第166話 ジャパニーズソルジャーは化物か
ニンジャの狩猟は狡猾にして綿密なトラップを張り巡らせるだけではない。
急を要する場合には飛び道具を使うことが多々あった。
そのエイムは特殊部隊のなかでもトップであり、近、中距離のエキスパートである。
ニンジャが投擲する矢はすべてエージェントに命中し、行く道には倒れた男たちが痙攣していた。
そして狩猟の腕も一流である。着実に数を減らしたエージェントたちが、やがて最後のひとりとなると、気付けば袋小路に追い詰めていた。
「ひ、ひぃ………来るな………来るなぁぁああ!」
金髪碧眼の青年が壁に体を押し付けて叫ぶ。
だがどうあっても逃げられないと悟ると、意を決した瞳をする。
エージェントたちはただの一般人ではない。本国でスパイなどの技術を叩き込まれたエリートだ。ニンジャという不気味なコードネームに臆して逃亡はしたが、やむなしと決めた時には相手を殺すという選択肢を躊躇いもなく選べる。
「ミスター………いや、ミスか? わからないが………こうなった以上、悪く思わないでほしい。私たちも仕事でここに来ているのだ。遊ぶつもりはない!」
膝立ちとなると同時に、膝のホルスターから拳銃を引き抜き、構えると同時に引き金を引く。
驚くべきクイックドローは、彼がエリクシル粒子適合者となることで従来の倍以上の速度を可能にした。
ところが、銃弾がニンジャに着弾することはなかった。ニンジャの斜め後ろの壁に直撃する。
「ど、どうなっている!?」
立て続けに発砲するも、弾は両サイドに自ら抜けていく。まるで意思を持ち、ニンジャを避けるように。
エージェントの視界に捉えたのは、終盤での、ニンジャの動作にやっと目が慣れた頃だった。
「馬鹿な………銃弾を叩いて反らしている、だと!?」
驚愕すべき事実だったが、それがすべてだ。
ニンジャは右手だけで発砲を防いだ。目にも留まらぬ速度で接近する銃弾を、横から叩いて弾いていた。それでいてニンジャの手は無傷だったのである。
「ジャパニーズソルジャーは化物か!?」
エージェントが慌てて弾倉の交換を行う。
その際に行った瞬きは二回。その一瞬にも満たない時間が命取りとなった。
カメラのシャッターのように、画像が更新されていく。一回の瞬きで距離が半分に詰められ、二回目でニンジャは目前に立っていた。
エージェントはカタカタと震え、拳銃に弾倉を差し込もうとするが、なにかに阻害されて挿入できずにいた。
持ち上げてみると、溶けたゴムのような樹脂がグリップに押し込まれて硬化していたのだ。ニンジャはただ接近するだけでなく、銃さえも無力化してしまったのである。
こうなると、もう成す術はない。ナイフを所持しているが、抜かせてもらう時間すら与えられないだろう。情状酌量を求め、男は銃を手放す。
「わ、わかった………降参だ。降参す、グブッ」
降伏を示すため両手を上げた瞬間、ニンジャのブローがエージェントの腹部に突き立った。
一流のスパイとなるべく心身を鍛え、特殊な訓練を受け、エリクシル粒子適合者になることで鋼のような筋肉を得たエージェントの鉄壁な腹筋でさえ通用しない一撃に、意識を奪われ、地面に沈む。
『………終わったか?』
オペレーターが囁く。
通信は音声のみで、映像までは届かない。高性能かつオリジナルカスタムされた政府直轄の特殊部隊が所有するスクリーンでも、これが限界だった。
ニンジャは一撃で倒したエージェントと、来た道に転がしておいたエージェントたちの人数を思い出し、スクリーンをタップする。任務達成を報せるメッセージを送信した。
ニンジャは声を発さない。それが政府に協力する条件でもあった。最初は渋られはしたが、実力を発揮し、次々とエージェントを拿捕していくことで、もう誰もなにも指摘はしなくなった。
『了解した。エージェントの命は?』
この質問に対し、ニンジャは「抹殺済み」と返す。
『流石だな。エージェントどもは一ヶ所にまとめておけ。どうせ朝になればモンスターどもの餌となる』
オペレーターは極めて冷徹だった。
ダンジョンを便利な処理場としか考えていない言動だ。
ちなみに、エージェントたちの国籍を分析しようにも、総じて徒労と終わるのが常である。
エージェントたちはエリクシル粒子適合者となり、冒険者としてのライセンスを得たあと、ダンジョンに潜伏している協力者の手を借りて整形手術をして活動するためだ。
魔改造を施したスクリーンは、使い手が死亡するか、気絶するかで必要な情報を抹消される仕組みとなっている。ならば最初からいなかった者として扱う方が早い。
『これで任務完了………と言いたいところだが、追加でお前に任務が届いている。心して聞け』
オペレーターの声に不穏なものが混じる。彼とはそれなりの付き合いだが、初めて聞くトーンだった。
『現政界を支えるスポンサーがリトルトゥルーなる事務所に所属するマリアチャンネルだか知らないが、新人配信者を気に入ったそうだ。遺憾なことだが、この小娘たちを失えば、どんな制裁が待っているかわからん。お前はこれまでどおりあの小娘らを追え。そのエリアごとに任務を加算する。そして───』
オペレーターが、ぐっと声を低くして唸った。
『必要があると判断した場合、マリアチャンネルを滅ぼす。タイミングはこちらで指定するので、お前はいつでも後ろから奇襲できるよう、一定の距離を取りながら見張っておけ。以上だ』
この男の冷徹さは揺らぐことがなかった。
まだ十代の少女であっても弊害になるなら殺す。そこになんの躊躇いもない。
また、ニンジャも異質なほどに冷徹だった。「了解」とだけ返事を返すと、スクリーンを閉じる。
少しだけ間を置いて、仕留めたエージェントたちに視線を落とした。オペレーターの指示では一纏めにしておけ、とのことだった。そうすれば彼らはただの肉となり、モンスターたちの絶好の朝飯となる。
反撃してきた珍しいエージェントの男を持ち上げ、肩に担ぐと、ニンジャはよろけることもなく洞窟を戻り始めた。
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「やっぱさぁ。朝食にマジであったけぇ味噌汁飲めるだけで違うと思うんだよねぇ」
翌日。八人分以上の味噌汁が温められた状態で提供されたのに感激し、一口飲むとまた感激した龍弐さんが叫び出す。
気持ちはわかる。なんていったって作り立てだ。出汁がよく利いていて、ワカメと豆腐のみという簡単な具材であっても感激を覚える。塩気は強すぎず弱すぎず、適度という言葉がこれほどマッチした味はない。
ガスボンベに接続された巨大な炊飯器から、炊き立てかつ粒の立つ白米と、塩じゃけと、簡単な煮物。ついでにサラダ。日本の一般家庭でもよく出る───かどうかは不明だが、とにかく日本人なら愛する献立が、とにかく感激するレベルで温められて出てくる。これで泣かない奴はいない。
「ダンジョンで食える飯じゃないっすよ、これ!」
白米をグイグイと飲み込む迅の言うとおりだ。
「みんな。おかわり、いるか?」
自分が最後に箸を持っておきながら、真っ先に食べ終えたアルマが俺たちに尋ねる。
最初に迅が茶碗を突き出し、俺、龍弐さん───カウントするのも面倒なくらい、全員が順番に白米のおかわりを頂戴する。
「みんな朝から元気だなぁ。朝からよく食べられるのはいいことだぞ」
最後に自分の白米をよそって、そして瞬時に平らげたアルマ。俺たちを見て笑いながら、調理と平行しつつ、中盤に差し掛かった洗いものに取りかかる。
アルマと同行するようになって三日。二回目の朝。もう俺たちは、アルマの飯抜きでは生きていけない体になっているのかもしれない。
これって一種の洗脳かな? まあ、うまいからどうでもいいや。
たくさんのブクマありがとうございます!
あれだけ血生臭かったのに、この落差です。