第163話 笑ったな?
アルマが集合思念体を退け、野菜たっぷりの鍋を全員で突き、就寝となった頃。
あのわけのわからない痕跡を残したモンスターを警戒するため、交代で見張りをすることとなった。
最初は俺の番で、集合思念体避けの陣のなかで周囲を索敵するため、範囲を拡大した陣のなかにあった一本の木の高い場所に座り、高い場所から索敵を継続する。
ダンジョンは地下のような空間でありながら、実は地上に存在する超立体的構造体だ。全方位岩や土に覆われ、常に太陽を遮っている。
そんな空間を照らすのは数少ない光源。光を発する鉱石や微生物などがそれだ。これらは採取禁止となっており、冒険者の生命線となっている。が、近ごろの噂によれば、ルールを無視する外国人の冒険者、つまりエージェントが採取して裏で高額取引をしているとか。
見つけ次第しばき倒す。というのが俺たち日本人冒険者の不文律となっている。
さて、警戒を継続するにも、いつまでも集中力が持続するとも限らない。
俺はスクリーンを起動して、掲示板一覧を開いた。
検索するのはセカンドスキルについて。
初めて知ったのはディーノフレスター戦で鏡花が使用した時だが、マリアが言うには御影戦の際にも使ったとか。
彼女のスキル───仮に第一とするなら、ふたつの対象を入れ替える《置換》だ。その猛威は凄まじく、遠距離から問答無用でモンスターを絶命させるに至る。まだ生きているモンスターの体内に岩を送りつけて、内側から破るなど。あれは体内と見せかけて、体表面の体毛と交換しているに違いない。微細なものでは意味がないから、巨大なものと交換し、突き破らせている。
そして第二。これは《圧縮》だ。置換も厄介だが圧縮も厄介だ。
ディーノフレスター戦が終わって、チーム流星と別れかと思いきや迅と利達が俺たちと行動を共にすることが決まり、色々慌ただしくて聞く暇がなかった。
習得条件があるのだろうか。俺も使えるだろうか。気になる要素が多すぎるものの、掲示板にはそれらしいものが記載されておらず、収穫は無し。
こうなったら明日、鏡花に聞いてみるかとスクリーンを閉じて───
「気になるの? セカンドスキルのこと」
「そりゃあ、な。なんだよ。眠れないのか?」
ガサッと音がしたと思うと、ほぼ同じ高さの別の枝に、鏡花が座っていた。
置換で一気に登ってきたのか。
「そりゃあ、ね。誰かさんがお夕飯の時から、私の顔をチラチラ見てれば気にもなるわよ。聞きたければ聞けばいいのに」
「冒険者にとって、スキルってのはそう簡単に手に入るもんじゃない。セカンドスキルともなれば、特にな。自分にとって、これからを優位に運べるかもしれない切り札を、おいそれと教えられるもんかよ」
「馬鹿ね。私たちは同じパーティでしょ。そんなこと気にしてんじゃねぇわよ」
「同じパーティであっても、ってのが俺の考えだったんだが………違うのか?」
「違うわね。どこかのおバカさんに、一々チラ見されるよかマシだわ」
「ああ、そうかい」
棘のある言動だが、これが鏡花だ。
共に行動するようになって昨日今日の仲ではない。互いに互いの性格を知り、言動に遠慮がないくらいの仲に───いや鏡花は最初から遠慮がないが、俺もそれをするくらいの絆を得た、とは思う。
俺の質問に答えに、食事時に指摘するのではなく、わざわざひとりになった時を狙って来てくれた。これは彼女なりの優しさだと思う。
「じゃ、聞くけどよ。セカンドスキルってなんだよ」
「第一の奥にあるスキル。隠れスキルってとこかしらね」
「………なんだ、そりゃ」
「七海さんを見て気付かなかった? あのひとのファーストスキルは熱を操るもの。セカンドスキルは法術。これ、なんかヒントがありそうじゃない?」
「………うん?」
「ファーストはともかく、セカンドスキルは自分の経験を追及した時に発現する。こんなところかしらね」
「お前の圧縮も?」
「………さぁ。それはどうかしらね」
はぐらかされた。
こういう時はなにを言っても無駄だ。答えてはくれないだろう。
そういえば俺は、鏡花の性格は知れたが、名前と年齢と出身を知っているだけで、彼女のこれまでの───冒険者になるまでの過程を知っているわけではない。
そしてこれも経験から推測できるのだが、鏡花は自分の過去を必要以上に語ろうとしないのだ。
なにか鏡花をそうさせるのか。自分を語りたがらない理由を───いや、やめよう。詮索しないと決めたじゃないか。
ただ、それで会話が終わるというのもつまらない。せっかく鏡花から会いに来てくれたんだ。
なにか面白い話題を………ああ、クソ。普段からこんな会話なんてしたことないから、なにを聞けばいいのかわからねぇ。
龍弐さんみたく「大学生になったら友達百人できるかな?」を入学初日で達成したような、コミュニケーション能力の化物みたいな才能があればいいのに。
いや、待て。そういえばひとつだけ思い当たる内容があったぞ。
「そうだ。思い出した」
「なにが?」
「前、お前言ってただろ。配信者になりたかったって。でも諦めた。なんでだ?」
結局のところ、また彼女の過去や経緯の詮索になってしまうが、タイミング的にそろそろ良い頃だ。いつか話してもいいって言ってたしな。
「ああ、そのことね」
鏡花は照れ臭そうに笑う。
しかし次の瞬間、ファーストスキルで俺の隣に跳躍し、グイと顔を寄せてきた。
それが真顔であったことより、鏡花の接近に動悸が激しくなる。なにもなかったところから割って現れた彼女の甘い香りが顔に叩き付けられた。
「………笑わないでよね? 笑ったらここから叩き落とす」
「わ、わかった。わかったから。で? なんだよ」
その後も俺の気も知らないでグイグイとくる鏡花から離れようとするが、これ以上横に移動すれば枝が折れてしまう。現に鏡花が座ってから軋むような異音が聞こえていた。
「耳」
「おう」
チョイチョイと指で招かれる。耳を貸せという合図だ。今度は俺から接近する。また甘い香りが強くなってドキドキした。
「………このまま叫んだら、あんたどんな反応するのかしら?」
「やめてくれ………」
耳元で低いトーンでゾッとするような内容が呟かれる。動悸の激しさに嫌なものが増した。
「冗談よ。えっと………秘密にしなさいよね?」
「おう………」
恥ずかしそうにする鏡花は、耳元で囁く。みんなから離れているのにこの徹底振り。余程知られたくないらしい。
「その………私、機械弱いのよ」
「………うん?」
「パソコンとか触ったら、急に変な音が鳴って………火花散らして」
「………うん?!」
「だから編集とかも、技術的にも無理だし………スクリーンなら平気なんだけど。だから断念したの。でもマリアと会えて良かったわ。配信は全部マリアがやってくれるもの。………っていうのが、私の………事情」
………なるほど、なるほど。
そう言われてみれば、思い当たる節がある。
あれは群馬ダンジョンで、御影が本性を表す前のこと。予防線としてマリアがサブカメラを鏡花に貸与したが、その扱いについて難がありそうな顔をしていたのを思い出す。
鏡花は機械が苦手だった。壊れてしまうくらい変な使い方をして………いや、どんな使い方だよ!?」
「………ぷっ」
「………バカ犬がぁ………笑ったな?」
「あ、やっべ」
これで笑うなという方が無理がある。無意識で笑ってしまった。
すると修羅が覚醒した。彼女のコードに相応しいものが。
急に青い春をやらかしそうです。
そういえばこの作品、恋愛とかまったくやってなかった。意識はしてたんですけど、ダンジョンの摩訶不思議を優先する癖でつい。というわけで急な路線変更です。