第16話 蟹食おうぜ
スキル持ち───通称《覚醒者》は、エリクシル粒子適合者のなかでもほんの一握りいる特別な存在である。とアーカイブで見たことがあります。
雨宮さんも目を皿のようにして探したことがあるとか。
ダンジョンでの配信者になるために勉強したなかでも、一際目を引いたのがこの項目です。憧憬さえ覚えました。
エリクシル粒子適合者は、関東ダンジョンから流出し、今や日本すべてを覆い尽くし、外国に流れることのないエリクシル粒子を取り込むことで、適合すればその資格を得ることができます。
ただし、政府に登録する義務がある以上、特殊な人材としていくつかの選択肢を強制的に強いられることとなります。
エリクシル粒子適合者は政府によって登録、管理され、国に従事することが定められています。
今や日本全域で十人にひとりは適合する時代。ダンジョンとは無縁の北海道から沖縄まで輩出。日本人を《新人類》もしくは《化け物》とまで言わせしめた原因。
適合者は得られたスペックを伸ばすべく、様々なカリキュラムを与えられ、優れたポテンシャルを獲得すれば割り振られた仕事に従事することができます。
通称《国の奴隷》。
一部は国家権力を有し、さらに政府の内部に侵入し、莫大な富を得たとか。噂程度の眉唾ものではありますが、不可能ではないと雨宮さんは言っていました。
ただ、強制的な選択肢は、限られた数から苦渋の選択を強いられるわけではありません。
私がその例となるでしょう。
私は二年前まで西京都の学校に通う一般人で、エリクシル粒子適合者として登録して以降、配信者になるべくリトルトゥルーに入門。こうしてダンジョン専門の配信者としてデビューしました。そこは申請すれば通ります。昔とは違うからです。
要は、国営か私営かを選択できるのです。
昔こそ───例えば先程コメント覧がお祭り騒動になるきっかけとなった、内三楓さんが伝説を築いた時代こそ、エリクシル粒子適合者の数も少なく、研究だって今ほど進んでいませんでした。
ゆえに政府はエリクシル粒子適合者をミュータントかなにかかを扱うような、多額な報酬を出す条件に実験材料同然とした背景があります。
エリクシル粒子適合者は全員軍隊もかくやという処遇を受け、人体実験の材料となり、そしてダンジョンで猛威を振るわせました。
しかしそんな凄惨な過去があったからこそ、先人たちの努力があったからこそ、今の日本は新時代を迎えることができました。
エリクシル粒子が国民の半数を死に至らしめた二百年前の事件で、日本は借金をしました。事件前は国から借りることでリスクを減らしていましたが、東京を失った痛手でそれどころではなくなり、結果として外国から借りなければならなくなるほど。
ですが新時代の幕を開けたダンジョンの冒険者を職業として認定してから、日本はその借金のすべてを返すことができました。
関東ダンジョンから発生する素材はすべて、これまで発見された鉱物や金属とは異なるものばかりで、加工のし易さと、なによりエネルギー還元率の高さで、世界中が喉から手が出るほど欲しがる資源となりました。
当時はレートなんてなかったので、ここだけの話───日本が好き勝手に定めたとか。
それから数十年。増え続けるダンジョン専門の冒険者が素材発掘を生業としても、枯渇する気配すらありません。無限を思わせるワンダーランドと化したのです。
………そして、その頃からでしょうか。
冒険者、あるいは配信者のなかでスキル持ちという特別な人材を確認したのは。
エリクシル粒子の覚醒を促す方法は未だ確定してはいません。しかし科学的根拠を突き詰め、仕組みを説くならば───エリクシル粒子が脳にまで達し、人間がまだ使っていない部分、あるいは拡張的ななにかを刺激したことで得られるのではないかと、論文が発表されました。
以後、覚醒者は魔法に似たなにかを使えるようになったといいます。
物理的なものから、特殊的なものまで。
最初の覚醒者は手から火炎放射ができたとか。種も仕掛けもなく。ダンジョンモンスターを瞬時にキャンプファイアーにしてしまったと。
通常ならエリクシル粒子適合者でも不可能なことでも可能にする───それが覚醒者。
京一さんがサキガニの腕や足を折り畳んだのも、ワーウルフの首を折り畳んだのも、鏡花さんが敵対勢力のみならず障害物を移動させたのも、すべてがスキルによるものであれば辻褄が合います。
『マリア………いいこと? マリア。今朝、鏡花さんだけで妥協したのはコメントにあるとおり彼女がスキル持ちだから。けど京一くんがスキル持ちだとコメントにあるように、私も疑わないことにした以上………彼を捕まえなさい。彼の目的地はあの東京だし、明らかにあなたはレベル不足で足手まといにしかならない。それでも行きなさい。彼からもたらされる変化は未知数よ。他の事務所と契約する前に、早く!』
雨宮さんはまた無茶を言います。そこまで言うなら京一さんと直接交渉してほしいくらいです。私に不足しているのはレベルだけではないというのに。
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口を大きく開けたまま呆然としたり、次の瞬間には青褪めたりと、表情をコロコロと変えるマリアとかいう女は、じっと俺を見たまま忙しそうにしていた。
目的は勧誘だろう。昨日に引き続き、ご苦労なことだ。どうせ適切な文言が思い浮かばず、煩悶しているといったところ。
事情は知っている。マリアはマリオネット状態で、手足を細い糸で繋がれ、それらの糸を操り手と称するマネージャーが誰にも見られないところで動かしていると。説得はお前がやれとか言われてるんだろうなぁと同情はする。
同情はするが、マリアの願いすべてに応じるつもりはない。
目立ち過ぎた。
多分だけど、手遅れだよな。何度後悔しても学ばない。自分から首突っ込んでおいて、もう目立ちなくないなんて考えは。だからと言って開き直ってしまうのは簡単だが、それが正解なのかまではわからない。
ならば、当初の予定どおりに食事をして有耶無耶にしてしまおう。面倒なことは後回しだ。もうどうにでもなれ。
第一、俺の頭の出来を勘定に入れずに「隠し通せ」だなんて言った鉄条の責任でもある。きっとそうだ。
「蟹食おうぜ」
「へ、蟹?」
「ああ。手足はいい感じに折っておいた。解体も簡単だ。早く剥ぎ取らないと、可食部が消えちまうぞ」
「あ、ちょっ………待って、待ってください! 流石に解体となると年齢制限を設けなくちゃならないから、私のチャンネルじゃ放送できないんです!」
………へぇ。年齢制限により放送できない、ねぇ。
そりゃいいことを聞いたな。
もし場合によっては、強制的に終わらせてやって言質を取れなくしてやるのも手かもしれない。
「よーし、それじゃサキガニの胴体から開いていこうかぁ!」
「いいわね。久しぶりに蟹味噌を啜りたいわ」
「お前、飲兵衛みたいな味覚してるんだな」
「うるせぇわよ。いいじゃない。好きなんだから」
「ちょぉぉおおおっと! 待って! 待ってくださいいいいい! そ、それじゃみなさん、少し配信を止めて休憩にしましょう! 再開するまで少々お待ちくださいぃぃいいいい!」
マリアは有無を言わさずに配信を止める。これからがいいところだったのに。思い切りサキガニの腹を開いて中身を公開すれば、規約違反とかでアカウント停止くらいにはなるはずだったのになぁ。
今日もこの時間に更新しちゃうよ、っと。
色々な反応、ありがとうございます! PV、ユニークともに過去の作品と比較すると最高の数値を獲得しており、びっくりです!
今日も頑張って更新しますので、ブクマ、評価、感想などで応援していただければと思います!
ああ、ブクマが嬉しくて裸踊りしてたらくしゃみが止まらなくなりました!