エピローグ03
シシャ様とやらの通信を終えて、三時間後。
その頃にはマリアも配信を終えて、俺と迅による周囲の索敵も済ませたゆえ、敵襲がないことに安心して完全なリラックス状態に入ろうとしていた。
「いやぁ………すげぇことになっちまったなぁ」
スクリーンから取り出した、細かなビーズが詰められたクッションに全身を委ねていた女子たちを尻目に、「俺はスキルを使って後ろから指示出してただけだから」とアルマは機敏に動きまくる。
すべての作業を同時進行させ、瞬く間に着実に完成に近づけていく複数の料理。
最近は炭水化物ばかりだったからか、戦闘前の宣言どおりビタミン不足を考慮し、金に糸目を付けない書い方をした野菜をすべて使った鍋料理。しかし大きなコンロで温められるそれは土鍋ではなく寸胴。なんとも豪快で贅沢な調理。ダンジョンで食える飯じゃない。
「ま、なにが来ようと倒すだけっすよ」
「お、言うようになったじゃん迅くぅん。それじゃあ明日から単騎でバトルよろしくぅ」
「そりゃねぇっすよ龍弐の兄貴! いくらアルマの兄貴の飯食ったからって、埼玉ダンジョンでモンスターどもの群れをひとりでやれってのはちょっと………」
最年少なこともあり、率先して皿の配膳を手伝っていた迅に、シシャ様とやらの通信を終えた途端パタりとくたばったようにダウンした龍弐さんが、シートの上にやっと移動して仰臥しながらヒラヒラと軽薄に手を振る。
ところが、迅が泣き言を述べた途端に双眸を鋭くし、声のトーンを低くくして唸るように警告した。
「甘えてんじゃねぇよ。あの男の娘のシシャ様がほざいた刺客どもに俺らが散り散りに分散されてみ? ひとり一殺。これも十分あり得るんだぜ? 迅、お前………躊躇ったら死ぬぞ」
「う………うす。すんません」
息を呑んだ迅は、自分の立場を思い出して、反省しつつ謝罪した。
迅と利達は、四牙家長男、チーム流星のリーダーたる名都の提案でマリアチャンネルと協調し、かつ研修のために同伴している。最年長かつディーノフレスターと互角に渡り合った龍弐さんの言葉は、名都以上の重みがあった。
俺も年に二回は、この二重人格かと疑うような、戦闘モードに切り替わった龍弐さんに叱られたことがある。奏さんとは違い、圧倒的な実力者から叱責されているようで、とても緊張したものだ。
龍弐さんがこのモードに切り替わるようになったのは三年前くらいだ。確か、奏さんが大怪我を負って楓先生に連れられて西京都に行ってから。龍弐さんも同行して、帰ってきて………あれからこんな感じになることがあった。
「そう落ち込むなって。あくまでそうなる可能性があるってだけだ。俺らがそう簡単に散り散りになるはずがねぇだろ」
「そ、そうっすけど」
「負けねぇよ。誰が来ようとな。だから油断だけはすんなって、龍弐さんは言いたいだけだ。わかったな?」
「う、うす」
意気消沈していた迅の背を叩いて、安心させてやる。これは昔、しこたま奏さんに説教されて落ち込んでいた俺を励ましてくれた龍弐さんのやり方だ。
龍弐さんと目が合う。ニヤニヤされた。恥ずかしくなって目を逸らす。
「じゃ、俺も覚悟決めないといけないな」
鍋を完成させたアルマがコンロの火を落として、深く息を吸う。
「覚悟?」
まだダウンしている利達と鏡花の額に乗せていたタオルを交換したマリアが振り返る。
「うん。マリア、決めたよ。こんな俺だけど、正式にマリアチャンネルに同行させてもらえるか?」
「え、いいんですか!?」
「ああ。もちろん」
これまでアルマの扱いは、かつての俺のようなお試し参加という形であったが、アルマはアルマなりに考えてパーティへの参加を決意した。
アルマの飯はうまい。なにより嬉しい決意表明だが、たった数日で俺たちを知り、そして俺たちもアルマのすべてを知ったわけではない。数日はかかると思っていたが嬉しい誤算だ。が、早すぎる決定の真意に誰もが首を傾げる。
視線で訝しむ決意を悟ったのか、アルマは肩をすくめて苦笑した。
「だってさ、ほら。あの使者って奴? マリアチャンネルに挑戦状叩きつけたわけだ。こちらの素性は全部知られてると思っていい。だったら、お前たちと別れて単独行動するよりも、一緒に行動した方が生還率も上がるわけだ。俺にできることは少ないし、年下に集るようで気が引けるけどさ」
「とんでもない! アルマさんがいてくれるだけで、どれだけ助かっているか!」
今回もマリアの発言に全力肯定。もし否定するような奴がいれば、一瞬で制裁の集中砲火を浴びているだろう。いなくてよかった。
「ありがとな。コードは追々考えさせてもらうよ。配信も………俺になにができるかわからないけど、やらせてもらう」
アルマは知らないのだろうな。アルマの作るダンジョンのなかとは思えない食事が、マリアチャンネルの視聴者にウケていることを。新規の登録者だって増えているとマリアから聞いた。
「それに、どちらにせよこの戦いは回避できないだろうな。そうだろ、龍弐?」
「………まぁね」
龍弐さんは珍しく剽軽な返答をしなかった。
理由は珍しく俺にもわかった。あの使者とかいう野郎の言動で、とある可能性が浮上したからだ。
「なんでそう思うんすか?」
迅が尋ねる。マリアもまだ理解できていない顔をしていた。
「あの使者って奴、もっと高いところにいるとかほざいてただろ」
「ああ。埼玉より上ってことさ。つまり?」
声音を低くした龍弐さんが剣呑な瞳で天井を仰ぐ。アルマも続いた。
そしてそこまでヒントを与えられれば、迅とマリアはやっとその可能性を察知する。
「あの使者とかいう野郎は、東京にいるってことっすか!?」
「そんな………そんなことって、あり得るんですか!?」
仰天するあまり声が裏返るふたり。
対し、龍弐さんとアルマは簡単には首肯しなかった。
その可能性があるだけで、断言はできないからだ。もしかしたら外国人のエージェントたちが違法改造を施したスクリーンでアプローチしただけかもしれない。マリアを妬んだ配信者の悪戯かもしれない。
ともあれ、これだけのことをしたとなれば───
「いいじゃねぇか。今は東京になにがいようと、来ようと、関係ねぇよ。なにがいようが来ようが、叩きのめす」
「あら、また意見が合ったわね」
「まったく。京一くんと鏡花ちゃんは、本当に戦うことしか頭にないんですから。………とはいえ、私も賛成です。あの使者の言動には自信が漲っていたことですし、少なくとも悪戯の類ではないでしょう。アルマさんが参入してくれたことで戦術の幅も拡張できる。ならば、迎え撃とうではありませんか。その刺客とやらを」
ダウンしているにも関わらず、鏡花と奏さんはうっすらと笑みを浮かべた。
東京は未知数だ。外界から隔絶されて二百年。
無人と化しているというのが常識、あるいは一般論だが、俺たちのような冒険者という存在がやっと世に台頭したことで常識では考えられないほどの躍進を得た。ならば東京だってもしかしたら無人ではない可能性だって大いにあり得る。
俺のいく先でそのすべてを知ることができる。俺の進んだ先で、まだ誰も目にしたことのない奇跡を拝める。
歴史に名を残せる大業を果たすのだとすれば、それは悪いことではないはずだ。
NEXT:《埼玉ダンジョンⅡ》
これでやっと第三章が終わりました。
次回から第四章なのですが、なんか筆が進んで、明日あるいは明後日に更新できそうです!
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