第168話 四種類は別次元
「キメラが最初に出現したのは、茨城ダンジョンって言われてる。スライムの亜種進化形だ」
「スライムなんですか!?」
「ああ。特定の条件を満たしたスライムが進化するんだ。その条件は、同時に複数のモンスターを捕食すること。例えばワーウルフとソニックピューマを同時に食べたりしてな。結果、そのモンスターを配合して、いいところだけを抽出して肉体にするんだ。まるで受肉するみたいに」
なるほど。だから合成獣というわけだ。
ファンタジー漫画でいうキメラは、大抵自然界で生まれず、人為的に配合されたりしたモンスターだが、このダンジョンではモンスターの手による独自の進化形態というわけだったのだ。
「それがなんで、雑魚なんですか?」
「キメラは捕食したモンスターの種類によって強さが決まるんだ。多ければ多いほど強くなる。一度キメラになったからって、進化が止まるわけじゃない。それからまた別の種類のモンスターを捕食すれば、また特徴が増えていく」
「七海さんは、どれくらいまで倒せたんですか?」
「二種類から三種類程度なら、なんとかなるよ。京一なら一撃で仕留められる。でも四種類からは………次元が違ってくる。なんたって、いいところを四つも持っている。三つくらいならなんとかなるけど、俺は四つからは厳しいかな」
アルマでも厳しいというなら相当だ。
いや、俺たちだって最近そういうモンスターと遭遇したばかりだ。
ディーノフレスター。龍弐さんと同等の加速。奏さんと同等の攻撃力。迅と同等の防御力。スキルを駆使した五人が一斉に襲い掛かっても、相手の攻撃を阻止するので精一杯だった。
もし、あれにあとなにかひとつでも加算されていたとすれば、俺たちに勝機はあっただろうか。
マルチタスクに長けたモンスターが敵となると、手段も限られてくる。アルマが練るであろう戦略とやらが、どこまで有効となるか。
「龍弐。敵の特徴は?」
「蜘蛛みてぇなモンスターだよ」
「八つ足か?」
「いや、六本。でもありゃなんだ? ………そうか。スティンガーブルの角だ。胴体から生やして、足みたく動かしてる。胴体は金属色………ああ、メタルイーター種だね。馬みてぇだ」
「他に目だった特徴は?」
「首が長い。尻尾も。蛇………いや、トカゲだ。真っ赤なやつ」
「………サラマンダーだ」
「そう、それ。奴さん、バランスってやつを知らないみたいだねぇ」
聞いているだけでも酷いイメージだ。
馬の胴体に牛の巨大な角が六本生えて足になって、顔と尾がサラマンダー。サラマンダーというだけでも超絶レアな固体なのに、よくぞ発見して捕食できたものだと感心さえする一方で、もっと効率のいい分配ができただろうにと呆れさえ覚える。
「けどこれじゃあ、あの木を投げるどころか抜くこともできない。尾は想像どおり胴体のバランスを取る役目をしているだろう。龍弐。あとひとつ、なにかあるはずだ」
「流石だね、七海さん。あるよ。あれは酷い」
「どんなだ?」
「背中からね、腕が翼みたく生えてらっしゃる。ありゃあ………ウッドアームコングだ」
「四種類かぁ………わかった。戻ってくれ」
アルマはまだ見ぬ敵の挙動を、その方角を睨むことで警戒していた。
これですべてが繋がったことになる。
昨日見た痕跡は、俺たちを狙うキメラの尾だ。サラマンダーなら赤い鱗をしている。爬虫類のようにひと繋がりの皮を脱がないのがキメラの特徴か、あるいは俺たちをおびき寄せる餌として配置しやがったか。
また、あのスティンガーブルの巨大な角を、胴体と腕と頭と尾を持ち上げるための足とするなら、周囲に足跡らしい形跡が目立たないのも頷けた。
最後に、龍弐さんが確認した躯はサラマンダーが吐く火炎であることも。
木から飛び降りた龍弐さんに、アルマは追加で質問をした。
「龍弐。キメラの体格は?」
「全長十メートル前後ってとこかな」
「ハァ………参ったな。こりゃ、ボス級のキメラだ」
ボス級。
それはこのダンジョンの至るエリアを支配、縄張りとするモンスターを意味する。
通常種よりも巨大でレベルも高い。
群れの長というよりも、エリアを統括しているような存在だ。
この埼玉ダンジョンはモンスターが群れで出現するのが当然で、種類も多いため縄張り争いが頻繁に発生するためか、これまでボス級と遭遇しなかったが、とうとうこの時がやってきたか。
「奏」
「はい」
「もし仮に、俺がサラマンダーの炎をどうにかできたとする。………その上で、四種類配合の、しかもボス級キメラを倒すことは可能だと思うか?」
俺たちに料理を振る舞う時は、あんなに活き活きとして、笑顔の絶えなかったアルマが真剣な表情で奏さんの意見を求めた。
奏さんは五秒ほど黙したのち、はっきりと断言してみせた。
「可能です」
「根拠は?」
「四種類の配合がなんですか。こちらには七人のスキル持ちがいます。これは慢心などではありません。メタルイーター種の対策も万全です。そして………以前から考えていたプランを実行に移すなら、今しかありません。信じてください。七海さん」
「………わかった。信じる。ああ、それから」
「はい?」
「俺のことは、これからアルマって呼んでいいからな? 俺だってみんなのことを名前で呼んでるんだし」
「わかりました。アルマさん」
アルマのなかで仲間意識が芽生えたのかもしれない。親しくない奴に馴れ馴れしく名前で呼ばれたくはないし。
そこからは早かった。反撃に転じるため動き出す。
とはいえこちらは遠距離攻撃に適しているわけではない。せめて中距離。そこから真価を発揮する。
「来たぞ!」
視界に捉えた長い物体がエリアの天井ギリギリまで到達するほどの高さに打ち上げられる。
キメラが引き抜いた巨木。ウッドアームゴリラの腕で投擲した、敵のイカレた遠距離攻撃。
その攻撃に対し、一々防御していてはこちらが余分な体力を消耗するだけだ。奏さんが「走って」と指示し、進行速度を上げることで落下地点から離れる。
道なき道を走り、そして───
「見えた」
キメラの足を目視した。
「けど、なんか変じゃないですか? スティンガーブルの角って、あんなに大きかったでしたっけ?」
あのキメラが足とするスティンガーブルの角が、極めて巨大なものだったことをマリアが指摘する。
「グルメな奴か、魔改造好きな個体なのかもな。スティンガーブルの角は年を増すごとに大きくなる。老生体になると、むしろ邪魔になるくらいだ。あいつは老生体を食いまくって、しかも途中で折ることで関節を作りやがったに違いない。なら、なかに神経の役割をするものがあるはずだ。狙ってみるのも悪くない」
アルマの言うとおり、スティンガーブルの角にしては大きく、そして歪な曲がり方をしていることから、その分析に納得がいく。また狙うべき弱点も浮き彫りとなった。
「問題は、それを奴さんがさせてくれるかどうかだけどねぇ」
龍弐さんはまだ仕掛けない。ボス級とはいえ十メートル。これまで会敵した巨大なモンスターのなかでは小柄な方なのだが、合成獣の名のとおり、攻撃パターンが組み合わさっていると予想できるため、接近するべきかを、見極めている。
「とはいえ悠長にはしてられねぇ。ああ………やっぱり来た!」
キメラがついに首を持ち上げて、俺たちを見た。
サラマンダーの顔と尾を持つキメラの口から炎が漏れる。ここにいた冒険者たち同様、俺たちを焼き殺すつもりだ。
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