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第174話 俺ではないなにか

「自分を信じろ、ねぇ。………でも、なんかそんな願掛けして、うまくいった試しがないんだよなぁ」


 俺自身、精神論には少し飽きてきている部分がある。


 奏さんだけでなく楓さんも、時折ではあるが熱血な精神論を解くことがあった。その時に限って難易度の高い訓練で、相次ぐ失敗で俺の心が折れかけた時に尻を叩きながら励ましてくれたのだが、結局はかなり疲れてしまった。


 そんな経緯もあったのだが、アルマの場合どうだろう。


 無理難題を押し付けるのとは少し違う。


 キメラへ必殺の一撃を与えるためのプロセス。常識を打ち破るだけ。


 尻を叩き上げるのではなく、背中を押す。


 だいぶ違う。相手がアルマだからだろうか。


 飽き飽きとはしていたが、「やれなくはない」と思い始めたのも事実だった。


「しゃーねぇな」


 アルマから受け取ったペットボトルを手に、俺は潰れたキメラへと走り出す。


 キメラはすでに再生を始めていた。


 四人の覚醒者が合わせたスキルによるダメージで、外装としていたモンスターの死肉は一部原型すらなくなっていたが、内部に潜むキメラは腐敗が進行した肉を集めるべく、執拗に触手を伸ばしている。


 やるなら今しかない。


「おらぁっ」


 修復に勤しむスライムにペットボトルを投げた。プラスチックの容器なら、簡単に酸で溶けて内容物を取り込む。


 内容物は予想どおり、着色料だった。黒く見えたのは濃縮されていたからだ。それがスライムの体内に広がると、淡い水色が赤黒く染まっていく。


 ただ着色しただけで、スライムにダメージは与えられないどころか、いずれ着色料でさえ同化して効力を失う。ではアルマの狙いはなにか。スライムの核を潰すこと。目を凝らして反応を見守った。


 すると、


「………へぇ。なんか黒い球体みたいなのがあるじゃん」


「それが核だ! スライムの内臓ってのは、普段は体表面と同じ色をしているせいで目視できないが、着色しちまえば見えるようになる。それを狙え!」


「わかった」


 水、いや酸を含んだ薬品と考えるべきだ。そのなかに手を突っ込むなんて自殺行為。奏さんや楓さんにシバかれる。


 だが今は、絶対に必要となる行為。


「水を、折り畳む………折り畳むってよりも、邪魔なものを押し退けるってイメージの方がいいか? アルマは核を折り畳めだなんて言わなかった。なら、周りの邪魔となる障害物だけを排除………そうだ。こんな感じ」


 キメラ討伐により高揚していた感情が、いざ王手をかけるこの瞬間のみにおいては、意外と、なぜか鎮静化していたのに気付く。


 スティンガーブルの角をめった打ちにする際は、感情そのものが炎のように轟々と燃えていたのに、今は北海の流氷のように冷めていた。まるで感情を使い分けたような感覚。以前なら見逃してしまっていたものも、今なら一切見逃さない自信があった。


 俺じゃないなにかになった気分だ。


 そう。誰かが囁く。「やっちまいな」と。


 俺じゃないのに、同じ声をする。シンクロ。あるいはリンク。見えない誰かが俺のなかに入った。



「邪魔だな」



 手のひらをキメラのなかにいるスライムにかざす。


 水面に触れ、表皮が焼ける───その寸前。


 俺のスキルが、スライムの体を吹き飛ばす。


 覚えがある。桐生市跡地の地下でディーノフレスターと交戦した時だ。終盤、あろうことかマリアを狙いやがったあのクソ馬が伸ばした舌に触れ、吹き飛ばした。


 それと同じことを水中で実行したようなものだ。触れた水が押しのけられ、底が露出する。


 その底にあったものこそ、着色されて目視可能となったスライムの核だった。



「面倒くせぇ………ああ、でもスキルを使ったまま手のひらで覆ったことなかったな。さて、どうなることやら」



 折畳スキルではないなにかでスライムの肉を退けたあと、ブヨブヨとした感触の核や内臓を掴み、スキルを発動。次の瞬間、バチュッと水が弾ける音がした。


 核を中心に内臓が幾重にも折り畳まれ、ついには原型を留めぬまま分散した。


 生命維持に要する器官が砕かれ、キメラは小刻みに痙攣したあと、死肉を掴んだまま動かなくなった。


 静寂が訪れる。


 誰もがなにも発さない。振り返れば、唖然としたまま俺を凝視している。


「………キョーちゃん?」


 あれだけ連続でスキルを使い続けたにしては、奏さんよりもスタミナがある龍弐さんが、ゆっくりと歩み寄った。


「い、今のってさぁ………もしかしてセカンドスキルなんじゃない、の?」


「………」


「キョーちゃん?」


 俺は反応したつもりだが、口がどうも動かない。


 じっと龍弐さんを見つめたまま、なにも喋れないでいると、怪訝そうにした龍弐さんが肩を揺さぶった。


 まるで古典的ではあるが、その衝撃で俺の意識と肉体がやっと繋がって、数回の瞬きのあとに、やっと声を取り戻した。


「っあ………ハァ、ハァ」


「え、なにその反応。大丈夫? 意識だけお空の彼方に旅行してた?」


「すみません。そんな感じです。自分自信、なにが起きたのかよくわからなくて」


 呼吸はできていたはずが、なぜか息苦しさを感じて、肩を大きく上下させる。龍弐さんの言うバッドトリップみたいなものだ。本当にそれ。肩を揺さぶられてやっと俺のなかにいた誰かが去った。そんな感覚。


「す………すげぇ! すげぇっすね、京一の兄貴! 鏡花の姐さんに続いて、セカンドスキルを覚醒させたんすか!?」


「え………あ、そっか。確かにそうだよな。もしかしてセカンドスキルなのか!? 今の!」


 興奮気味の迅がはしゃぎながら叫ぶと、龍弐さんに指摘されたセカンドスキル覚醒への期待が高まる。


 俺の体が誰かの支配下にあった時は、そこまで興奮することはなかったが、実感を得ると喜びがやっと押し寄せた。


 俺はこのパーティのなかで、唯一セカンドスキル所持者である鏡花を見る。彼女は、いや彼女たちは、マリアの介抱によって疲弊を癒していた途中だった。


 スタミナが切れて座り込んだ奏さんはもちろん、これだけ長くスキルを発動させていた利達、そして精密機械顔負けの、人間の反射神経を上回るほどの作業に没頭していた鏡花は目にダメージを負ったようで、アルマが差し出したであろう濡れた布巾を顔に乗せていた。


「あ? あー………そんなの、実際に見てみねぇとわからねぇわよ」


「つ、つってもよぉ………お前だって実際に見てただろ?」


「終盤は視界が霞んで、よく見てなかったっての。私が見たか見なかったかより、確実に確かめる方法があんでしょうが。ほら、ステータス開きなさいよ」


「あ、そうか」


 俺としたことが、便利な方法を失念してしまっていた。


 鏡花に言われたようにステータスを確認する。「拡大化して欲しいっす」と迅が、「早く早く」と龍弐さんにせがまれながらも、すべてのオーダーに応えて───


「あ、あれ?」


「なんでっすか?」


「えー。アレ、絶対セカンドスキルだと思ったんだけどなぁ」


 プロフィールからスペックへ移動し、下へとスクロールするも、スキル覧にはひとつしか表示されておらず、セカンドスキルが顕現した様子はない。


 がっかりしながらスクリーンを閉じて、それからいつもどおり倒したモンスターからなにか剥ぎ取れないかと視線を移動させた───その時だった。




『マリアチャンネルの諸君。ご機嫌よう』




「は?」




 閉じたはずの俺のスクリーンが勝手に起動し、男の声が響いた。


ブクマありがとうございます。

予想以上に長く更新できませんでした…これも新作に浮気したせいですね。これ以外に短編やら、色々書いております


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