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第162話 お経の超高速詠唱

「あ、そうだ。実はみんな、勘違いしてることがあるんだよな」


 ボックスを四つ先まで抜け、いよいよ東松山を脱する頃。


 時刻は夕方を示し、夕飯の支度をしなければならないアルマがいつものように折り畳み式の長テーブルを展開し、宣言どおり野菜たっぷりの鍋の具材を切り出した途中のことだった。


 白菜を切り分ける手を止めて「あ、忘れてた」と呟きながら、野菜の切りカスが付着した手をパンと合わせた。


 いったい何事だとギョッとした俺たちは、もっとギョッとすることとなる。


 柏手を一発ぶち込んだだけで、剥き出しの地面に白線が現れた。


 それは昨日、運命的な出会いを果たした時にも見た、あの魔法陣だった。


「俺、除霊師じゃないんだよ」


 苦笑しながら独白するアルマ。



 うん。まぁ、知ってた。アルマは俺たちのなかでは料理人に大決定しているからな。



 加えて、おまけというわけではないが、嬉しい誤算だった除霊能力が付与されていたので、雀躍ものだった。


 アルマが敷いた魔法陣が淡い光を放つ。物理的なものは通すが、それ以外は通さない特需な防壁。最早スキルレベルだ。


「ヴァァァァアアアア」


「ひぎぃっ!?」


 いつものように集合思念体(ゴースト)が現れ、幽霊が大の苦手とする鏡花が変な悲鳴を上げるも、もう塩を消費しなくてもいい安全地帯にいると自分に言い聞かせ、辛うじて暴走を免れる。


 しかし意味がわからない。


 これだけの実力がありながら、なぜ除霊師ではないのだろうと。


「七海さん。そうは仰いますが、これは………いったいどうなっているんです?」


 見かねた奏さんが、俺たちの総意を尋ねた。


「うーん。なんていうのかなぁ。ユニークスキルっていうの? 過去の経験が反映されて、こうなったとしか言いようがねぇんだ」


「差支えなければ、なにを経験されたのかお尋ねしてもいいですか?」


「もちろん。まぁ、そうだなぁ。俺にとっちゃ嬉しい誤算だったんだ。………でもその前に、外の煩いの消しちまおうか」


 アルマは俺たちにとっては絶対にできないことを「普通だろ?」とでも言いたげな笑顔を浮かべながらやってのける。


 柏手を打った左右の手の指が、物凄い速さで複雑な絡み方を開始した。


 掌底が分離した瞬間、小指と薬指が上下に絡み、中指の先端が合わさり、人差し指は伸び、親指は薬指の上に合わさって置かれる。


 そして、昨日の淡い光が放たれた現象を発動させた。



「カンジィザイボゥザァギョォジィハンニャハラミッタァ───」



 念仏───いや、お経か。


 しかも超高速の詠唱。


摩訶(まか)般若(はんにゃ)波羅蜜多(はらみった)心経(しんぎょう)だ」


 意外なことに、利達はこれを知っていたらしい。迅も「ああ、そういえば」と頷く。


 不思議な詠唱を耳に───聴覚が正常に働いているかは不明だが───した集合思念体(ゴースト)たちは「ァァァアアアア」と呻きながら光を発する陣に自ら触れ、去っていく。まるで救いを求めるかのように。


 一分後、超高速詠唱すぎてなにを言っているのかわからなかったが、ノンブレスですべてを唱え終えたアルマは大きく息を吸う。


「ハァ、ハァ………これ、バレたら怒られるよなぁ。ハハ」


「七海さんは出家されたんですか?」


「え? あ、いや。そういうことじゃないんだな。そうだなぁ。あれは俺が高校生くらいの頃だ。昔から成績が悪かった俺は、夏休みに引きこもりになりそうだったんだけどさ。見かねた両親が山形県のお寺さんに預けたのさ。そしたらその生活も楽しくてさぁ。毎朝のお経は早起きしなくちゃいけないからキツかったけど、そういうのが積み重なって今の俺になったんだと思うよ」


「つまり、お経を唱え続けたことにより………除霊が可能となったと?」


「うん。そうだと思う」


 あり得なく………もないのか?


 俺たちエリクシル粒子適合者だけに実装されたレベリングシステムは、様々な恩恵を与えてくれる反面、実はそのすべての開明が行われておらず、しかも管理している行政からの公表も半分程度しかないのではと疑われているくらいだ。


 つまり未知数な部分が多い。アルマのお経による除霊が、破壊僧のごとく改良か改悪かわからないくらい魔改造されていたとしても。


「七海さん。もしまた差し支えなければ、七海さんのステータスを閲覧させていただけませんか? なにかわかるかもしれません」


「うん? まぁ、いいけど。けどなんだか恥ずかしいなぁ。お前たち普通にレベル50超えてるじゃん。俺なんかのステータス値を見て面白いことがあるとは思えないんだけど」


「まぁまぁ、そう言わずに。昨日熱燗出してくれたみたいにさぁ、パーッと放出しちゃいましょうってぇ」


 承認したがいざ直面すると羞恥が勝ったのか、ステータス値の開示に躊躇いがちになるアルマを龍弐さんが強引に誘導する。


 アルマは渋々とスクリーンを起動し、プロフィール面からスライドしてステータス値を見せてくれた。




【名前】七海(ななみ)アルマ

【レベル】48

【年齢】34

【所属】無し

【体力】421

【攻撃】302

【防御】352

【敏捷】198

【総合耐久値】731

【スキル】《第一》熱操作《第二》法術




 ───正直、目を疑った。レベルの高さや、数値は俺に匹敵するのは予想できたが、その下に着目する。いやそこしか注目できねぇ。


 ユニークスキルなんかじゃない。セカンドスキルだ。


 セカンドスキルについて多くは知らないが、使える人材を俺は鏡花しか知らない。まさかここにも使い手がいようとは。


「うへぇ………いったいどうなってんだかねぇ、これは。七海さん。いつから使えるようになったのぉ?」


「うーん。特に意識したことないからなぁ。ほら、前に集合思念体(ゴースト)に憑りつかれて鬱病みたくなったけど、マリアのお陰で改善したって言ったことあったろ? その辺りからものは試しにって、教本開いて唱えてみたんだよ。そしたら憑りつかれなくなって、毎日やってたらこんな結界を張れるようになってさ」


 セカンドスキル《法術》か。いよいよゲームっぽくなってきたよな。


「アルマの兄貴。般若心経はつまるところ、自分で考えて悟りを開くっつー、アレっすよね? じゃあなんで集合思念体(ゴースト)どもは消えたんすか?」


 迅が問う。こういう時だけは俺よりも詳しいもんだから、会話に入れない。


「それは集合思念体(ゴースト)どもに聞いてみないと、なんともなぁ。俺の超高速般若心経で、自ら悟りを開いて成仏したとか?」


「つか、息継ぎしねぇであんな長文読み上げるって、すげぇっすね」


「練習したんだよ。切っ掛けは冬休みでそのお寺さんのとこにお世話になった際な、普段は同居してるお弟子さんらも年始だからって親元に帰ってな。俺と副住職さんとふたりで朝課をした時、寒ぃし早く飯にしてぇってんで、副住職さんが普段の三倍のペースで読み上げたのが印象深くてなぁ。わかるかな? 木魚がとんでもないスピードで叩かれんの。ありゃ軽めなロックだったぜ」


「高速木魚っ………く、くく………な、なんすかそれ。見てみてぇっす」


 俺の住んでいた場所には寺も神社もまともに機能していなかったから、そこまではイメージできないが、五年前に長老のような認識をされていた男が死んだので、近くの村から唯一のお坊さんを呼んで葬式をしたのだが、あの木魚の六倍のペースで読み上げられるお経というのが、迅が笑っているように少しシュールに思えて、とてもおかしかった。


ちなみにこれは作者の経験談です。


作者は山形県のお寺さんにお世話になりに行ったことがあり、そこの副住職さんが1月4日辺りで爆速詠唱を開始したのがとても思い出深く、木魚のリズムなんてドラムのようでした。終始笑ってしまい、お経なんて読めたものじゃありませんでした。副住職さんのペースにまったくついていけませんでした。

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