第167話 キメラ
「ところで七海さん」
「うん?」
「七海さんはかなりお強いことはわかりました。しかし、どうしても避けられないと判断した場合、無理をせず私たちの後ろに下がってくださっても結構なんですよ?」
支度を終えて出発する。途中で奏さんがアルマに提案をした。
アルマはレベルでいえば鏡花より上だ。このパーティに入れば、俺の下。第四位にはなるだろう。それはこれまでソロ活動をするしかなかったゆえ、経験値を独占してきた結果だ。もちろんそこには多大なる努力があった。
奏さんの質問の意図は、なにもアルマが戦闘向けではないと告げているのではなく、食事に関わるので怪我をされたくないと、やんわりと遠回しで伝えているようなものだった。
ところがアルマは、奏さんの意図を理解してか、していないかは知らないが、笑いながら首を横に振る。
「下がらないさ。年下に戦いを任せて、自分だけ逃げられるかよ」
「でも」
「おっさんの意地とプライドと我儘さ。そりゃヤバくなったら助けてもらうつもりだけど、それ以外は一緒に戦わせてもらうよ」
良いひとだ。本当に。どこぞの自爆魔にも見習ってほしい。なにこの協調性。ガキの俺たちまで尊重してくれるなんてな。
「それに」
「はい?」
「突破力も、必要になりそうだしなぁ」
アルマが前方を鋭い視線で捉えた。瞬時に龍弐さんが動く。相手に先手を取らせないために。
しばらくすると、龍弐さんが戻ってきた。
「どうだった?」
「………ダメだね。もうとっくに仏になってる」
ついに被害者を発見してしまったということだ。
アルマと龍弐さんが見たのは戦闘の痕跡だった。俺も注意深く奥を見てみると、焼け焦げた跡がいくつもあった。
「攻撃の特徴は?」
「火炎放射。炎属性タイプのモンスターってことだね」
「炎………ふむ」
龍弐さんの報告で考え込むアルマ。数秒で答えを出す。
「ここはもう、テリトリーって考えてもいいと思う。もう戻ろうが迂回しようが同じだ。もしかしたらまだ近くにいるかもしれない。警戒を怠らないよう………あ、やべ。ごめんな。つい張り切っちまって。出しゃばっちまった」
「い、いえ。私も同意見でしたので」
突然指示を出すものだから驚愕したが、それとは別でいつも奏さんが担当する司令塔として遜色ない指揮にも驚いた。
「七海さんは戦闘指揮の経験があるんだぁ?」
「一応な。でもずっとソロだったし、こんなのあっても役に立たないだろ。それに新参者の俺がやっても、みんな気持ちいいはずがないし」
元ラーメン屋の店主として、営業の指示だしが役に立ったということか。でもそれの戦闘版にしても、板についている。
「そんなことはありません。もしかすると、本当に戦闘時にお願いする場合もあると思います」
「え、なんで?」
「私も戦いになると、どうしてもそっちに集中してしまい、各自判断をしてもらうような指示しか出せない場合があります。的確な指示が出せるひとは、ひとりよりふたりいた方が心強いです」
このマリア率いる豊かな個性で殴り合っているようなチームは、活動面ではマリアが、戦闘面では奏さんが指揮してきた。
これまではそれが当たり前だったし、誰も異を唱えなかった。疑うはずもなく、各自判断をして動くのが当然のようにも思えた。
しかし奏さんはそれを悔いていた。彼女はレベル的にも俺より上。第二位だ。装備は集中しなければフレンドリーファイアしかねない凶悪な強弓なので、どうしてもおざなりになってしまう時も、思い返せば二、三回はあったような。
もしアルマの参入が確定すれば、今よりももっと楽に戦えるとすれば。確かにこのチームにとってプラスだろう。
「わかったよ。その時は言ってくれ。俺もこの三日間で、お前たちのことを少しずつ理解できてきた。最適解かどうかはわからないけど、やってみるよ」
「お願いします。では、今後はどうするべきだとお思いですか?」
「迂回はしないとは言ったけど、仏さんはできるだけ避けて直進しよう。強襲がどこから来るかわからない以上───龍弐ッ!!」
「チッ!!」
それは突然と言えた。
アルマが叫ぶと同時に龍弐さんが跳ぶ。上空───斜め前へと。
俺が龍弐さんを視線で追う頃には、飛来した巨木が日本刀で一刀両断された時だった。
「なんだ!? 敵っすか!」
「ああ、そういうことだよ。もう敵は俺らを見つけてる。まんまと先手をくれてやっちまったが………後手に回ろうが、攻勢を削いでやれば相手のターンを無くすことができる。アドバンテージを作るぞ」
「え、えっと………どういうことっすか?」
敵襲についてまったく怯む様子がないどころか、防御から反撃に転身する速度が奏さんの倍はあるアルマの言葉に、迅は首を傾げた。かくいう俺も、実のところそうなのだが。アルマの言葉の真意を理解できない。
「あー………つまり、敵はもうこのエリアにいるんだから、今は攻撃を受ける一方だけど、反撃を続けていずれ相手の攻撃できる余裕を奪ってやろうってこと。オーケー?」
「なるほど。そういうことっすか。………でも、どうやってっすか?」
「反撃しまくりゃいいんだよ。この三日間お前たちを見てきたけど、ちゃんと防御ができるようだけど攻撃力が凄まじいし、むしろ攻撃する方が好きだろ? ダメージコントロールはこっちでやってやるから、お前たちはここだって思った時に攻撃すりゃいい」
本当にそんなことができるのか。と疑うも、アルマはなんだかんだ言ってもできる男だと思う。一瞬だけどあの龍弐さんを使ってみせたのだから。
そして当の龍弐さんは、防御を完了させてからすぐに偵察に転身。手近な巨木を垂直に駆け上がり、上空から敵の姿を確認した。
「七海さん。敵の姿が見えた! ありゃぁ………キメラだ」
「キメラかぁ………なるほどね。どおりで不可解な痕跡しかなかったわけだ」
龍弐さんの報告に、アルマは深く息を吐いて、巨木が飛んできたばかりの方向を見上げた。
真っ二つにされた巨木は根に泥が付着していて、まさに大根の収穫ように抜かれたばかりであるとわかる。凄まじい膂力から推定して巨大なゴリラをイメージしたが、キメラとなると話が別だ。
「キメラってなに? アルマ先輩」
「合成獣って言ったほうがいいかな? とにかく色々なモンスターが混ざり合った、ヤベェ奴のこと。レアだからたまにしか遭遇しないはずなんだけど………」
不安そうにする利達の質問に、アルマは渋面して返した。
アルマの言うとおり、ダンジョンには稀にそういうモンスターが出現する。
これまで俺たちは原種から進化したような形状の生物にしか遭遇しなかった。猫や犬や熊や牛や、果てには呪物精霊とかいう馬が歪んで進化したような化物まで。
生命の進化の究極の姿と論文を発表した学者もいたそうだ。
交戦するしかない以上、壁となる迅に庇われるフォーメーションに移るマリアが尋ねた。
「七海さんは交戦した経験があるんですか?」
「ん………二回くらいかな。でも、キメラのなかでも雑魚な方さ」
「雑魚?」
「キメラにも色々あるってこと。そうだな、例えば───」
キメラなんぞと遭遇した経験のない俺たちは、驚愕の事実を知ることとなる。
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