第171話 全快で行っていいぞ
袋はキメラの背中、ウッドアームコングの左腕に直撃する。その後、奏さんはそれでも物足りないのだろう、八つ当たり同然に生石灰の袋を投入。それこそウッドアームコングの双腕が生石灰だらけになるほどに。
スライムはほぼ水分で構成されている。そこに生石灰を注げばどうなるか。
まだ日本の首都が東京だった時代、食品の乾燥剤として封入されていた生石灰の小袋が水に触れ、発熱し火災となった事例がある。それと同じだ。ただ水と生石灰が大量に混じっただけ。最初こそ怪訝そうにしていたキメラも、徐々に異変を察知する。
「キェェェエエエエエ!!」
キメラが咆哮を上げた。
ウッドアームコングの双腕が水蒸気を発し、やがて肉の脂に引火する。
ついでに被弾した破損箇所───スライムが露出し修復剤となった場所でも同じ現象が起こる。腕と足が火に呑まれたキメラは足掻いて鎮火に努めるが、火勢は衰えることを知らない。
「そうか………この爆発的な火力は、キメラゆえか!」
初見のアルマは、奏さんのマジキチスライム殺しに最初こそ引いていたが、仕組みを理解すると感慨深そうに何度も首肯する。
「どったの? アルマさん。キメラゆえって?」
龍弐さんが首を傾げる。
「キメラはスライムが支配した肉体で構成されるけど、ただ結合しているだけで融合とは呼べない。生物じゃないんだ。スティンガーブルの角ならともかく、ウッドアームコングの両腕なんて内側は生物だから、血が通ってるはずがない。いずれ腐り落ちる。あの発火現象は、腐敗した肉から出るガスに引火したんだなって」
「ああ、なるほどねぇ。そう言われてみりゃ確かにそうだ。………ん? じゃあさ、もしかしてこれって、チャンスとピンチが同時に迫ってるって感じ?」
「………多分なぁ」
一挙にふたりの顔色が悪くなる。
気になるのはチャンスとピンチだ。一方がポジティブで一方がネガティブ。それが同時に迫る。
しかし龍弐さんとアルマの顔色から察するに、ネガティブな方を問題視しているようだ。
すると、ふたりの恐怖を他所に、まるでひとっ風呂浴びてきたかのようにサッパリした面持ちで戻ってきた修羅が、陽気な声をしながら手を振った。
「いやぁ、いい汗をかきました。やっぱり全国の女性の敵たる汚物は焼却処分するのが圧倒的な効率を………おや? どうかしましたか、龍弐?」
「んー………ちょっとね。ここからは、賭けに出るかもしれないって話し」
「賭け?」
あれだけひとが変わったような暴れっぷりを見せておきながら、ストレス発散し終えると毒気が抜けたような綺麗な笑みをするのだからコメント覧がまた騒然となる。アルマなんてちょっとビビってた。
「キメラは他のモンスターの死肉を纏ってるから、当然腐る。ウッドアームコングの腕の燃えっぷりがすごいようにね。でも………問題は腕じゃない。胴だ。奴さん、とんでもないモンスターを取り込んでやがったよぉ」
「………サラマンダー!」
「そぉ。サラマンダーなんて火炎放射器みたいなモンスターのなかには、今は通常の何倍もの燃料が積載されてるも同然ってこと。とんでもねぇ火薬庫だよ。引火でもしたら………ボックスみてぇなこの空間を一気に焼き尽くすかもしれねぇ」
理屈はわかった。外見は強固な鱗で覆われ固定されている影響で変わりないが、中身がグズグズに腐りかけているかもしれないということ。………いや、注意深く観察すれば、特徴はある。
サラマンダーの口腔だ。
自分の吐く火炎で歯が焼け落ちていた。歯茎や舌も同様。だらしなく開いた口からは涎と体液が漏れ出している。すでに体内から崩壊が始まっているのかもしれない。
「奏がスライムを見てブチキレるのはわかったけど、もう石灰をぶつけるのはやめてくれ。俺のスキルも限界がある。さすがに広範囲まではカバーできないからな」
「そのようですね。了解しました。………ならば。私たちが用意していたプランに移行するしかないでしょう」
一通り不満を吐き出した奏さんは冷静さを取り戻す。安心した。
「そのプランってのは?」
「私たちのスキルを合体させたものです。その名もエターナル・ブリリアント・ゴージャス───」
「あ、奏さんや。そのダセェ作戦名は却下ね?」
「───ブチ殺しますよ龍弐?」
龍弐さんが火に油を注ぐから、また奏さんがハッスルしかける。睥睨された龍弐さんは、戦闘時ゆえかいつもの昼行灯ぶりを消し、やっと火勢が消えつつあったキメラの動きを注意深く観察していた。つまり無視。
「で、作戦名じゃわからないから具体性を教えてもらえると助かるんだけど?」
「コホン………失礼しました。私、龍弐、鏡花ちゃん、利達ちゃんのスキルを合わせるんです」
「えっと………つまり、製造、加速、置換、回転?」
「そうです」
作戦名はともかく、このプランを考えた奏さんの才能は恐ろしく冴えていると思った。
最初は奏さんと龍弐さんの、製造と加速を合わせただけのもの───それでもとんでもない威力だったが、そこにふたつのスキルを加えることで破壊力は十倍以上と化す。
「サラマンダーの鱗は、エリクシル粒子適合者の剣戟であっても傷を付けるのが精一杯でしょう。しかし、強固な外装であっても、私たちなら貫通できます」
「やったことはあるのか?」
「一度だけ」
「結果は?」
「成功率は七割。成果は上場。ただし、これは敵が単体であることが前提です。しかも動きを止めなければなりません。私も作戦に集中します。しかし仕事が終わると私は体力が尽きて動けなくなります。アルマさん。指揮をお願いできますか?」
「あいよ。京一と迅の指示出し。マリアの防衛。サラマンダーの火炎封じ。これが俺の仕事だな。できるよ」
「感謝します。………正直、アルマさんがいてくれて助かりました」
「気にすんな」
確かに。奏さんの言うとおり、アルマがいてくれて本当によかったと思う。
前衛に割り振られる俺は迅への指示出しはできるが、マリアの防護に気配りできるほど器用ではない。そこにアルマが加わることで、俺の悩みも解消される。
そしてチームが三分割された。
「京一。迅。全快で行っていいぞ」
「了解」
「うっす!」
後ろは任せられる。それは以前からそうだったが、アルマの参入でボスの守りを完全に委ねられ、かつダイレクトで指示を受けられる。奏さんとはまた違う、堅牢さが理解できた。
これまでとは異なるフォーメーションだが戸惑うことはない。むしろ智将の傘下に入った気分だ。頼もしさしかない。全快で行けなどと、言われたことがない。アルマは俺と迅の全快さえ御するつもりでいる。
上等。なら見せてやろうじゃないか。俺の全快を。
俺と迅は非武装を前提とした、このチームのパワー担当だ。スピード担当の龍弐さん、テクニック担当の鏡花、奏さん、利達とは違う。
手数で削るのではなく、一撃必殺を念頭においている。使い方を誤ればすぐ危うくなる。
御すには指揮者にも相当なレベルを要されるが、アルマなら問題ないだろう。多分。これは俺の勘だ。
「行くぞ迅! 続けッ!!」
「オスッ!」
迅がスキルでレベルを向上させ、一時的に俺に届くまでのスペックを得ると、飛び出した俺にしっかりと続いた。
いつもありがとうございます。
ペースは衰えましたが、一回更新しただけでこのPVの跳ね上がり方………大変嬉しい限りです。
いただいた感想へのお返事は、また後日行わせていただきます。久々の執筆に夢中になっておりますが、以前と違って時間が取れないのが現状です。
それと、今は夜に更新していますが、いつもは朝にしていたのですね。次回から朝に更新をさせていただきますので、よろしくお願いします。