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第165話 ニンジャの狩猟

 ───シャリン。と涼やかな音が鳴る。


 東松山市跡地のフィールドボックスエリア手前で、鈴が鳴った。


 黒い衣とフードを目深に被った者が、ダンジョンの光源となる光を発する鉱石から離れた暗がりで、スクリーンを起動した。


 そこには通常の冒険者には実装されていない、広範囲でビーコンを拾えるレーダーがあった。


 南に一定の数があるが動く気配はない。就寝中だとわかる。


 だが西は違う。冒険者のものだとわかるビーコンが十個、現在も北へと移動していた。



『任務開始。エージェントと思しき集団の非合法な取引を確認した場合、即刻処分せよ』



 ダンジョンの外───日本の新たな首都、西京都にいるオペレーターが広域通信で命令を下した。


 次の瞬間、その黒い何者かが移動を開始。通常の冒険者ではこちらのビーコンを拾えない距離から尾行を開始した。


 しばらく歩き、これまでいたフィールドボックスとは異なるエリアに出る。そこは洞窟を思わせる空間だった。


 洞窟というのは絶好の採取エリアだ。埼玉ダンジョンはとりわけ知られている部分だけでいえば自然が繁殖し、採取ポイントが多く望めない場所だ。モンスターのレベルが高く、群れで襲いかかってくるため冒険者はレベルアップ場所として修行に使っている。


 だが修行の他にも、冒険者としての生業を成立させる難易度の低い希少な鉱物を採取できる場所でもあった。


 

『ビーコンのロストを確認』



 オペレーターが告げる。


 言ったとおり、十個のビーコンのうち、七つが同時に消えた。


 現時刻、午後二十時過ぎ。モンスターは朝から夕方にかけて行動するので、モンスターにやられたとは考えられない。


 なにが起きたか。


 それこそ昔名を馳せた元冒険者が嘆く問題だった。


『上の判断を待つまでもない。現時刻をもって対象勢力をエージェントと断定。非合法の取引を行なっている可能性大。処分せよ。急げ!』


 オペレーターの声に熱がこもる。


 非合法な取引。そしてエージェント。これが日本を悩ませている原因でもある。


 現在、冒険者は日本人だけの特権ではなくなっていた。


 二百年前のツケを払えと支援国が要望を出した結果、ダンジョン原産の特殊鉱物が欲しければ自ら採取すべしと返答した日本政府が、諸外国から送られてきた大勢のエージェントを拒めるはずがなく。彼らは日本に滞在している間にエリクシル粒子適合者となり、ダンジョンに挑んだ。


 結果、冒険者の特権である粒子化送信システムを解析され、魔改造を施されることとなる。


 通常であるならば、鉱物などを送るには税が発生する。外国へ送るならなおのこと高額となるのだが、エージェントらはそれらの課税を踏み倒すつもりだった。改造に改造を重ねた特殊なスクリーンで鉱物などの素材を送ると、税が課せられず、すり抜けて自国に送られるのである。


 日本が壊滅状態に陥ってから二百年。化石燃料の枯渇化はより顕著となり、様々なエネルギー問題が浮き彫りとなる昨今。ダンジョンで採取した鉱物や素材が新たなエネルギー源となることが判明したのは、すでに言うまでもない。


 日本だけが得をする現状に異を唱える国も少なくなかったが、日本としても国民の奴隷化をなんとしても避けたかったのだ。


 課税されることなく送られる資源に頭を悩ませるのも言うまでもなく、しかも各国のエージェントたちが自国に送ったダンジョン原産の素材が政府によって管理されるならともかく、裏ルートを通じて流通しかけていると噂も聞く。犯罪や戦争にまで導入されれば、各国の非難がより増加するかもしれない。


 よって日本政府は、ダンジョンの内部を管理するエリクシル粒子適合者のなかでも強豪を集めた特殊部隊を編成。そのなかでも群を抜いた功績を挙げる者。それがエージェントたちのなかでニンジャと呼ばれ恐れられた、年齢性別出身すべてが不明な使者だった。


 そしてニンジャは、今日もダンジョンで非合法取引を行おうとするエージェントたちを猛追し、粛清を与えんと猛威を奮おうとしていた。


 ビーコンを消失した地点に数秒で急行する。


 そこからは腰の鈴を目立たせるよう、ゆっくりと歩みを進めた。


 これがニンジャの挨拶でもあり、代名詞でもある。当初こそジャパニーズアサシンとまで呼ばれ恐れられたが、諸外国が愛した日本の漫画、アニメ文化に感化された者たちがニンジャと呼称してから、それが定着したのである。


 それを聞いた者は無事では済まない。唯一大怪我をしつつも生還を果たした数名が語った体験談が、エージェントたちを恐怖のどん底に叩き落とす象徴と化す。


 鈴の音がやけに反響する洞窟で、魔改造を施したスクリーンでビーコンをあえて消失させていたエージェントが震え上がる。



「シット! ニンジャッ!!」



「ファック!」



「ブレイク! ブレイクッ!」



 鈴の音を耳にしたエージェントたちは、通路の奥に黒い影を視認し、口汚く罵りつつも散開を選択。


 資源採取任務を中断し、誰もが我先にと奥へと逃げる。


 するとニンジャは懐から細く手のひらに収まるサイズの筒を取り出した。軽く手を上げると、次の瞬間にはボッと空気が鳴り、幾多もの筒状のものが放たれていた。


 それらはすべてエージェントたちの首に突き立つ。歩調が狭まり、走る速度が低下すると、やがてバタバタと倒れた。


 それがエリクシル粒子適合者の耐久値であっても耐えられないほどの毒だと悟ったエージェントたちは、恐怖で奇声を上げながら走り続ける。


 しかし逃げたところで無駄であると、誰もが理解していたのだ。


 見たら最後。聞いたら最後。いつの間にか倒れている。生き残りの証言にあるように、どれだけ全力疾走したところで逃げられた試しがない。現にこのエージェントらを送り出した国も、ニンジャの危険性を認識し、徹底して対策法を考案したのだが、ことごとくが覆されていた。


 かといってエージェントらを送った国々が、日本に賠償を求めることも、厳罰を下すこともできなかった。


 エージェントらは不正取引を行なっていたのも事実であり、なによりニンジャが彼らを滅ぼしたという物的証拠がないのである。


 そもそもニンジャが日本に所属している証拠がなければ、なによりエージェントらがビーコンを消している以上、言い訳ができないのである。ビーコンはまだ生きている冒険者が発するもので、死者は使えない。エージェントらは自ら死んでいるのである。それが証拠だ。モンスターに襲われて命を落としたというのが関の山か。


 ニンジャの耳には絶えず『仕留めろ』とオペレーターが高圧的に命令し、倒れたエージェントたちを踏み越えて次のターゲットへと向かわせる。


「や、やめろ!」


 エージェントのひとりが流暢な日本語で制止を呼びかける。


「私たちは人間だ! 冒険者というのはモンスターを相手に戦うべきであって、冒険者同士の戦いを………殺し合いをするなど、間違っている! ブラザー! そう思わないか!?」


「そ、そうだともです! 私たちはです、戦うべきではないんだです!」


「攻撃をやめてください! 私たちがなにをしたのですか!?」


 エージェントたちは無罪を主張するが、それはニンジャに通用しない言い訳でしかない。聞く耳も持たなかった。


 ひとり、またひとりと筒状の───吹き矢などで使う注射器に似た矢で、エージェントたちを仕留めていくのだった。


ブクマありがとうございます!


もうすぐ年末年始ですね。去年は風邪でくたばっていましたが、今年は仕事で詰めたので、やらかすことなく健康で過ごしたいものです。

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