い古した廃油にしとけ。いっぱいあるから」
「わぁおっ。廃油ならもう食べ物じゃないから遊んでもいいんだねぇっ」
「いい子は真似しちゃいけないぞ」
「俺、この時だけは悪い子になるからいいもーん」
龍弐さんはそういう正確だから仕方ないとして、新参にして最年長たるアルマさんは良識があるかと思いきや、相当頭に来ているようで、黒く濁った廃油が詰まった一斗缶をドスドスとスクリーンから取り出していました。
龍弐さんとアルマさんのタッグは最悪です。組ませてはいけません。いよいよ死人が出るかもしれません。
なぜ、こうなったのでしょう。
それは三日前に遡ります───
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
キメラを屠り、使者と名乗る何者かによるコンタクトから二日が経過しましたが───使者の言う刺客が現れることはありませんでした。
私たちは現在、刺客の襲来を念頭においた進行の途中にありました。
このパーティのブレインたる奏さんをはじめ、龍弐さん、副指揮官を兼ねられる新参のアルマさんによる会議の結果、進むことになったのです。
曰く「ここにいても進んでも襲われるなら、進んだ方が得じゃね?」と龍弐さんの真っ当な意見に反対する要素もなく、二分で可決したとか。
それまでいた場所はボックスフィールドと呼ばれ、いくつもの区画ができあがった空間が連なる特殊な場所でした。地上を思わせる自然に溢れていた場所に、四種類配合のキメラがいたりとアクシデントがありましたが、それを過ぎれば強敵らしいモンスターが襲いかかってくることはありませんでした。
ボックスフィールドを抜けて、さて次はなにが来るのかと、期待と不安が入り混じる感情を抱き、東松山市跡地を抜けて、まず目にしたものは、なんというか………これまでに無い不思議な場所でした。
「学校だ」
「え、学校?」
アルマさんがその正体を見抜くと、京一さんが訝しげにしました。
私も数秒遅れで、そこにあったものが辛うじて学校だと理解が及びます。
「小学校っすかね?」
「中学か高校、かもしれないよね」
大地と岩と融合した建造物に、迅くんと利達ちゃんがなにかヒントを得ようとさらに踏み込みます。
私も続きました。頭上の斜め右にフェアリーを従え、常に前方とコメントを見れるよう細心の注意を払いながら。というのも、初見の光景の解決の糸口は、意外な場所から現れるかもしれないからです。
とりわけ埼玉ダンジョンというのは難易度が高く、挑戦できる冒険者が北関東で活動する冒険者の一割弱と言われているくらいですが、仮に一万人の冒険者がいれば千人と少しが挑戦できる計算となります。
つまり埼玉ダンジョン踏破の記録が無いだけで、途中までの冒険記録ならあるのです。ここだってそう。東松山市跡地を踏破した冒険者だっていると思います。私のように冒険者と行動を共にする配信者も然り。私がこうして配信しているように、先人たちがなにか記録を残している可能性もあります。
それを見た視聴者がコメントしてくれるかもしれません。投げ銭だけでなく、高速で流れていくコメントをひとつも逃すことなく観察しました。
「小学校みたいですね。ほら、看板がありますよ。ここは正門跡地だったのでしょう」
奏さんが千切れた鉄の看板を発見しました。校名の部分が損失し、小学校とだけ残されています。
「へぇ。これが学校なのか。入れるのかな」
「ちょっと。なに感動してるのよ京一。あんただって地元の小学校とか、中学校とか通ってたでしょ?」
珍しく少年の───年相応の表情をして、見開いた目を輝かせていた京一さんを、苦笑と呆れを交えた顔をした鏡花さんが肘で小突きます。
「いや、鏡花ちゃん。俺たちは小学校とか通ってないんだよ」
「それどころか、義務教育だって受けていませんよ」
「ぇえっ!?」
苦笑する龍弐さんと奏さんが述べた衝撃的な事実に、鏡花さんだけでなく全員が驚愕しました。
「え、でもだって龍弐先輩と奏パイセンって、通信制だけど大学生なんだよね!? あたしだって中学は途中から通信制に切り替えたけど、小学校は普通に通ってたよ!?」
利達ちゃんの質問が、私たちや視聴者の代弁となりました。
「あー、うん。そうだよね。まぁ、なんていうかさ。そういうのってオンラインでやってたんだ」
「小学校の授業も!?」
「はい。そもそも私たちの出身地である軽井沢は、ダンジョンが近くにあることもあり極度の過疎化状態にありまして。学校はあっても廃校してるんですよ。だから卒業などの資格はすべてオンラインの試験で受けました。私と龍弐、京一くんは、一度も通学せずにここまで来たんですよ」
「へぇ………なんか、理にかなってるような、もったいないような。学校って勉強や試験が面倒だけど、楽しいところなのに」
「そうですね。そうでしょうとも。でも軽井沢のあの村には、私たち三人を含めて、もう十数人しか子供がいないんです。仕方ないことなんです」
利達ちゃんの言うこともわかります。確かに、私がまだインフルエンサーだった頃は通学していましたし。毎日が楽しかった。
思い出もたくさんあります。朝起きて家族に挨拶して食事をし、通学してホームルームを受けて授業に臨み、昼休みにはママからもらったお弁当を広げて同級生たちとはしゃいで、放課後になれば予定が無ければ友達と西京都のゲームセンターやカラオケや、お茶をして───そんな青春が、ありました。
けれど、京一さんたちにはそれがありません。
なんだか、不憫に思えてしまいました。失礼だとはわかっていても。
第四章は開幕からぶっ飛んでしまいました。なんていうか、凶悪性の煮凝りみたいです。
私もやっとエンジンがかかってきました。なのに雪が降って………この熱が冷めぬよう、応援をいただき熱を充填していただければ嬉しいです。よろしくお願いします!